2011年01月28日

食器 給食指導・偏食指導のことを並べてみた



過去の記事221(好き嫌いと偏食)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 2月8日

好き嫌いと偏食

 ○○さん、こんにちは。

 >んー 触感・色・味が嫌・・・食べさすとはく 

 いろーーんなことがあるんでしょうね。
 で、その子により、また食べる物により、いろいろなのでしょう。

 ところで、「食べさすとはく」・・・・

 「吐いても吐いたものをまた食べさせる」
 なんて指導をされる方もいますね。(実際に私は目の前で見た)
 また「自閉症児はわざとはくこともあるからねえ」とおっしゃった先生もいます。(受容的交流療法の好きな素敵な先生でした)

 「わざとはく」・・・それも強烈な意思表示ですわねえ・・・

 それでも食べさせるかあ・・・またわざとかわざとでないかどうしてわかるんだあ・・・

 というようなことをいろいろ思ったすえ、私は「嫌いなものは残してもいいじゃないか」と強く主張するに至りました。

 もちろん「食べなくてほったらかし、それでいい」というつもりはありません。△△さんの発言みたいな感じで自ら食べるようになってくれたらいいな、と思っています。

 私も、大学時代の山のクラブで食べられないのを無理矢理食べさされてそのまま吐いたことがあります。
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給食の思い出1

 私の異動した知的障害養護学校でその頃は、給食は出された物は全部食べさせるのが良しとされていました。食べさせられない教師には「できないやつ」と評価される暗黙のプレッシャーがありました。

 多分味覚も感覚的に健常な人とは異なっているため、好き嫌いのあるお子さんの口に極めて上手に食物を突っ込める方が「さすがベテラン」と評価されていました。

 あと手で突っ込まなくても、何とも言えぬ威嚇(迫力?)で、食べさせるのが上手な方もいらっしゃいました。(ただその方も、最初は有無を言わせず無理矢理突っ込んだのかもしれないとは思っています)

 私は・・突っ込んだこと、あります。
 そうしなければならない、と思っていました。

 でもうまくいかなかった。

 情けなかったです。

 この時のまわりの雰囲気というかプレッシャーというか。
 ごく普通の人が、戦場でまわりの雰囲気で虐殺に荷担してしまう、という気持ちがよくわかります。

 あっ、この文だけ読んだ方は暗い気持ちになってしまいますね。

 えっと、前向きの教訓としては
「もちろんいろいろ食べられた方が良いにこした事は無いけれど偏食で死ぬことは無い。食べられない物があってもいいじゃん」と覚悟を決め、保護者としては「あっ、食べられない物があってもいいですからねえ〜」と教師にしっかり伝えておく、というのが良いのではないかな。

 おっと、文が飛躍しすぎか・・・

 で、続きます。
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給食の思い出2

 大昔の話です。

 給食を食べさせられない駄目な教師として日々過ごしていました。

 ある校外学習の日、ある自閉症のお子さんがお弁当の中の嫌いな肉を残していました。その時、校内のリーダー的な先生がすぐ側を歩いて通りかかりました。ただ通りかかっただけです。声もかけなければ、指示もしていません。そのお子さんを見つめてすらいなかったと思います。

 しかし通りかかっただけで、そのお子さんは自分で肉をフォーク(だったけか・・)で取って口の中へぱくっと放り込みました。(すごい!!)

 そしてその先生が通りすぎるとペッと肉を吐き出しました。

 ・・・・

 何か違うよなあ、と思いました。

 でも、私自身まだどうしていいかわかりませんでした。
 給食についてもだし、他のことでもです。

 そう言えば、その12月だったっけ。
 それとも翌年だったかなあ。
 ある方が、村松陽子Dr.と会う機会を作って下さいました。

 私は学校での悩みを縷々述べました。

 その時、村松さんは
「科学的にやりなさい。太田のステージから勉強を始めては」
と教えて下さいました。しかし私は
「お医者様であり科学者ならば、子どもの口に食べ物を押し込んではいけないという論文なりデータなりを出してくれなければ教師は動けないじゃないか」とひたすら食い下がっていたような気がします。きっと困られたろうな(苦笑)

 今から考えると馬鹿みたいですけど、当時は必死でした。
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給食の思い出3

 大昔の話です。

 話があっちこっち行きそうなので、給食の話だけで、続けます。

 そう言えば知的障害養護学校での2年目。
 こんなことがありました。

 私は名目上クラスの主担。
 あと若目のベテラン、超ベテラン、ベテランの計4人というクラスでした。

 給食時間中、超ベテランさんが自閉症のお子さんを威嚇して嫌いな物を食べさそうとしたのですね。私はキレてしまいました。
「こんなことやっとられるかえ!!」とか何とか言って、給食中の教室を飛び出してしまいました(情けない・・・)

 しばらくして「このままじゃあかんなあ」と思って教室に帰り「すいませんでした」と謝り教室で給食を
続けました。

 ほんま情けない。

 後で若目のベテランの先生が私にそっと
「先生の気持ちわかります」とは言って下さいましたが。

 あ、超ベテランの先生の名誉(?)のために書いておくと、その先生は決して暴力は使わなかったと思います。たぶん、暴力を使うと首が危ない、というのはしっかり自覚していた方だと思います。

 ただ、威嚇は頻繁に、かつうまく(?)使っておられました。
 この方のエピソードはまた後で書きたいと思います。

 まあ、私もまだどうしていいのかわからなかったのですね。
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給食の思い出4

 給食の話のシリーズになってしまったので、いきなり話を飛ばします。

 知的障害特別支援学校で3年目。

 私はクラスの主担。
 新人Aさん、新人Bさん、ベテランさん、という4人。

 経緯は、また書くとは思いますが、夏休みの終わりに私は
「学校から追い出されるかもしれへんけど私の思う通りの実践をさせて欲しい」
と言いました。

 新人さんたちは
「私ら新人で、わからへんからついて行くしかありません」
そらそうやろなあ(苦笑)

 ベテランさんは何のことか、という感じだったでしょう。

 まず
「給食は自分で食べる。全部食べさせなくて良い」と宣言しました。これはある意味すごく恐ろしいことでした。

 その結果どうなったか。
 まず給食の時間が楽しいものになりました。
 それまでみんな給食の時間は多かれ少なかれ緊張しなければならなかったのです。でもそれが無くなりました。教室におだやかな空気が流れるようになりました。

 そのうちあるお子さんが「嫌な物を無理して食べている」のがわかりました。

 みんなで「適切に残せるようにしよう」と話合いました。
 親御さんにもお願いしました。
 う〜ん、最初は「残します」のサインを出すことを教えようとしたのだったかな。親御さんも「今、給食を全部食べることよりも、コミュニケーションの方が大事だと思いますから」と言って下さったような気が・・・記憶が定かじゃない。

 サインはうまくいったかどうか覚えていません。
 でも残せるようになったのはなりました。

 考えたら、いちいち「残します」を伝えて残すって変ですね。

 そういや、なかなか一般にこういう考えを分かってもらうのは難しいなあ、というのにこんなことがありました。

 給食の時に校長先生が回って来られたのですね。
 ちなみに私はこの校長先生、大好きでした。

 校長先生はニコニコしながら
「おお、おいしいかあ。残さず全部食べよお〜」
とおっしゃいました。

 私は笑いながら
「校長先生、今、残す練習してるんですよ〜」
と返しました。

 まあ「普通」言いたくなる言葉であり、願いなんですけどね。

 でも、当時の私のクラスでは、自然に返せるようにはなってましたね。
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給食、ある時

 大昔の話です。

 特別支援学級担当になりました。

 自閉症のお子さん。
 給食は交流学級で食べていました。
 交流学級に行くのが嫌そう。
 そして牛乳が嫌そう。

 別に飲まなくてもいいやと思っていたら、隣の子が不思議そうに言いました。

「何で飲まさへんのん?前の先生は(大きな声で)飲みなさい!言うて飲ませててんで(飲ますべき、というニュアンスで)」

「だって、嫌なもの飲まされたくないやろう」と答えました。

 で、親御さんに「飲まなくてもいい」という指導をしたい、とお願いしました。すると「家では全然飲まないから助かっていたのに。大体、牛乳を 飲めるようにする、というのは先生の方から提案されたのですよ」

「ごめんなさい。できないんです」と言うしかありませんでした。

 また交流学級にも行かなくなってしまいました。
 交流学級に行くことを伝えるのに担任の先生の写真を使っていたのですが、目をそむけて見てくれません。

 情けないですね。それまでできていたことが、私が担任になったことでできなくなったのですから。
それも他にもたくさん。


 給食も障害児学級でとることにしました。
 結局牛乳は飲めるようにはならなかったと思います。

 まあ他にもいろいろあったかな。

 随分日にちがかかりましたが、交流学級の担任の先生の写真はしっかり見、自分で交流学級に行くことができるようになりました。嫌な場所でなくなったのかな。わかりませんけど。
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特殊教育学会にて

 大昔の話です。(上の記事で言うと「給食の思い出3」と「給食の思い出4」の間。

 特殊教育学会に行きました。

 とにかく自閉症と名のつく発表を聞き続けました。
 いくつか面白いものがありましたが、特に興味が引かれたものがありました。

 斎藤宇開さんの発表でした。
 当時北海道教育大学におられて、ボランティア活動をしすぎて、学部か院かを卒業しそこねた、って面白い方です。で、特別支援学校の先生と協力して実践したことの発表。

 確かその後、特総研に移られたと思っていたのですが、サイトでは確認できませんでした。

※後日、株式会社たすくをされているのがわかりました。

 TEACCHって言葉も使ってはったと思うのですが、給食中の表出性コミュニケーションを使えるようにして、問題行動が減ったとか、そんな内容だったと思います。(うつになってから資料も散逸してしまい、正確なことが書けなくてごめんなさい)

 発表の時は専門用語が難しくてモデリングとかいうのも分からなくて、いったいそれは具体的にどうされたのか、と質問したりしました。

 セッションの後もお引き留めして1時間くらいお話をうかがいました。

 何かのカードを、教師の都合の良いようには使ってはいけなくて、本人の都合の良いように使わなければいけない、とか何とかめちゃ面白い話もうかがうことができたのだけど・・・ああ、肝心の細かいところが思い出
せない・・・

 とにかく、めちゃめちゃありがたかったです。
 いろいろやってみよう、と元気が出ました。

 で、帰りました。
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撃沈

 大昔の話です。「給食の思い出3」のすぐ後ですね。

 特殊教育学会から帰って来ました。

 えっと、私はいったい、何をどうしようとしたのだろう・・・・
 よく覚えていないのです。

 ただ、クラス打ち合わせで、給食のことが課題だと思って話していたことは確かです。それもあるお子さんに、他の子とは違う対応、残してもいいという対応を提案したことは確かです。

 威嚇の上手な超ベテランさんは
「君は子どもによって違う対応をしようというのかね(そんなこと、してええわけないやろ)」

 後の私なら「その通り。個別の対応をしましょう(ニコ)」とできたと思うのですが、その時は無言で、うつむくだけでした。

 ベテランさんは
「私は食べさせられます」

 若めのベテランさんは無言。

 多数決で否決・・・

 その日だったか、次の日だったか、校長室に行きました。

 そして「異動させて下さい。私にこの学校で生きていく場はありません」とわんわん泣きながらお願いしました。在籍2年で異動希望を出すのは異常なのですけどね。

 校長先生は黙ってティッシュを取って私に手渡しながら、聞いて下さっていました。

 あっ、校長先生に誰それが暴力をふるってるとか威嚇してるとかは言ってません。校長先生はそういう情報も知りたがっていた様子はあるのですが。日頃から「体罰(という言葉だったと思う)はいけない」と職員にはよくおっしゃってましたから。

 でも、誰がやった、とか言うのは仲間を売るような、モラルに反するような、そんな気がしませんか?私はそんな感じがしました。

 だから私は「ここには生きていく場がありません」と言っただけです。

 まあ・・・だから肝心な情報が上がって行かないんだろうな。
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夏休みに準備したこと

 大昔の話です。

 夏休み「とにかく私の思うようにやらせてくれ」と言ってから、話し合って、こうしようとか、みんなでものづくりとかしました。

「給食は自分で食べる。全部食べなくて良い」の宣言。あっ、障害はいろいろですから介助の必要なお子さんもいるし、それはしましたよ。でもより介助は少なくしていきました。
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過去の記事10(2学期授業への思いつき)

 特別支援学校小学部3年目の夏休みの話です。

 8月24日

 思いつきメモです。

 ○給食の時コミュニケーション指導の場面を作る
   「のこしたい」「おかわり(しかし最近量が少なくてほとんど不可能)」
  をカードなどを使って伝えられるようにする。
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過去の記事39(おいしいものから食べてみよう)

 9月17日

おいしいものから食べてみよう

 今日の給食に「焼きプリン」が出ました。
 E君はまた警戒して食べようとしません。

 今日は前回のアイスクリームの時とは別の新人さんが担当してました。
 私はまた「ひとくちだけ食べてみてやっぱり嫌やったら残していいからひとくちだけ食べさせてあげてみて」と言いました。でも新人さんがスプーンを近づけようとしても手をふりまわして嫌がります。

 仕方ないので私がそばに行って、スプーンを持ち、上記のようなことを言いながら食べさせてしまいました。何かピタッと動きをとめモグッと食べてくれました。(びびったんやろか・・・でも私、こわがられて無いと思うんやけど・・・)

 そしたら、やっぱり後は自分で手づかみでも食べようとしてました。

 「見慣れない入れ物」があかんのかな??でも出てきたことはあるはずなんやけど。


 さて、で先日ある方から聞いた話。

 Xさんとでもしましょうか。Xさんは学校を卒業した方です。ものをあまりかもうとしない、で、のみこもうともしない、ものすごく食事に時間がかかる、という方です。食べる量もものすごく少ない。

 で、ある方がいろいろ努力されているわけですが・・・

 どうも見ていると「嫌いな物」から食べ始める様子。で、これは推測になると思うのですが、学校教育の中で「嫌いな物」から食べさされていたためではないか、ということなのです。

 で、最近はある方は「嫌いな物」から食べようとするのをとめて(?)「好きな物から食べ」と言ってあげてるとか。最近はデザートから食べ始めることも。

 で、これでだいぶ食べる量が増えたり、早くなったりしてきている、とか。

 うーーん・・・・私・・・そこまで思い切れるかあ・・・・

 今、私自身、C君が指示待ちで食べるのに、どうしても指示をしてしまう状況があったり、F君が「好きで食べよう」とするもの以外のものを食べさせようとしたりして、ちょっとしんどい状況があるのですが、何か根本的なところで間違っているのかもしれない・・・

追記
 この頃の私も悩んでますが、学校って「嫌いなものから食べさせ」たり「三角食べ」を強要したりしがちですね。今思えば、全然こだわるところじゃ無い・・・
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過去の記事68(C君の給食1 自己選択・意思表出)

 10月10日

C君の給食1 自己選択・意思表出

 C君は、いつもひっそりしていることが多いのです。そして指示されて何かをする、ということが多いです。給食もなかなか手がつけられません。指示すると食べます。時々自ら食べる時もありますが、今はほとんど指示になってるかな・・・

 そういや先日「牛肉のウェスタン風」(昔の「鯨肉のノルウェイ風」の牛肉版)が出た時は指示なしでどんどん食べてたな。

 彼はずいぶん前に転校して来たのですが、その当時は牛乳が飲めませんでした。いやそれ以前に、給食そのものも食べなかったとか。しかし「指導」により、給食を食べることができるようになり、牛乳も飲むことができるようになりました。すばらしい実践だと思います。

   追記
    当時、障害児教育フォーラムではこう書きました。「本当にそう
   かもしれない」と思っていたのが半分。あと公開の場に書くのだか
   ら批判はやめておこうとい気持ちも半分。
    しかし、今はっきり言えるのは、C君が以前に「どれだけひどい
   事をされてきたのか」ということです。この後の記事シリーズの実践
   を見て頂くと、それが浮かび上がって来るでしょう。
    この実践の1年前の雰囲気が「給食の思い出3」です。この時、威
   嚇されたのはC君ではありません。しかし全体がこんな雰囲気でした。
    また「撃沈」の「残してもいい」という対応を提案したのはC君に
   ついてです。
    思い立ってから実行するまでに1年かかってるわけですね。

 彼も時々気持ちが不安定になることがあります。

 昨日こんなことがありました。彼はルーチンでバスから下りて教室に入るところまではできます。しかしその後、ソファに座るかボールを持つか、の状態で指示があるまで着替えをしません。今日はめずらしく雑誌を見ていました。で私が「着替え」と音声言語で指示すると少し声を出して混乱しました。

 この時に、私は彼自身が「見通しを立てる」必要を強く感じました。
 それと彼が自分の気持ちを「混乱」以外の方法で私たちに伝える手段を持つ必要性とですね。

 現在自立課題の時はワークシステムを使い「どれだけやったら終わり」「次は何をする」という見通しを持てるようにしていますし、一部の移動はカードを使ってしています。しかしその他は特にやってません。

 そこで朝の着替えの時は机の上にカードを順番に置いておき、その順に従って動くようにしてみる、というのを今考えています。

 また給食では「さあ食べよ」という指示を無くし(へらし?)「へらして下さい」カードを利用できないか、と思っているのですが。

 給食については「黙ってそのまま残す」という危険性ですね。

 それと「カードで意思表示する」という点については、現在自立課題が終わった時に「(プリントの写真で)プリントをする」と「(ゴールドカードで)教室へ帰る」という二つを選択してもらおうとしているのですが、プリントをしたいのにゴールドカードを取ったりということもままあります。

 ですから、給食の時に「へらして下さい」カード、あるいは「スプーンの実物」を使うなどが意思表出の手段として使えるかどうかは何とも言えないところがあります。

横でモデルを示して見せる、というので理解してくれるだろうか・・

 うーん、悩みます。
 いちおうお母さんからは「場合によっては給食を残す(食べない?!)ことがあっても良い」という許可は頂きましたが・・・

 着替えの時のワークシステムはまだいいとして、給食の取り組みは周囲の目もあり、結構こわいです。

追記
 自立課題学習が終わった時に「選択活動」を入れようとしていたのですね。そんなこと忘れていました。で、最初はうまくいっていない様子がわかりますね。
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過去の記事70(C君の給食2 指示をしない(へらす)こと)

 10月12日

C君の給食2 指示をしない(へらす)こと

 私のクラスは11:30頃から用意を始め11:40くらいにいただきますをします。で一応12:30には片づけをしよう、ということにしています。でも早い子は12:00くらいまでに食べてしまいますが。

 今日はC君への指示、12:15分まではやらないでおこう、と思っていました。

 「いただきます」の直後に指さしなしで、手は少しふり「はい、食べよな」と言いました。(指さすと嫌でも食べるから・・・)

 C君はちょっとパンの上をスプーンでこすったり、フライドポテトを少しこすったり。でも食べません。12:00くらいから、ポテトを少しずつ食べ出し、ポテトは全部食べてしまいました。

 12:10頃、お皿の上に出してあげてたマーガリンを少しずつスプーンで取ってなめはじめました。そこで「これはこうするんだよ」とパンをちぎってつけて渡しました。それはパクリ。その後、自分でも少しずつ
食べてました。

 その後、F君をパソコン室に連れて行き、少し遊んで納得させて給食室に戻って来たのが12:15分は過ぎてました。

 その後は少しだけ指示したのですが、ひとさじひとさじ指示する必要などは無く、本人も嫌そうには食べてないので、そのまま全部食べるに任せてました。

 実は、今日私のお皿に入ってるおかずはものすごく多かったので、急遽「半分にして」カードを作り、私がそれを押さえ、別の先生におかずを半分に減らしてもらいましたが、C君は全然意味がわかってないかな・・・

 モデリングでわかってもらおう、と思ったわけね。

 今日、彼を見てて思ったのは、ひょっとして「後に楽しいことが待っている」ということがわかっている状態なら早くから食べるのかなあ、ってことでした。

 C君も食後はパソコンで遊ぶことにしようか、と思いました。
(A君、E君は早く行きたくて仕方が無い、という感じですから)
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過去の記事73(給食指導について)

 10月13日

給食指導について

 何でもそうですけど、給食指導も奧が深いですね・・・

 もう、ほんと、私、悩みまくってます。
 って他の方が指導されることって私にとってはどうでもいいように思えてきて仕方がないことが多くなってきてしまって・・・

 は〜〜〜

 基本はおいしいものを楽しく頂く、だろうな。
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過去の記事77(C君の給食3 お弁当は早く食べてしまった)

 10月16日

 今日は徒歩訓練と言う名前の校外学習の日でした。
 でも、注意報が出てるのと、大阪や京都では警報が出てるし、急遽学校での学習に切り替わりました。

 で、みんなお弁当を食べました。

 C君。「いただきます」の前からおはしを出して食べたそうにします。で「いただきます」になると、誰よりも早く食べ終わってしまいました。もちろん「指示」はいっさい無しです。

 ・・・・・・

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過去の記事92(給食の場面で 「半分」「残します」)

 11月4日

給食の場面で 「半分」「残します」

 なんか疲れてます。でもこれだけは書きたい・・・

 今、A君の横で給食を食べています。
 「はんぶん」「のこします」「いただきます」「ごちそうさま」と書いたカードを前に置きました。「おかわり」は現実に「おかわり」できるものが無いので作ってません。

 これ、月曜日からなんですが、すでに「はんぶん」の使い方は覚えたみたい。それを指さすなり言えば半分に減らしてあげるのね。

 今日はごはんで、乾燥させたひじきのふりかけが出てきました。A君はいただきますの時にそれをかけました。ところが好きじゃなかったみたい・・・

 で「はんぶん」「はんぶん」となったところで「ちょっと食べや」と言ってみたけど、食べずにまた「はんぶん」

 ひじきが原因と見て、できるだけ白いところだけ残すようにして、ほんのひとにぎりになった時「食べや」と言うと食べました。

 筑前煮の方はこんにゃくとか好きなものだけ選んで食べて、あと「のこします」

 今日は結果的に結構たくさん食べずに残しました。
 うむむむ、明日からはどうだろう。

 またねらいとしては「柔らかな拒否」ができるように、と考えていて、その目的は達成されそうなのですが、食べる量が少なくなってしまうと迷いが出ますねえ・・・
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過去の記事99(給食指導など 表現する方法を考えながら)

 11月11日

給食指導など 表現する方法を考えながら

 これはうちのクラスの人たちに読んで頂くための文です。
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 昨日も遅くまで教材研究(課題学習の教材作りのことです)ありがとうございました。

 Bさんが給食を食べるのが遅いことに対して「後10分」「後5分」「おしまい」カードの提示、面白そうですね。(もちろん、それをBさんが理解してくれるのはなかなか難しいことかもしれません)それと同時に先生が片づけるのを見る時Bさんが嬉しそうな顔をする、という観察も大事かな、と思います。Bさんも「もうおなかいっぱい」とか「のこします、ごちそうさま」とか意思表示ができるといいのかもしれません。

 またこの「後10分」などC君へも試してみる価値があるかもしれません。
 「食べない」→「叱られる」→「食べる」というのはどうも違うような気がします。食事というのは叱られてするようなもんでも無いような・・・

 ところで、親御さんにはまた連絡帳などでよく相談して下さい。A君の「はんぶん」「のこします」カードの利用やC君の「はんぶん」カードの利用については親御さんに許可を取っています。場合によっては大げさに言えば「食べる権利のあるものを食べさせなかった」という見方もできることですから。

 E君の「ひとくちは食べさせる」というのも親御さんの許可を取っています。これはプレッシャーをかける時もあるとは思いますが。

 IEP(個別教育プログラム)という考え方があります。教師・保護者・専門家などで協議して教育プログラムを作っていく、という考え方です。アメリカでは1975年から作成が義務づけられています。日本では先日の教育課程審議会答申で「作る」というのは出ていますが「誰が」というのは出ていません。しかし、やはりIEPを作る、という考え方にそって実践していけたらと思っています。教師と親御さん(本当は専門家も入れて)で合意しながらやっていけたら、ということですね。

 ところでA君は、昨日「たづくり」を私の指示で途中で半分ほど食べていました。他の物を食べた後で「つつ」と言ってたづくりのお椀を指さしました。私がカードの方に手を向けると「のこします」と言いました。「いいよ」と言うと自分で残飯用のビニール袋をセットして入れていました。

 私も「食べさせなければ」というプレッシャーから解放されてすごく楽ですし、A君もコミュニケーションすることで自分が楽になる体験を積んでくれれば、より表出してくれるような気がします。コミュニケーションの能力は「やって良かった」という体験が積み重ねられないと身につかない、と言いますから。

 今年の私のテーマはいろいろあるのですが「子どもも楽、先生も楽、保護者も楽」というのも大きな柱です。「楽」というのは手抜きと思われて反発されることもあるのですが、この「楽」の意味、わかって頂けますよね。

 どんな意思表出の手段(例えばどんなカード)を使えばいいか、など、工夫し準備しないといけないことは山ほどあります。また「午前の学習」を始めて私はすごく気持ちが楽になっているのですが、しかしもちろん教材を工夫し作るのは昨日のように遅くまでかかったりします。それでも授業がお互い楽しく楽にできるよなあ、って気がしています。(と言いながら私が一番作ってなかったりしますが(笑))

 今日は「○○祭準備」までに時間がとれたら短くても「午前の学習」の引き継ぎができたら、と思います。

追記
 ベテランさんは他職種の方なので、打ち合わせには参加できることは少ないのです。(週に1度はありました)こういった文は必ずお渡ししています。しかし例えばBさんにスプーンを次から次へと突っ込んで完食させるのが上手でした。Bさんも特に嫌そうな表情では無かったです。
 それについては私は何も言えませんでした。
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過去の記事105(BさんとC君の給食指導)

 11月14日

BさんとC君の給食指導

 さてその後(といってもまだ始めたばかりですが)のBさん、C君のことを書いてみます。

 Bさんが時間がかかることについて「後10分」「5分」「おしまい」のカードを出してみる、というの。親御さんの許可も取り、やってみました。と言ってもまだ1回しかできてませんが。

 この時、新人Aさんはカードを出す前にもBさんに対してなんやかや言っていたそうです。「今日はこんなことするよ」とかかな?で後10分カードを出したらさっさと食べてしまいました。みんなびっくり。

 新人Aさんは「カードを出す前に言葉で言ってたことがわかったんやろか。(まさかねえ・・・という気持ち)」と言ってました。まあ今後の課題ですね。


 C君。ごはんが出た時、手をつけずにじーーっとしていました。もともとごはんは苦手です。途中で新人Aさんが「残してもいい、という指導をしていたらごはんとパンは食べない、みたいなことにならないかなあ」と心配してはりました。

 でカードで意思表示をすることもなかったのですが、新人Bさんが試しにごはんを半分減らしてあげるとC君は残りをペロリという感じで食べてしまいました。(この時、何らかのモデルとかをしてあげたら良かったな、というのは後のまつりですが・・・)

 まだまだいろいろ試行錯誤しないといけないようです。
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過去の記事113(発想の転換 パニックにならない環境を整える2)

 11月20日

 いきなり例にひいて申し訳ありませんでした。

 > まず、あるパニックに対するある仮説を立てて、対策を先に打っておく。
 > 仮説が当たっていれば、パニックはでない。
 > ところが、多少減りはしても、まだパニックはでる。
 > その時の情報が新しい仮説の元になるので、私はうれしい。 ことと
 >
 > 普段、おとなしそうな子がパニックになる。普段は我慢してたのだろうが、
 >やっぱりしんどかったのだということがわかる。その子の苦しみがわからなかった
 >自分が情けないけど、その時わかったことはいいことだ。それで、次の対策が打てる
 >。
 >それで私はうれしい。

 仮説を立てて、対策を講じるわけですよね。
 で「相手が理解できてうれしい」というのを大事にしたいですよね。
 「俺の言うこときかなあかんのや」じゃなくて。

 > そうやっている内に、その子のパニックの要因がほとんど把握できてしまいます。
 >そうなると、(これはいけないのかもしれないけど)その子の微妙な変化に気をつけ
 >ながら、その子が苦手と思われることで、できればできて欲しいことに慎重に慎重に
 >挑戦することもします。だいたいうまくクリアできてしまいます。追い込むべきと
 >ころ、追い込んじゃいけないところが様子でなんとなくわかるようになっているから
 >です。けれども最初の方はわかったつもりで、わかってなくて失敗する時もあります
 >。

 よくわかります。私、今A君に「のこします」が言えるようになる指導をしてますけれど、実は「ちょっとこれ食べてみたら」というようなプレッシャーは与えているんですよね。私が「「のこします」と言える指導をしてます」と言うとなんでもかんでもA君の言いなりにのこさせるのかと思いはる方が多いとは思いますけど、そうでも無い・・・

 でも「食べるのが当然だ」という姿勢で口に突っ込むのはしないぞ、と思ってます。

 > いちばん、うれしいのは、こっちがいろいろ工夫をこらして、歩み寄る姿勢でいる
 >とむこうの方も気をつかってか、2歩も3歩も譲ってくれることがあることです。

 この喜びを多くの方に実感として味わって頂きたいですね。

追記
 もうどこかに書いたかもしれませんが、私がA君に「ちょっとこれ食べてみたら」と言えるようになったのは「給食は残してもいい」というクラスの体制になってからのことです。
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過去の記事137(給食指導その後)

 12月7日

 > Bさんが時間がかかることについて「後10分」「5分」「おしまい」の
 >カードを出してみる、というの。親御さんの許可も取り、やってみました。

 ずっと続けています。するとなんだかんだで別にカードを出すまでもなく食べてしまうこともあります。またカードを出したら出したで早く食べることもあるし「おしまい」カードを出すとほっとしたような顔をすることもあるし。

 「せかす」ためでなく、これを使うことでBさんが時間が「わかる」という面もあるかもしれないし、また食べない時本当は「のこしたいのじゃないか?」というふうにこちらの理解も深まりそうです。

 「のこしたい」については、何からの方法で意思表示ができたらいいな、って話し合っています。

 C君については、新人さんから「食べるきっかけ」をつかめない、ということもあるけど時間がかかるのは嫌いなものを無理して食べてる、って面もあるかもしれないね、という報告がありました。

 例えばパンを食べずに見ているので、半分にへらしてあげると困ったような顔をする時もあるし、またへらしてあげようと手に取るとパッと取って食べ始めるのですが、それがとても嫌そうな顔をして食べてたりすることもあるのです。

 ひょっとすると「全部食べなければならない」とこだわっているのかもしれない。

 とりあえず今までの「半分」カード以外に「のこします」のカードを今日作ってみたので、明日から使ってみるつもりです。しかし、よくわかんないかもしれない。

 またC君にとって意思表出するのはつらいことなのかもしれない。その場合は「黙ってそのまま残してもいいんだ」ということを何らかの形で伝えたいと思っています。

 A君には「のこします」を言わせてるんですけどね。
 ひとりひとり違った指導、というわけです。


 そうそうC君にしてもA君にしても最近カードを腰にぶら下げはじめました。(マーキュリーライジングの影響です(笑))で、二人とも暇な時に興味深そうにめくって見てることがよくあります。
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過去の記事144(給食指導その後2)

 12月9日

 > とりあえず今までの「半分」カード以外に「のこします」のカードを今日
 >作ってみたので、明日から使ってみるつもりです。しかし、よくわかんない
 >かもしれない。

 今C君と並んで食べています。
 今日は「ごはん」「ハッシュドビーフ」「ごまめ」「ゼリー」「牛乳」でした。

 で「いただきます」の後、C君止まってました。
 「ハッシュドビーフ」を勧めるとスプーンで表面をさわってちょっとなめるけれどあまり食べません。そこで「半分」カードを彼に見せました。すると指さします。(しかし私が指さしたから指さしただけかもしれない・・)

 で、半分減らしてあげると、さっきよりはたくさんすくって食べ出しました。

 「ごまめ」はちょっとずつ自分から食べています。

 で「ごはん」に手をつけないので「半分」カードを示すと・・・なんと「のこします」カードを自分で出して示します。「のこします」カードがわかっているのだろうか・・・今日はじめて着けたところだし説明ももちろんしていないのですが・・・・

 でも「えーーーい」と思って「ごはん」を全部お盆から出してしまいました。

 私は表情を捉え損ねたのですが、周囲で見ていた先生が「出してあげたらものすごくほっとした顔をしたよ」とおっしゃってました。

 「ごはん」は週1〜2回ですが、全部「のこします」を何度も続けるようだったら「半分」カードを示して「ちょっと食べてみたら」とやりとりしてみようと思っています。

 結局「ごまめ」は自分で全部食べてしまい、「ゼリー」は「ゼリーもあるよ」というふうに手で示すと開けて嬉しそうに食べて「牛乳」はやはり手で示すとこれは嫌そうに全部飲みました。

 うーーん、嫌なら残してもいいんだよ、ということは伝えたいし「のこします」カードを示せば飲まなくてもいい、という対応をするつもりでしたが・・・

追記
 C君は過去に「無理矢理食べさせる」「牛乳を無理矢理飲ませる」という「指導」を受けてきています。
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過去の記事164(給食指導その後3  大問題発生)

 12月17日

 > うーーん、嫌なら残してもいいんだよ、ということは伝えたいし「のこします」
 >カードを示せば飲まなくてもいい、という対応をするつもりでしたが・・・

 大問題発生・・・・

 C君は「のこします」カードを「食べます」のつもりで指さすところがあるのじゃないか。はたまた「意味無く」指さしていないか・・・

 うーーーん・・・・

 うーーん、表情だけからではとってもわかりにくい・・・・

 まあ「半分」をしっかり身につけてもらって、そいつでやりとりしながら様子を見るか。
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過去の記事201(今日の研究会で C君の給食時の意思表出)

 1月23日

 TEACCHプログラム研究会実践研究大会に行ってきました。

 講演とか話し合いは録音・録画禁止ということで、また内容なんかも書いてはいかんのだろうな、と思うので書きません。講演録みたいなのを出す、ということですから、誤解が無いようにしたい、ということもあるだろうし。

 で、もちろん、その講演も実践報告も面白かったのですが、(私は何故か講師や発表者さんに「あれ何だっけ?」とか聞かれたり質問されたりとかしていた(笑))私個人としては、ほんのちょっとした合間にいろんな人に直接質問をぶつけることができたのが良かったです。

 C君に給食時に「のこします」「たべます」「はんぶん」をカードで伝えてもらおう、と思っていたのですが、何かうまくいきません。で、それを幼児の施設の方に相談したら

「うーーん、意味がちゃんと伝わってないよね。たかが給食なんだから、どーでもいい、という考え方もできるよね。で、まあやるんだったらどれかひとつでやってみたら」

 そう。C君は「てつだってください」なんかがカードで伝えられるようになっているのだから、「カードで伝える」体験はできているのに、給食の時は選べないのは、3枚のカードの使い方が混乱してるからだ、と考えられます。じゃあ、ひとつにする、ってのは確かに合理的です。

 よーし、やってみよう。

 それから、E君やC君に「ゴーアウェイカード」の使い方の指導を始めようと思っているのですが、これもどんな形式でやっていいのかわかってなかったのです。もう少し考えないといけないですけど、いろいろヒントを頂きました。

 「どっかに行く」というより「この場所を離れたい」というのが基本だよな。で、その時にどんな条件をつけるか・・・あるいはつけないか・・・(例えば、砂時計が落ちたら戻る、とか??)

 いろんな話を聞けるのがありがたいです。

 明日は8時半集合・・・ヒエー

追記
 専門家には「まずコミュニケーションサンプルを取ってからでないと相談できない」と言われたC君の意思表出ですが、しつこくいろんな人にヒントを貰おうと相談をかけているのがわかります。

 コミュニケーションサンプルを取ったかどうか?
 取ったような気もするし・・・
 ビデオを撮って、お互いのやりとり(音声言語もちょっとした動作も含めて)を記録したものは資料として残っています。インリアルで言うトランスクリプトですね。

もうひとつ追記
 ここで相談をかけた幼児施設の方というのは鈴木伸五さんです。
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過去の記事232(許可?確認?指示? 指示待ちではないのか?1)

 2月26日

 ちょっと何か示唆が頂けたらと思います。

 今、学年のみんなで一人一人の子供について指導を振り返っています。
 今日は私の担当の3人についてやりました。
 でも司会が悪いのかすぐ話が他の子のことにも飛んでしまう(アセ)

 で、C君の話が出ました。

 最近のC君、手帳にある写真などを使ってこちらにいろんなことを伝えてくれることが多くなりました。

1.トイレに行きたい時はトイレの写真を見せる。
2.パソコン室に行きたい時はパソコンの写真を見せる。
3.パソコン室でパソコンで遊んでいてもパソコンの写真を見せる。
  (これは他のソフトで遊びたいという要求かな、と思います)

 で、C君から自発的に見せてくれるのですが、これ、ひょっとして許可を得ようとしているのではないか、許可がもらえない時はどうなるんだろう?という不安が出てきました。トイレなんかだと困りますよね。特に今までは「黙って」問題なく行けていたのに・・・(でも先生に誤解されて行かしてもらえないということはあったわけですが)

 また給食を「残してもいいよ」という指導をはじめ、最近は「のこします」カードを使わなくても自然に(?)残したりできるようになり、嫌そうに食べることが無くなり、また逆にあまり残さなくなりました。

 で、それはいいのですが「好き」と思える食べ物を指さしてこちらに何かを言ってもらいたそうにすることが出てきました。で「どうぞ」とか言うなり手を「どうぞ」とかいうふうに動かすと食べるのです。

 ひょっとしてこれは形を変えた指示待ちなのだろうか・・・

 でもあくまでも彼の方から自発的にこちらに表現してくれてはいるのですが。
 (ほんと今までそんなこと無かったよなあ、という感慨と共に)

追記
 指示して当たり前、と思っていたら出て来ない疑問ですね。
 会議室の後のやりとりを見ると「許可」を求める自閉症の人は結構いるようです。
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過去の記事238(C君への給食指導・その後)

 2月28日

 「過去の記事232(許可?確認?指示? 指示待ちではないのか?1)」でC君の給食指導の結果について少し触れましたが、めちゃ舌足らずなので別発言として補足します。

 以前のC君は時間はかかりますが、とにかく全部食べていました。ただしなかなか食べようとはしないので指示が必要でした。しかもすごく嫌そうに食べることが多かったのです。

 「過去の記事68(C君の給食1 自己選択・意思表出)」という題で10月10日に私が発言しています。
 この発言にあるようにある意味ですごく危機感をもったので指導を始めたわけです。

 「過去の記事68(C君の給食1 自己選択・意思表出)」の書き方から見るとこの日以降、近い時点で「はんぶん」「のこします」カードによる指導を始めています。(しかし・・・思っていたより随分最近なんだ・・・)

 で「過去の記事68(C君の給食1 自己選択・意思表出)」にある通り、全部残すという危険性を感じ、保護者に「もしそうなっても構わないでしょうか」と打診しています。保護者からは「給食を食べなくても家で食べればすむことです。それよりコミニュケーションがとれることができるようになることが大事だと思うので試みて下さい」というお返事を頂きました。

 しかしこの頃はカードで意思表出するというのも確実に定着していない頃です。このカードはこういう意味、ということもよくわからないみたいで、彼が「嫌そう」とこちらが判断した時は「半分」カードを彼の指をとって指さしその後そのおかずなりパンなりごはんなりを「半分」に減らす、ということを続けました。

 あるいは「残します」カードを指さして残させるとか。

 ところがこれがとてもわかりにくい。

 彼が「嫌そう」と思って減らしてあげたのにほんとは食べたかったみたいでこちらをうらめしそうに見ていたり・・・

 またやはり危惧した通り、この指導を始めた初期には「ごはん」を全部残す、というようなこともありました。でも我慢して続けてみました。この「全部のこす」「ほとんどのこす」というのは途中何週間かは続きましたが、1月は続かなかったと思います。(うう、不正確)

 また「残します」「半分」そして途中から「食べます」カードも作って選択させるようにしたのですが、やはりそれぞれのカードの意味がよくわからないみたいでした。

 そこで研究会に出たおりにある方に相談したところ、「カードの意味がわかっていないんだから、まず1枚にすること」というアドバイスを頂き「残します」だけにしてみました。

 これが1月25日以降のことです。

 カードがうまく使えるようになったとは思えません。
 でも、こういう取り組みを通じてC君は「別に残してもいいんだ」ということには気づいてくれたようです。

 現在は「残します」も手帳に入っているのですが、ほとんど使わないと思います。(私は彼の介助からずいぶん離れてるし、 現在ついてる新人Bさんも「あんまり使ってないですね」とおっしゃってたし)

 そしてごく自然な形で残したい時は残しているようです。
 また「全部のこす」「ほとんどのこす」ということはなく、逆に「ぜんぶ食べる」か「ほとんど食べる」になっています。また食べる時間もせかさずとも早くなってきています。

 食べ始めに時間がかかるのと、「過去の記事232(許可?確認?指示?指示待ちではないのか?1)」に書いたように

>で、それはいいのですが「好き」と思える食べ物を指さしてこちらに何かを
>言ってもらいたそうにすることが出てきました。で「どうぞ」とか言うなり
>手を「どうぞ」とかいうふうに動かすと食べるのです。

というあたりが今の問題です。

 この間、スープにえびが入っていました。そしたら新人Bさんの器に入れようとするので「自分の器に残していたらいいんやで」ということを教えてあげました。(たぶんお家ではお母さんにあげているのだと思います。新人Bさんがお母さんみたいな存在になってきたのかな?)
   追記
    お母さん云々は関係なかったです。修学旅行の時、隣に座った
   校長先生の食器にえびを入れていました。校長先生は「子どもか
   らえびを貰ったのは初めてだ」と感動してはりましたが、実は嫌
   いなものを相手の食器に入れただけで・・・まあ、解説はせず、
   ニコニコしときました。

 おいしいものをどうぞ、という意味かとも思いましたが、自分の食器に入れた分を残していたので、そうでもないようです。

 その時、ベテランさんが「今までいやな物を無理して食べてたのかな」と言われたのに思わず「そうなんですよ」と無茶苦茶力強く答えてしまったのは良くなかったかな(笑)もっと脱力系で答えれば良かったと反省しています。
「こうしなければならない」を少しはずして「この子はどんな子なのかな」と理解できるようになることはありがたいことだと思います。

 もちろん「無理」が全て悪いものだとは思いません。でも学校生活の中でそればっかりというのも必要ないことだと思います。

 「子どもが楽、教師が楽、保護者が楽、そんな指導」を目指していますが、C君への給食指導はなんとかその線で進みつつあるかな、と思っています。
−−−−−−−−−−−−−−−
過去の記事246(残せてとても嬉しそうな顔 自分で挑戦する)

 3月8日

残せてとても嬉しそうな顔 自分で挑戦する


 能力以上の仕事を抱え、何かとんでもなくわけのわからない状態なのですが・・・・

 今日のC君。どうもしゅうまいが苦手そう。
 新人Aさんがカードを使って「食べたいの」「残したいの」と聞きますが、これらの使い方はよくわかっていないよう。ちょっと混乱さえ起こし始めました。

 で、新人Aさん、残す時に使うゴミ箱の実物をC君のを目の前に持って来てあげると、C君、それまでの混乱状態が嘘みたいににっこりしてしゅうまいをゴミ箱へ。

 見ていて、こちらもほっとしました。

 で新人Aさんからは「早くデジカメで撮った写真でカードを作って下さい」と言われてしまった(アセ)で、今日会議が終わってから大急ぎでカードを作りました。(こういう仕事だったらなんぼでもしたいぞ・・・)

 A君。もともとしゅうまいは嫌いです。

 ところが今日は誰も薦めていないのに、自分でおはしで突き差して皮のところをすこうしかじっています。おお、すごい、自分で食べてる、と思って見てたら、オエッと吐いてしまいました。吐いた物(ごく少し)は自分できれいにさせましたが、そのまま見てるとまた自分で挑戦しています。

 私は最後までは見ていなかったのですが、だいぶ食べてしまったみたいです。

 えらいなあ・・・ちゃんと自分で挑戦したくなったら挑戦するんだ。

追記
 新人Aさんの対応、ナイスですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
偏食について妻と喧嘩をしてしまったという人へ

 >昨日のことなんですが、妻と喧嘩してしまいました。(笑)

 お二人ともたいへんでしたね。

 >ったのです。それを見た妻が、大きな声を張り上げて、なんとしても食べさせ
 >ようと叱っていました。子供は、逃げ回る。妻は大声を張り上げて、彼を追い
 >かける・・・。

 >うんか!いじめているみたいで、かわいそうだから、やめろ!」と私が怒鳴っ
 >てしまったんですね。(^_^;

 奥様がお子さんを責める。
 ○○さんが奥様を責める。

 言っていることは違うのですが、同じ構図になっていますね。
 で実は奥様がお子さんを責めるのは

 >幼稚園の先生とか
 >小学校の先生から「□□君、また食べ残しましたよ」と言われるのが、彼女
 >にとって嫌だそうです。

 これってきついことだと思います。

 私、知的特別支援学校に異動して何が嫌だと言って給食の時間ほど嫌なものはありませんでした。偏食のきつい子に「食べさせないといけない」そして食べさせなければ、面と向かっては無いとしても本人のいない所では「あの人は給食もよう食べさせない」という言葉が出てくる環境。しかも食べさせ方は・・・書きたくありません。

 私、2年目に「食べたくない物が出た時に意思表示をしたら残していい指導をしよう」と学年で提案したら否決されました。一応学年世話係だったんですが・・・反対理由は「一人一人別の指導をしようとするのか」「私なら食べさせられます」でした。

 そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという特別支援教育に関する常識なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、という指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できるようにあの手この手は使います。

 この時から、給食の時間は本来の楽しい時間になりました。

 なおこの指導(?)を始める時に保護者に「もちろん食べてもらうように努力はしますが、ひょっとしたら給食を食べなくなるかもしれません。それでもいいでしょうか」と相談をかけました。

 ありがたいことにOKを頂きました。

 例えばC君の場合、本当にある1日、ほとんど全部残すことがおきました。
 しかしその後だんだん普通に食べるようになりました。
 今年度の終わりになってパンをほとんど残すようになってしまいました。
 保護者は「いいんですよ」と言って下さったのですが、いろいろ試してみて、これはいいのか悪いのかわからないけど、パンをちぎっておかずのお皿に入れてあげると全部食べるので、とりあえずそうしています。

 私の1年目の体験でもある自閉症のお子さん、給食に出てきたものを一応は口に入れてみてしかめっつらをして出す、という行動がありました。これはどんなものかなあ、と試してみてるみたいだったんですね。

 ところが無理に口に突っ込むようになってこの「探索行動」は消えました。
 たぶん、このお子さんにとっては返ってちゃんと偏食を減らすのに逆効果になったんじゃないかと思います。

 その後、このお子さん、担任も変わり、自分で少し口に入れたらすごく褒められるという指導でだいぶ食べられるようにはなりました。たぶん口に突っ込まれるという指導はされなくなったと思います。本当に良かった。

 >「もっと、ゆっくり育てたら、えんやん」と私が言っても、妻は聞く耳を持っ
 >ていないようです。困ったもんだ・・・。

 どう言ったらいいのだろう・・・
 「困ったもんだ」と捉えるのではなく、奥様のつらさを理解され、「つらいよね。しんどいよね」というのは伝えてあげる必要があるかも。

 そしてもちろんお子さんも「そのままでいいんだよ」だろうし。

 お互い責め合う図式から、お互い「そのままでいいんだよ」に変わっていけたらいいのにな。

 で、学校の先生などは「みんな食べる子、良い子」という図式が強固にあると思います。それを外さない限り、奥様へのプレッシャーは消えません。ひょっとしたらそこは○○さんの出番かも。

 学校の先生に事情をよく話し、「うちは残してもいい、という方針で育てていますので、学校でもよろしくお願いします。もちろん、無理にならない範囲での工夫はして頂けたらありがたいです」と申し入れておくことが大事かな。で母親からより父親からの方が現場へのプレッシャーは絶対にきついです。(つまり効果的)

 本当のところ学校の教師はいいことをしているつもりで口に物を突っ込むかもしれません。
−−−−−−−−−−−−−−−
 △△さん、こんにちは。

 > ん?、一人ひとり別の指導をしたら、いかんのですか?

 今の私なら「一人ひとり別の指導をしましょう」と言います。
 その時は私、そこまで反論をようせんかったです。

 お二方とも特別支援教育ン十年の大ベテラン。私は知的障害特別支援学校2年目のまだ何もよくわからない?人間。

 その前後のことを書きたくなりました。

 周囲の「教育」というものが私には疑問に思えて仕方なくなってきていました。そこでたまたまこの年は特殊教育学会が3連休に重なっていたので、私の考えていることが間違っているのかどうか見てこようと思っていました。

 ちょうど1週間前。給食の時間にある子の嫌いな物が出ました。すると「私なら食べさせられます」と言った先生は「食べ!」と威嚇、「一人ひとり別の指導をするのか(したらあかんやろ)」と言った先
生は笑いながら「わしの分もやろか」

 私は切れて「私は食べさせることができません!」と怒鳴り、教室を出て行きました。(あはは情けない)

 すぐに教室へ戻り「大きな声を出してすいませんでした」と詫びを入れました。

 そして特殊教育学会へ。
 自閉症の分科会の部屋にいつづけました。そして私が願っているやり方。考えているやり方でも間違いではない、と思えました。で帰ったら、とりあえず声に出していこう、と思いました。

 それで「意思表示したら残してもいい・・・」という提案になったわけです。簡単に否決されましたけど。孤立無援で。

 もう異動するか退職しようと思いました。この年はずっと考えていましたが、ついに管理職に言いに行きました。

 たしかその週末あたりに
「自閉症の子どものクラスルーム in しあわせの村」がありました。自閉症のお子さんに実際に来て頂き、TEACCHの考えに基づいての指導を研修する、というものです。

 そこで自閉症のお子さんが、それこそ自分自身の選択を大事にされ、いろいろなわかりやすい環境を整えられた上で、安定し、自立的に行動している姿を見せて頂きました。涙が出ました。

 極端に言えば「これで私も生きていける」と思いました。
 そして管理職に「あと1年はがんばってみます」と言いに行きました。

 この前後2週間の気持ちの浮き沈みはまるでジェットコースターに乗っているようでした。
−−−−−−−−−−−−−−−
 つけたしです。

 > そして3年目。新人Aさん、新人Bさんという障害児教育に関する常識
 >なんてない新人さんと組めてやっと「うちの学年では残してもいい、と
 >いう指導をしよう」という取り組みが出来ました。もちろん意思表示の
 >練習もします。できないお子さんもいますが、本人の意思を確認できる
 >ようにあの手この手は使います。

 さて、残してもいいんだ、というのを学年ではっきりさせてから、そしてそれが子どもたちに伝わってから、私は子どもたちに給食を勧めることができるようになりました。

 こういうことってありませんか?

 周囲が子どもに威嚇ばかりを使っている時、私は子どもを叱れませんでした。そうでなくなって初めて叱れるようになりました。

 「残してもいい」と言うとやりとりせずにほったらかしにする方もいらっしゃいます。口に突っ込むよりはいいと思っていますが、でもそれもなあ・・・人間同士なんだから何かやりとりがあってもいいはずだと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−
昔の教師の対応

 このエントリーは紹介するのを少し躊躇するところもありますが。

 アスペルガー症候群当事者の(この紹介の仕方も、何だかなあ、ですけど、検索で来てくれはる方もいると思うので)しーたさんのブログから。

今なら、大問題なこと。

 コメントのところもいろんな教師の話で盛り上がってます。

 私が思うのは、アスペルガー症候群とか自閉症とかに関わらず、教師が間違っていても子どもっていうのはこちらに「つきあってくれる」もんだ、ってことですね。教師はそれに助けられるんだけど、甘えちゃいけない。

 それと前にも書いたけど「虐待の芽はどこにでもある。それを発現させないように考えよう」というあたりかな。

 また、自閉症の子が給食をお盆に吐いたものをまたすすらせて食べさせた知的障害特別支援学校の教師を思い出したりしました。私は何も言えなかったのだけど。

 あくまでもすべて昔の話(のはず)
−−−−−−−−−−−−−−−
偏食指導(?)の話題と「半分にして下さい」

※ある特別支援学校の先生が、給食をグチャグチャにして捨ててしまう新入生に対して、最初に盛りつけるのをやめ、バイキング方式にしてあげ、決して食べさそうとはせず、グチャグチャにする左手は「お友達の手」と言って(たぶん軽く)握っててあげて、などしているうちに自分から食べ始めた、という報告を書いて下さったものへのレスから。

 ○○さん、こんにちは。

 ええなあ・・・・

 で、バトルはないんだけど、実はすごく繊細な神経をはりつめてる、というか・・はりつめてるってのは変かな、そんなびりびりしたもんじゃなく神経をたゆたわせてる、充ち渡らせてるっていうかやってはるんですよね。すごい大仕事を。

 セルフサービスってのもいいですね。

 泣きながら食べるってのもけなげやな。

 んじゃ私の場合も。
−−−−−−−−−−−−−−−
半分にして下さい

 ある生徒。

 給食中にお皿を担任の先生に押し付けて「食べない」の意思表示。

 担任が私に「こんな場合は残させてあげたらいいんでしょうか?」と尋ねはりました。うーーん聞かれてもなあ・・・私もよくは知らない生徒だし。

 とっさに

「まあいろんなやり方があるよ。私は基本的には食べなくてもいいとは思ってるけど。でも食べて欲い時もあるよね。で、こんな工夫もあるね」

 とウェストポーチから名刺サイズの紙を取り出して、○を書き半分黒く塗って下に「はんぶんにしてください」と書きました。でそのカードを先生に示したら食器の中身を半分にしてもらえるよ、と教えてあげました。(このお子さんの場合、音声言語での表現は確実ではありません)
半分にしてください.jpg
 すぐに理解し、使えました。
 
 で、半分にしてあげると残りをがんばって食べたり、時には少し食べてからもう一度半分カードを示したりと、使いこなしてくれています。

 この「はんぶんにして下さい」カードの工夫は、おしま学園の鈴木伸五先生に教えて頂きました。「自閉症のひとたちへの援助システム」のp38にも出ています。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 >指導を始めるときに、このお子さんの好きにさせておいたら
 >食事の状態はこのまま改善しないんじゃないか、というキョーフは
 >私にも当然あるんです。

 そうですね。キョーフですね。ほんまあります。

 >ただ、人間というのは「やりとり」なのね。

 そうです。そうです。

 >・・・で、何がいいたかったのかというと、
>「子供のいいなりになる」と「子供の意志を尊重する」は、
>実践の中ではほとんど同じなのね(^^;)。笑っちゃいますけど。

あはは、外から見てるとね。
 でも実は・・・ってのがあんだけど。

 >まずは「わからない」ということが前提です。それでアセスメントを大事にします。
 >これは当たり前のことだと思いますが、
 >学校教育ではアセスメントに時間をかけずに
 >その先生なりの方針でやることが多いです。

 そうやなあ・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
煙たがられる(悪者?)

 ○○さん、こんにちは。

 >今年度は、煙たがられる人になるのが
 >私の目標だったりして。(年度当初ほんとにそう思ったんです。)

 あはは、私の場合は切れちゃってもういろいろ言いまくろうと思ってます。

           決して温厚では無い kingstone
−−−−−−−−−−−−−−−
牛乳の思い出あれこれ(無理に飲ましたらあかんやろという話)

 大昔の話です。

 以前のエントリに既に書いてあることです。

 ちょっとTwitterでつぶやきまとめたくなりました。


 牛乳のことで書きたくなりました。私が特別支援学校・特別支援学級で直接関わった子で牛乳を無理矢理飲まされていたのは3人。(あくまでも直接関わった中である程度証拠のあるもの)

いずれの子も「飲まなかった」子。以前の教師が飲ませた方法は「口に瓶をつける」「(すごく怖い顔で無言で)口に瓶をつけ仰向けにさせる」「飲みなさい!!と大声で威嚇する」など。

 その結果、同じようなことをすれば飲むようになった。これは推測ですが教師は連絡帳に「牛乳が飲めました」「牛乳が飲めるようになりました」などと書き、保護者も感謝していたことと思われる。

 私がクラスで「飲んでも飲まなくてもいいの。自分で選んでもらお」と方針を出してどうなったか。

 1人は給食の最後まで牛乳を残し、手を出したり引っ込めたりしながら迷い、最後に顔を仰向けにし一気飲みするのは変わらなかった。

 1人はいつも半分か2/3残すようになり、しかし夏の暑い時は全部飲んでいた。

 1人はまったく飲まなくなった。

 最後の1人の保護者には私は「できていたこともできなくさせた悪い先生」と思われていたはず。

 3人とも、「牛乳を無理に飲ませたから」ではなく「それ以外のものも無理にさせる」という環境ばかりで、後々に対する悪影響が大きく出ていた。まあ、「私から見て」にすぎないけどね。お前の考え方が間違っている、と言われれば、はいその通りです。

 もちろん、私は「飲まさない」ではなく、「飲むか飲まないかはあなたが決めてね」なんだけどね。そうしてからだと「1口飲んでみたら」と勧めることもできるようになったし。

 そういや以前のエントリで書いたけど、通常クラスで給食中に隣に座った定型の子が「なんで牛乳飲まさへんのん?前の先生、『飲みなさい!!』言うて飲ませててんで(それが良いことといいうニュアンスで)」ってのは悲しかった。

「だって嫌なもん無理に飲まされたら嫌やろ」って説明しましたけど。

 楽しいが基本。

「口をこじ開けて、流し込む」は絶対にやってはいけないことですね。でも昔はそうできるのが「指導力のある支援者」と思われていた時代がありました。 

 アレルギーの問題とか、いろいろあって、最近は通常学級では給食も残して良い、という考え方が増えてきました。食べる前に食べられない物は返すとか。昔は「作った人に悪いでしょ」とか言って全部食べさせていましたが。

 ただし、特別支援教育のところで「飲まさなければ」「食べささなければ」という考え方を残している方もいるようです。「良かれと思って」ですね。

 ま、そんなことが書きたくなったわけです。

 とりあえず「科学的証拠」というやつはないのですが

 「もうたくさんだ!!」という話でした。
−−−−−−−−−−−−−−−
食事指導について

 ○○さんどうもです。
 kingstone wrighting by iPAQ です。

 給食指導のさいのベテラン教師の対応、目にうかびます。
 ここから持ち出せない話ですね。
 私の場合は、ここにも書けない話がいっぱい・・・

 あっ、でも本当にここ3年ほどで某知的障害特別支援学校も変わって来てますんで、保護者の方はそれほど心配はないと思います。

 公平のために書いておくと、スプーンをロにつっこむのは、特別支援学校1年目の私もやっていました。

 給食の時間は子供にとっても私にとってもとても嫌な時間でした。

 1997年に学年で「残す意思表示をした残してもいい」という指導を提案したら見事に否決。

 1998年の途中からもう学校をクビになってもいいと思っていろいろ取り組みはじめ、私の学年は残してもいいんだ、と宣言してから、お互いとっても楽になりました。(教師は確実に、たぶん子供もだと思う)

追記
 とか言いながら、公開のブログに書いてしまってますねえ。







posted by kingstone at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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