過去の記事240(危ないクッキング)
大昔の話です。
知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。
3月1日
※この話は「最近、自閉症のお子さんが料理をしたくてしかたが無い。しかも本物の包丁を使いたがってしかたが無い」という話題からです。
○○さん、こんにちは。
>どうしたらいいんでしょう。
この場合は(人により場合によりだろうけど、この場合は)本物を危なくないように使えるようにさせたげるのが一番じゃないでしょうか。実際にやる時に練習させたげるわけですね。
あと、片づけ方も教えておいてあげる、と。
時間がかかるように見えて結局いちばんおかさんも楽、お子さんも楽しいというふうにできるんじゃないかなあ・・・
追記
この方のブログでは、今、成長した青年がクッキングを楽しんでいる様子が頻繁に出てきます。
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勝手に余暇活動最終日と研修報告書書き
kingstoneです。
いよいよ最終日。C君との2日目。
やはり2日目でC君が見通しを立てて落ち着いて行動しているのがよくわかります。スーパーにも先々行っちゃった。(スケジュールでまずスーパーで買い物をすることは伝えている)
で、スーパーに入ってカゴを持ち(ここは指示したと思う)「買い物リスト」を手渡すと彼はどんどん先に立って歩きます。まず肉のところで止まります。
買い物リストには写真の横に「ブタコマ」と書いてあるけど、特定するのは難しいだろうと買うのを指さしてあげました。それをカゴに入れると次はさっさと「やきそば」のところへ。(これも写真つき)で、黒丸を3つ書いて買う個数を示しているつもりなのですが、ちゃんと3つカゴへ入れてくれました。ペットボトルの飲み物は買い物リストを指さして指示しました。(これは絵だったのではわかりにくいか)
で、それだけだったら「昨日の行動がこだわりになっただけ」と見えるかもしれません。しかし彼は「キャベツ」のところには行かなかった。
昨日買ったキャベツが残っていたので今日の買い物リストから外していたのです。つまり彼はリストを見てちゃんと買ってくれたわけね。
スケジュールを手で持っていては、それを見ながら手を使うことができないので、ウェストポーチからセロテープを出して、C君のウエストポーチにスケジュールをくっつけてみました。
レジではサイフごと渡すシステムにしようと、カードに即席で絵を描きましたが、わかりにくかったかな(アセ)
写真だともっとわかってやってくれたかな。
駅に着くとサイフから1000円札を出しました(えらい!)しかし券売機のところまで来るとなんとカード専用のやつだった(アセ)
福祉センターの調理室で彼にわかりやすいようにまないたや、包丁・調味料などを並べ終わったら「よっしゃ僕の出番」というようにそれまで座って休憩していたC君がやって来ました(ニコ)
やっぱり2日連続してやるっての、いいなあ。
さて、これから研修報告書書きです。
これを教育委員会が研修と認めてくれるかどうかは問題ですが(笑)
追記
夏休みなどの長期休業期間にとる「研修(学校に出て来ずに自分の裁量で決められる自宅や別の場所での研修)」についてはそれ以前から市民オンブズマンによって「教師はさぼっているだけではないか」という意見が強くなり、年々報告書の提出がうるさくなって来ていました。
私はうるさくなる前から1日あたりA4用紙1枚で報告書を書き提出していました。そりゃ自分のためです。
で、まじに認定講習よりは中身の濃い自主研修を続けてきた自負はありますが。
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いきなりTEACCHを誤解した話(ある地域TEACCH親の会で)
ハルヤンネさま、こんにちは、○○です。
「TEACCHの誤解と疑問」は、すごく必要な話だと思います。
> けれども、このお話は、たとえばTEACCHを学んだことがない人、また
> は一回くらい話を聞いた、一冊くらい本を読んだレベルの人が聞いても、ピン
> と来ないと思うんですね。
12月に初めて、「ある地域TEACCH親の会」に参加させていただいた時、実践発表でやたらとチェキ(インスタントカメラ)の写真カードが出てきて、見事に誤解して帰りました。白状すると、帰りにチェキも購入したりしました。「なんか、しっくり行かない感じ」を抱えつつ、(□□さんやハルヤンネさんに)相談しつつ、それなりにスタートしました。わかってない人間の質問に答えるのは、大変だったでしょうね。生活習慣その外、いろんなことを子供が理解出来るように、工夫することが大切で、代償的なコミュニーケーション手段に振り回されることはないと思えるには、少し時間がいりました。援助の仕方が、適切かどうかは、子供が教えてくれましたがね。それなりに、理解しているつもりです。
> 誤解を解くには、「自閉症の障害特性」を自分がどれだけ理解出来ているか
> が必要なのです。
>
> だから、これだけをホームページにUPすることは、できません。
>
> まあ、最初から、私は出来る立場でもないけどね。
「TEACCHの誤解と疑問」とか(オプションで)「TEACCHの歩み(例えば、以前、家庭での役割を重視した時代があって…、余暇活動的な楽しみを持てることは、将来的にも大切だ…)」は、時代とともに(先輩の努力と共に)変化してきたんだ」とか、感動しました。誤解してたら、教えて下さい。お願いします。
先輩の努力とともに、より良い方へ変化しているという話も、もっと詳しく聞きたかったです。
活動的で、沢山の人の多くの悩みを共に考えてきたハルヤンネさんに、話してもらえたのは、幸せなことなんですよね。有難うございました。
何が言いたいかというと、大切なことは、何回聞いても見ても、いいんじゃないかと言うことなんです。身の程も考えず、書いてしまいましたが、許して下さいね。
追記
「以前、家庭での役割を重視した時代があって」の所は、少しまとめ間違いをしてはるかな、と思います。というのは次に「でも今は重視されない」と続きそうになりますから。そんなことは無いと思いますので。今も重視されます。
たぶん、これは「お手伝い」とか「完璧にできなきゃだめ」みたいなのでびしびし鍛える方向に行っていたのが、「目で見て手順がわかる(これは絵・文字で書かれてたり、具体的な物(包丁・まないた・洗いカゴとかのセッティングとか)」ようにして、「家事活動」「余暇活動」として楽しめることとして大事になってるんだよ、みたいな意味だと思います。
ラベル:料理 家事 お手伝い