2011年01月13日

シェアウェア―もうひとつの経済システム



 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

「シェアウェア―もうひとつの経済システム」NTT出版 金子郁容監修 宮垣元・佐々木裕一著
を読みました。いろいろ触発されるところがありました。

 シェアウェアやフリーウェアの作者へのインタビューを集めた本です。
 みなさん異口同音に「このソフトは私一人で作ったものではない」「ユーザーからの要望があってこそできたものだ」というようなことを述べられています。

 ちょっと長いけれど引用します。
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 もちろん、シェアウェアがディジタル・ネットワークをインフラとしていることは事実だ。その意味では、オンライン上でのソフトウェアが「つながっている」感覚を生み出すのは必然ともいえる。しかし、ここで注意すべきことは、原動力となっているのは明らかに「つながっている状態」ではなく、「つながっている感覚」であるということだ。ここでいう「つながり」とは、物理的な接続状態以上の「何か」であるが、そのことこそが重要なのである。

 では、どうしたらそうした感覚を得られるようになるのだろうか。いい換えれば、どうしたらユーザーが自発的に「付句」をするようになるのだろうか。ヒントは江村氏の「早い段階でソフトウェアを公開してしまえば、ユーザーからのフィードバックがある」という経験に隠されている。

 早い段階で公開するということは、ソフトウェアの完成度が低い状態で公開するということだ。そこには、おかしなところや不完全なところがぎっしり詰まっている。企業の発想からいえば、そんな状態で製品を世に出すことはありえないだろう。不完全であるがゆえにユーザーからクレームがつきかねないし、第一、事前の評判を落とすリスクをしょいこむことになるからだ。

 ところが、シェアウェアはそれをあえてやろうとする。ましてや、作者には企業や上司といった後ろ盾やいい訳がないから、ある意味では好んでさらし者になるようなものだ。しかし、それは愚かなことでも損なことでもない。理由はいたって簡単だ。どんなに穴がないように気をつけても、どんなにいい訳を考えても、完全であることはありえないからだ。どうせそうなのであれば、そんの取り繕いをせず、素直にそれをさらしてしまえばいいとシェアウェアの作者は考える。つまり、シェアウェアを作るということは、自分自身をひ弱い立場に立たせることを選択するということでもある。

 このように、ボランタリーな行為はさまざまな賞賛と同時にさまざまな攻撃に身をさらすことにもなる。しかし、作者が自分を弱い立場におくからこそ、他のユーザーからの指摘や意見や要望が生まれると考えてみたらどうか。シェアウェアの作者がソフトを公開すれば、たくさんのユーザーから感謝の言葉をもらうかわりに、「こんなことはできますか」「こうしてほしい」「こんな不具合がでました」というような意見への対応を迫られる。だが、こうした「弱さ」や「傷つきやすさ」こそがシェアウェアのダイナミズムの源なのではないか。

 ボランティアを研究する金子郁容は、この弱さを「バルネラビリティ」と呼び、自らを「バルネラブル」にすることが次の「つながり」を生むのだと説いている。(「ボランティア」岩波書店)バルネラブルであるということは、弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさであるとともに、相手から力をもらうための<窓>を開ける秘密の鍵でもあるというのだ。
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 例えば今までの学校文化はひょっとしてパッケージソフトを作ろうとするようなものではなかったか。しかもかなり破綻し、ユーザーのニーズから離れた・・・

 個別教育計画は、それをシェアウェア化(オンラインソフトウェア化)しようとする試み??

 またフォーラムの会議室への発言やMLへの発言というのもボランタリーな行為であるし、同じような側面があるのじゃないかな。マチートさんはご自分の「問題行動の対処法マニュアル」をフリーウェア宣言してはりましたし、最近で言えばダダ父通信もまさにそういうものとして流通しようとしていますよね。

 この本にはシェアウェアとお金についての考察もされています。
 これは有償ボランティアにつながるのじゃないか、という視点ですね。

 それこそ卒業後の場やグループホームをそういうものとして作っていくことができないかなあ、というのが今の私の夢想です。

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大阪の知的障害児施設(月の輪学院)虐待事件続報2

大阪の知的障害児施設虐待事件続報
大阪の知的障害児施設(月の輪学院)虐待事件続報
虐待を普通と思う時

 朝日新聞の記者さんが取材してはりますね。

ポエム

 朝日新聞の記者さん。
 底の浅い記事を書くことなく、いろいろ取材をして欲しい。

 しかし「こんなふうにもできるんだよ」ということは勉強(取材)した上で書いてくれたら嬉しいな。

 「虐待やむなし」「どうしたらいいかわかりません」じゃなくて。

追記
 アサヒコムのお問い合わせフォームに意見を書いて送ってみました。
 朝日新聞の記者さんに届くだろうか。

 何か

シェアウェア―もうひとつの経済システム

で言うところの「バルネラブルであるということは、弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさ」になる行為ですね。
posted by kingstone at 19:32| Comment(0) | 教養・ビジネス・組織論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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