2011年01月09日

ボルト・ナット 自立課題学習教材



 ボルト・ナットもなかなかいい自立課題の教材になります。

わかるということ(1)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 以前「構造化」っていうのは「わかりやすくすること」っていう意味だ、って話がありました。本人さんたちに「わかりやすい」こと・・・

 これに関連してあれこれ考えています。

 授業でもそう。このFEDHAN(障害児教育フォーラム)でも授業についていろんな議論があります。
 これも目の前のお子さんによっていろいろ変わってくるとは思うのですが。

 例えば「計算できることより実際にお買い物ができることが大事」というような話があります。それもあるお子さん、ある方にとってはほんま。

 しかし、会議室違いになるかもしれませんが、例えばじゃあ筋ジストロフィーなどで外出もままならない方に、計算の勉強は無意味か?いやもっと言えば因数分解や微積分は・・・

 ここで大事になってくるのは「わかること」だと思うのですね。
 「わかる」「理解できる」喜びってそれこそなんて言うか「生きてて良かった」につながってくることじゃないかなあ、と思うのですね。例え直接「生活」に結びつかなくても。

 もちろん、ここで言いたいのは「だから微積分の授業をしましょう」ということではありません。「わかる」ってことはそれほど大事なんだよなあ、ってことです。

 また例えば外から見てて「なんで小学生にボルトにナットをつけるような面白くもない授業なの」っていうことに関して、ひょっとすると本人はやることがよくわかって「面白い」のかもしれない・・・

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楽しい授業 自立課題学習とその課題


 「過去の記事76(「基礎学力」とは?)」につなげます。

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 でまた「なんでこんな子が工場での作業みたいなことをやってんだ」というふうに見られることでも、本人に「わかり」楽しめることかもしれないし。「やったあ」「できた」って思えるね。(むかーーし、ある方が、年齢に応じた材料で課題を組むことの大切さを書いてはりました)
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 当時の教師は授業というと、一人の先生が前に立ち、対面して子どもたちが座り、音声言語でやりとりして「何かがわかった」「何か楽しい」という形の一斉授業だと思っている方がほとんどだったように思います。

新年度を迎えて」で書いたように、自立課題学習や1対1のニュースキルの授業のビデオをお見せしたりしても「なんじゃこりゃ。こんなもん授業とちゃうやろ」みたいな感じでした。

 もちろん音声言語の一斉授業でわかり、達成感をもてる人ならそれはありです。(しかし、高機能自閉症やアスペルガー症候群の人でも、音声言語の授業がわかっているわけではなく、板書や教科書の字を見て理解している、という人は多そうです)

 でも私の周囲にいた自閉症や知的に重い人たちは、そういう授業が楽しいと思えたりすることは無かったです。(ダウン症の人や他障害の人で、音声言語の理解ができなくても、雰囲気で何か楽しい、と感じて下さる人はいたようです)

 で、自立課題学習なのですが。

 これも中でやる「課題」はひとりひとりにあってる必要はあります。
 できる課題ですね。自立課題学習はできる限りひとりでします。いらぬ音声指示など出さないし、身体的プロンプト(「手伝い」ですね)も極力減らします。本人さんの視覚にすら入らないようにします。

 それをやることによってできたという「達成感」があり、できるという「自尊心」が生まれます。そしてそれは「楽しい」ことであるようです。

 その様子が「過去の記事シリーズ」に既に出てきているし、今後のシリーズにも出てきます。

 自立課題の教材例のほんの一部はこちら。

 最近は『DVD わかる・できる! 親と教師のための「自閉症の子どもの自立課題」全3巻セット』なんてえのが出てます。DVDです。もう私が引退してから出てるので私は見てませんが、すごく役にたつはずです。

 13500円するけど、学校や施設で買ってもらえばいいですよね。

 今、ネットで検索をかけたら例もいっぱい出てきますね。

 で、前にも書いたけど、課題によっては「字」を学んだりすることもできます。ってか、課題は何だっていいんですよ。

「なんでこんな子が工場での作業みたいなことをやってんだ」というのに対しては、例えばボルト・ナットをしめたりボールペン組み立てをしたりのことを言ってはると思います。

 でも子ども達はこれらが相当「好き」そうです。
 我々でも「カチッとうまくできた」というとき「気持ちいい」ですもん。

 で自閉症の人も他障害の人も自立課題学習は相当楽しみにしていました。

 ただ「いつまでたってもボールペン組み立て」みたいに、いいからと言って教師や支援者が同じことばかりやらせて満足していたらいけないと思います。常に「どんなことができるかなあ」というのは考えておかないといけません。

 たとえば「過去の記事67(型にはめるのか?)

 人によって違いますが「同じことをさせるとすぐあきる」人もいました。
 で同じものだとやらなくなるのですが、これは当然「さぼり」や「なまけ」ではありません。そらそうやわなあ、という話なわけです。

 
 まあ、でも1対多の授業を否定する気はありません。

過去の記事75(今日は警報 学校公開)

の最後のところに出てくる「木片を塗る」授業なんて、みんなで輪になってしてました。やることがわかるからみんな落ち着いてやってました。

 あと、ニュースキルの学習では1対1で「ぼうずめくり」の練習をしたり、「トランプ」の練習をしたり・・別にできるなら1対多でいいわけだし。

 「楽しい授業」っていうけど、常識で考えていると意外に思えることが楽しかったりする、という話でした。

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固定ボルトナット

固定ボルトナット.jpg


 長いボルトを板に固定しました。両手でボルトとナットを持ってはめるのがむつかしいお子さんのために考えました。ねじこむという動作が結構むつかしいお子さんもいますね。
posted by kingstone at 20:53| Comment(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする