2011年02月09日

モップ・掃除機 掃除について





 掃除・モップがけに関するものを集めてみました。関係ない所を削ったり、改めたりします。

いつもうまくいったわけじゃない

 掃除のワークシステムで、1枚の紙に上から下へ書いた物を見せても理解できなかったのが、カード1枚に1仕事を書き、それを上から下に並べたら理解してもらえたり。

 メジボフさんだかの言葉。

「我々に失敗は無い。ただ学ぶだけだ」

好きな言葉です。
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過去の記事29(提案・朝の活動・午前の授業)

大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。

 9月6日

 クラスで共通理解をするために配布するために作ったプリントです。
 なおとりあえず保護者の方には「私、授業のこと考える時もやりとりしながらでないと考えられないので、パソコン通信などで書かせて下さいね。お願いします」とクラス全員の保護者の方からアップの許可を取ってしまいました。
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○A君とC君の朝の活動について

 A君とC君の朝のそうじについてですが、現在は声かけをするとルーチン(習慣)で食堂へ行ってイスを上げる、というところまではできています。しかし、その後の活動が自立的にはできません。

 A君は手順書の側で「次は」と私が言うと次の活動に移っていました。
 C君は「いす」や「モップ」や「だいふき」を指さすことが必要でした。

 そこで手順書を変えてみました。今度は、教室で「そうじ」カードを受け取ると、手順書のところへ持って行き横のカード入れに入れる。これはスケジュールでの移動です。(これで手順書のある所を意識してもらう)

 次にC君の場合だとやることをポラロイドの写真で示しているので、そのカードをとり、カード入れ(やることがわかったらここに入れる)に片づけてから描かれていたことをする。例えば「いすをあげる」。上から下へのワークシステムになります。

 A君の場合は、文字と簡単な絵だけにしています。

 モップがけも「どこまで」「どういうふうに」やったらいいのかがわかっていないので、できればそれを教えてあげる必要はあると思います。床のテープの跡はそれを教えてあげようとした試みなのですが、あれでも幅が広すぎるのと、形が複雑(いつも一定方向からやる、などではできない)なので覚え切れなかったようです。
 現時点では、A君は食卓の周り、配膳台のところ、はわかり、C君は水道のところの壁際ひとすじ、はわかっているようです。



 佐賀大附属の服巻智子先生は「そうじを教える時はまず一人で」ということをおっしゃっていました。というのも「協力してやる」ということを教えることはかなり高度なことになりますから。でも、今のクラスの現状だと、何とか一緒にやらないわけにはいかないですね。(kingstone注・「同じ場所で同時に」であっても「一緒に」ではなく「個別に」することはできますね)

 またA君の場合は、机の上に朝やることをカードに書き出して置いておきたいと思います。これは現在も声かけが必要なので声かけなしでできるようにしたい、という意図です。少し問題かな、というのは今まで全部上から下へのワークシステムだったのに、今回は左から右のシステムを使っていること。

 これがうまく行ったら、C君にも取り組んでいけるかな、と思います。(ただしC君の場合、写真をどこまで認識しているか、ちょっとわからないところがあります。というかこちらが写真で示したい意図と彼の捉えることのずれが結構ありそう)

追記
 「手順書」はワークシステム(の一部)です。(子スケ・孫スケと言ったりもします)
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過去の記事65(地域の子どもたちとの交流について)

 10月7日

 この会議室で書いておられたのかな。
 「特別支援学校を地域の学校の中に作って欲しい」って。

 結局、それって特別支援学級みたいな感じになるのかな、とは思いますけど、でも「地域の学校」から独立した形で(つまり行事などは独自で決定できる)存在するってのはなかなかいいかもしれない、って思います。

 私も地域校の普通学級に交流に行くのですが、たまに行って地域校の普通学級の授業にパッと入ってもなかなか「交流」にはならないのですね・・・

 それより例えば給食の時に同じ学年の子、何人かに来てもらう。
 そうじの時に来てもらう。などということをすることで、その子たちにモデルになってもらう、そんな交流ができたらいいのになあ、って思います。(世話やきをしてもらうのではなく)

 いわゆる逆統合の形ですね。

 また、いろいろな地域の学校の行事を見てると、やはりそのまま入っていくのはちょっと苦しいと思われることも多いです。練習につきあうことがあるのですが、子どもたちみんなえらいなあ、と思います。私だったら登校拒否を起こしてしまうかもしれない・・・でも、子どもの時、何とか過ごしていた、ということは子どもはあんまり気にしないのだろうか・・。
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過去の記事82(子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽)

 10月25日

 あるお子さんが通常校の特別支援学級に通ってはります。
 夏に親御さんがTEACCHのことを少しだけ知りました。

 そこで担任の先生に話をしたところ「スケジュール」を作って下さいました。またそうじをする時は「そうじカード」を示す、等という工夫をして下さいました。

 スケジュールについて言えば、先生がいなくても、交流学級の子どもたちがスケジュールを示して、「○○君、次はここだよ」とか示すと納得して動くことができるようになったとか。

 で、担任の先生の感想として「すごく楽になりました」

 いいよねえ。もちろん○○君も楽になってると思います。
 そういう話を聞く親御さんも楽というか楽しいだろうし。

 私、「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽な方法を」と言ったら、この「楽」って言葉に違和感を覚える先生は多いそうです。でもやっぱりいいと思うんだけどなあ。

追記
 「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽」というのは数少ない私のオリジナルの言葉です(エヘン)後年は「子どもが楽、保護者が楽、教師が楽」というふうに順番を換えて使っていました。

 でも周囲の先生方は「楽」というのは「教師のさぼり、なまけ」と思われて理解して頂けませんでした。「楽」というのにはすごく反発があったみたいです。(でも・・・「子どもも苦しい、担任も苦しい、保護者も苦しい」取り組みが多かったような気が・・・それって意味あるのか)

 またTEACCHをよく知る複数の方からは(教師も保護者も)「最初は教師も保護者も楽じゃないよ」と言われました。そうですね。スケジュールとかワークシステムとか様々な見てわかるコミュニケーション手段とか・・・今まで音声言語だけですましていたところで、たくさんのあれこれを作らないといけないのですから。最初は超めんどくさい・・・

 「学校文化」や「こっち側の文化」とぶつかることも多いし。

 まあ、実際にやってみると「わかりあえることはこんなに楽しいんだ」とわかって「楽」になっていくわけなんですが。

 と今思っていますが、少し後の当時の記事にこんなのがありました。
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 私、最近まで「いろんな方法があっていい。きつくてもがんばるも、それはそれで尊いお考えだ」と思っておりましたが、もうここに来て「そーゆーのが諸悪の根元」というふうにも思えて来ました。(あくまでも目の前の子どもたちを見ててですが)

で「教師は楽ではないですけど」というのも、これまた考え方で変わるかなあ、という気はします。

 例えば、私、今学校に早めに行って、その日のスケジュールに合わせて、いろんなところにカード受けのポケットを付けたり、必要なカードを用意したりしています。結構めんどくさい。

 でも、その準備の時間をとらずに、子どもに「はなれるな!」とかくどくど指示しながら動いたりするよりよっぽど「楽」なんですよね。

 課題学習の教材をあれこれ考えるのもたいへん。でも「この授業やってもわかんないだろうなあ」と思いながら時間を過ごすよりよっぽど「楽」
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過去の記事119(目標(方針)   名人芸)

 11月22日

 個人目標・学級目標(学年目標)・学部目標そして学校目標・・・

 あんまし私、そーゆーのって「作る人、ご苦労さん。私そんなの知らんもんねえ」状態だったのですが、
個別課題を意識するようになってからものすごく大事だなあ、と考え直し始めました。

 ところで名人芸云々ですが、実のところそれってすごく大事だと思っています。特に「こうやったらいい」と見抜く部分は難しいけど関わりの部分をその方が提示して下さり、他の方もそれを簡単に真似できる、という場合は。

 ただ私はそれがうまくなくて(笑)「情けない教師」ですから。

 名人芸も大切だと思っている、という話でした。

 ただ先日もBさんに「モップ掃除に行こうよ」と誘う時に声と身体的プロンプトで誘ったら「遊びを邪魔するな」というように怒っていたのが写真を見せるとすっとやって来てくれました。これもはたから見てたら
名人芸に見えるかもしれない・・

 まあ周囲に簡単に説明し、納得して頂くことはできますけど。
 新人Bさんが「Bさんにはもっとこーゆーのが(視覚的な支援が)必要ですね」って言ってはりましたし。

追記
 説明は簡単なんですけど、納得して頂くことは難しかったです。

 学級目標は・・・
 よく普通クラスであるのは「よく考えて発表する子」とか「みんな仲良く元気なクラス」とかいうやつですね。

 私はある年「わかってできる」にしました。誰の目標か(子どものか、担任のか)がよくわかりませんけど。
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過去の記事170(クリスマスプレゼント C君の意思表出 A君のそうじ)

 12月22日


 朝の掃除をしていると、A君がつかつかとやってきて「むすんで下さい」と言います。くつひもがとけてました。でむすんであげるとそのまま掃除をしないで出ていこうとします。思わず「どうしたの?」と尋ねると「カード下さい」と言います。見ると腰にカードのたばを付け忘れてます。

 「あらま、じゃあ取って来てあげるから掃除をしてなさい」と言うと掃除をしはじめました。

 最近A君もやっと掃除の時のワークシステムがわかり始めたようです。

 タスクアナリシス(課題分析。この行動の次はこの行動をする、と細かく分けて考えていくこと)した行動を(イスをつくえの上に上げる。モップでふく。等です)文を書いたカードで示し、それをカード受けのポケットに入れていきながら掃除をすすめるシステムを使えるようになってきました。

 昔はいちいち音声言語と指さしでやらせていました。視覚支援は無し。次に試みた画用紙に上から下へ文を書いたワークシステムは撃沈でした。

 それまでは「さぼり」「なまけ」という評価もよくされていました。でも、ワークシステムが効果を出してくると「もちろん掃除が好きではないかもしれない。しかしやらないのはわからないからだ」という感じがよく理解できます。

 なんだかねえ・・・掃除をしながら涙があふれてきました。
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支援付き雇用の支援者さんの態度

 「青年期・成人期のTEACCHプログラム」を見ました。

 これはTEACCHのやってる青年・成人のためのさまざまな事業のことを教えてくれます。

 ちょうど他の会議室ですが「ああいうのは嫌だ」という発言がありました。で、お話をうかがってみると「支援つき雇用の支援者(ジョブコーチ)」の態度がどうもたいへん失礼、みたいな話だったので目を皿のようにして見て
みました。

 で、たぶんこれだな、というのがありました。

 モービルクルーというTEACCHのスタッフが仕事を取ってきて外へ一緒に働きに行く形態があります。何人か一組で動きジョブコーチが一人ついて行きます。画面ではお家の掃除に行ってました。

 で、ジョブコーチは自閉症の方々がうまく仕事ができるように段取りするわけですが、それでうまくできだすと本を読んでたり、自分の勉強をしてたり、ぼーっと(?)見てたりするわけです。

 でワンシーンではロッキングチェアに腰掛け足を組んでチェアを揺らしながら見てました。他の場面では日本人である私が見ても「失礼」と思える部分が無かったのでここだなあ、と思いましたです。

 ま、このジョブコーチの名誉のために少し補足すると他の場面では一生懸命段取りしたりしてる場面も映ってました。でも、基本的に、自立的に作業できるようになれば、後は私の仕事じゃないよ、というのはありそうでした。ま、極めてアメリカ的ではありますな。

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過去の記事172(TEACCHへのいくつかの批判に答えられるか?)

 12月23日

 私、答えられるかなあ・・・

 >・紹介している人やビデオが、形や言葉の理念は、原典に忠実でありながら、
 > 技術的にハートのない対応にみえるものがある。

 TEACCHのDVDで「親のためのTEACCHプログラム」に出てくるお父さん、ちょっと「問答無用」みたいな感じで指導してはる場面がありますね。また「青年期・成人期のTEACCHプログラム」にはこの会議室でも話題になった支援者が自閉症の人が掃除してる時に本を読んでたり、ロッキングチェァをゆらしながら見てたり、という場面がありました。

 ふむ、ハートねえ・・・私もA君やC君が掃除してる時に腕組みして見てる時もあるなあ・・・ハートねえ。よーわからん。

 「過去の記事170(クリスマスプレゼント C君の意思表出 A君のそうじ)」で泣いてしまった私ですが、「ハートのない対応」と言われたらニコッと笑って「ほー」と言うくらいしかできないな。

 そういや「青年期・・・」のビデオの中でTEACCHのCLLC(居住と就労の包括的なプログラム)のスタッフが「職員を選ぶ時は人柄を重視します。これは教えることはできません」と言ってはったのはめちゃ面白かったですね。

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過去の記事216(事前の準備が大切  ニコニコと過ごす)

 2月4日

 今日は風邪で子供たちもたくさん休んでいました。
 で、先日担当医がいなかっので行けなかった病院へ行こうと急に思いたちました。新人Bさんに「課題学習の用意はできてるからお願いね」(全部、カゴに入れて、スケジュールにカードを貼っている)と頼んで時間休を頂きました。

 やはりいろんなこと構造化できてるから「私、いなくてもいいや」と思える、ってのはありがたいです。

 もちろん、最近思いついた新工夫とかうまく伝わっていなかったかも、と思いますが、それは連絡不足の私が悪い・・・E君の学習のスケジュールを「上から下」から「1枚ずつめくる(束にしていると全部取るので、ほんとに1枚ずつこちらが用意)」としたのはどうだったかな・・・新人Aさんは午後の自立課題の時は連絡不足でまだ使えてませんでした。

 昨年までだったらどうだろう・・・もちろん時間休を取ることは可能ですが、授業は残った先生のアイデアに任されていましたし、子供一人一人に合った授業であったか、というと・・・私の能力不足もあり、たいへん疑問でした。

 ここで□□さんの旧自閉症会議室の「構造化は難しいでしょ」を一部
(しかし長く)引用させて下さい。

引用開始---------
(前略)
(1) 1人に焦点を当てて構造化を考える

 別にTEACCH流の構造化に限りませんが,新たな対処を行うということは,即時に望ましい成果が必要になります.具体的には,1週間以内に,どんなに遅くても2週間以内にきっちりと予定した成果をあげなくては,話しになりません.昔と違い,今では重度の知的障害者への対処テクノロジーはそれくらいの知識の蓄積はあります.「変化が現れるまでは何年もかかる」といった偶然に頼った時代はもう昔のことです.

 もちろん,目標が現実的に妥当であった場合です.××さんの職場では,「掃除時間」を目標にするのは,非現実的だと思います(どう考えても高望みしすぎです).「○○さんの掃除時間」に限定するところからはじめる方がいいですよ.

 さらに,新たな試みをはじめる方は,はっきり言って自信が無いわけですから,「○○さん」を慎重に選ばれた方がいいと思います.××さん自身が,誰だったら1週間で,「問題を起こさず」「事前に予定した個別の掃除課題(行動)」を余分な干渉なく実行できるか,カンを働かせて選ぶ必要がありますね(利用者
だけでなく担当の職員のチームも重要な変数).「どうせうまくいかないかもしれな」ではじめては絶対にいけません.

 どこの職場でもそうですが,新しい試みに対する抵抗は非常に大きいものです.もし,「○○さんの掃除時間」が目標通り,即座に変化しても,周囲はそんなに簡単に認めてくれません.それでもしつこく,次は「△△さん」,その次は「◇◇さん」,そして次はこの「3人を調整して1グループ」でといった具合に,1年かけて少しずつ変化を当たり前にしていく,根気強い努力が必要です.

 そして,このひとつずつの成功経験を積んでいくうちに,「障害者に対する直接援助は,事前にいかに準備するかにかかっている」という実感を持つようになります.もちろん,職員全員が実感を持つわけではありません.しかし,2割・3割の職員が,揺らぎない自信で「事前の準備の大切さ」を理解すれば,後は組織全体の変化は早いものです.××さんは,「事前の準備が本来の仕事ではない」といったニュアンスの発言をされていますが,私は,「直接援助の善し悪しは事前の準備でほぼ9割は決まる」と認識しております(構造化だけでなくチームの役割分担なども含めてです).

(2) 複数職員の複数日数の実習

 自閉症の人を中心とした,個別化されたプログラムと構造化の手法を取り入れた職場に,2〜3日あるいは1週間の体験をする,職員研修プログラムとその予算化が必要だと思います.すでに,個別化され,構造化された職場は,本当に簡単に日常の業務としてそれをこなしているわけです.そしてこの運営方法は,本当に少エネルギーです.はたから見て,大声で怒鳴る職員もいないし,大暴れしている利用者を押さえつける場面もめったにありません.みんな,ニコニコと普通に重度の障害を持つ人と接しています.この現実は,話を聞くだけでは,絶対にわかりません.
(後略)
引用終了-----------------------

 私の学年は、まずA君、Bさん、C君の課題学習をどう自立的にやっていくか、から始め、A君のスケジュールや、徐々にC君のスケジュール、E君、Bさんへのスケジュールや移動のさいの視覚的支援、コミュニケーション、と進んで来ました。

 また自閉症かどうかはわからないD君、F君、Gさんについても、一部同じような試みを入れて、ほんの少し効果があったかな、というようなところもあります。

 で「事前の準備の大切さ」はものすごく実感できるものとなっています。
 (もちろん以前の授業などでも事前の準備はしていたのですが、まず授業ありきであり、個人の特性には合って無かった面が多大にある)

 そしてやはり私の学校の教師でも、私の学年に入って一緒に過ごさないと、私の学年がニコニコと普通に(!)過ごしているのはわかりにくいかなあ、と思います。いや一緒に過ごしても「これが小学生のための授業かあ」とか「なんでこんな間違った行動を訂正しないのだ」(例えば朝の会でA君が写真を反対向けに貼る)とか思いはる方も多いだろうな。

 ベテランさんが復帰されました。
 ベテランさんは「私の指示には従わなければならない」ということを子供たちにわからせるのがたいへん上手な方で、復帰当初はいろいろ戸惑われたのではないかと思います。(具体的には威嚇と暴力を使われる)

 そのベテランさんがC君のランニングや腹筋の時に旗を入れていく工夫を見ていて「E君のモップかけのお掃除の時にその方法、使えないだろうか」とアイデアを出して下さいました。E君はモップかけをする時に1回だけかけて終わってしまうのです。

 確かにE君はスケジュールの流れはわかってきたのですが、次々にこなそうとして、あせるところがあります。

 これを「さぼり」「わがまま」「なまけ」と見るのでなく、具体的にわかる手段で伝えていくアイデアを出して頂けたのはたいへんありがたいです。で、これも「事前の準備」ですね。

 回数を旗や具体物で示して、1回ごとにそれを1個無くしていって、全部無くなったら終わり、ということを教えたいわけですね。で、今、E君のゴーアウェイ(「この場にいたくない」と意思表示したら行きたい場所に行く)にも取り組んでいますけれど、「何かがひとつずつ無くなっていって、全部なくなったら終わり」がわかるようになったらゴーアウェイなんてしなくてもいいようになるかもしれない。(ただ、早く全部無くせ、という要求が出るようになるかもしれないけど)

 しかし、ふと思ったのですが、「大変」でなく、ごくごく普通にニコニコと過ごしていると「子供の障害が軽いから」と思われる面もあるかもしれませんね。
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過去の記事241(初めてカードで表現)

 3月4日

 今日はE君がいろいろ見せてくれました。

 朝、廊下のモップかけの時、何往復したかを覚えているために、旗を使っています。今まで、旗のところまで行くと全部一度に片づけようとしていたのに、今日は指示なしで一本だけ持ってモップをかけてました。
(kingstone注・3本の旗(割り箸に小さな紙の旗をつけたもの)を壁の腕の高さのところに固定した空き缶に、モップで廊下を1往復する度に1本ずつ入れていきました)

 また、今日、午前の課題学習がだいたい終了し、私が部屋の模様替え(課題学習から給食用に)をしていたらE君が寄ってきます。何かと思ったら腰のカードの中から「給食当番」のカードを出して「これだ」というように指し示します。私、「おお、そうや、そうや。行っといで」

 今まで彼にカードを示してきはしましたが、彼からカードを示してくれたことは一度も無し。で、いきなり大正解ですから、もう嬉しくって涙が出そうでした。

 なんかね、ほんと、ほくほく幸せ、って思えます。
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終了がまだわからない

 Zさんと今掃除の取り組みをしています。

 掃除機のそばの壁に掃除機の写真を入れるポケットを作りました。
 また床にビニールテープで小さく四角で囲い(60cm*100cmくらい)そこにトイレットペーパーをちぎったものを撒いておきます。

 で掃除機の写真に「おそうじをする」と書いたカードを「お掃除しようね」と言いながらZさんに渡します。

 彼女は壁のポケットにカードを入れ、掃除機を取り、コードを引き出してコンセントに入れ、スイッチを入れ、掃除をし、スイッチを切り、コンセントからコードを抜き、掃除機にコードを巻き入れ、掃除機を
所定の位置に戻します。

 先週から始め、先週は身体的プロンプトだらけでした。
 うーーむ、もっと視覚的援助を入れなければいけないかなあ、と思っていましたら、ルーチンで入ってきたのか、今週になって1か所だけのプロンプトや声かけでできるようになりました。

 その1か所というのが、「枠内の紙を吸い取ったらおしまい」という終了の部分なのです。

 おしまいにならず、他のところもやろうとする・・・しかし、枠から外に出るとスイッチを切ったり入れたりで、わかりかけてるのか、それとも掃除機をおもちゃとして扱っているのか・・・

 ここで例えば近づいて、枠内を指さし手を交差させた状態からさっと広げたり(無いよ、と伝えたい)あるいはマカトンサインの終了をするとZさんが「おしまい」と言って片づけはじめます。

 うーむ、どうしたら終了がわかってもらえるかなあ。

 でも、ほとんど一人ででき始めたので、横目で見ながら、別の子を介助しながらモップかけができるようになりました。
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自立的に体を洗う&お風呂の課題分析

 ちなみにC君はカードを使ったワークシステムで自立課題学習ができます。また以前はイスの写真・モップの写真・台拭きの写真を並べて、それぞれマッチングさせていき、一人でモップかけができていました。
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2学期が始まっていろいろ聞きに来て下さる先生がいた、という話

 で、またその先生が話しかけて下さいます。

「○君には、保健室での仕事が終わったあと、指示なしでモップ掃除ができるようにしたいんですけど」
「□君には、自分のやりたいことを私たちに教えてくれるようにしたいんですけど」

 とりあえず、注意点とか、こうしたらいいかもしれない、とかいうことをお伝えしました。

 ところで、ここに出てきたお二人とも、昨年度私と組み、私に対して強い反発を持っていらした方です。視覚支援も使っては頂けなかったし、最後の最後にやっとちょっと「こんなのもあり」と思って頂けたかな(よくわからない)、という方たちです。

 で、お二人とも現在、こういうふうに積極的に使おうとして下さっている・・・ありがたいです。本当に嬉しいです。(断片的やからうまくいくかどうかわからないところもあるのですが・・・でも私だって初めは断片的やったしなあ・・・)

 また別の私と組んでいた先生。(この先生は、反発とかはお持ちになってはいなかったと思いますが)「明日の自主研修会出るよ」と言って下さいました。

 ありがたいです。
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TEACCHなんかとてもできないという保護者の方へ

 でもって現在の私の学年の指導のあれこれをビデオでお見せすると「こんなに高度なことはとても(私のところでは)できない」とおっしゃる方もあります。

 しかし、よーく考えたら一番最初は「掃除の時に何をしてもらうかを伝える」ことだけを、しかもかなり試行錯誤してやったんだなあ・・・いや挨拶を紙を見ながらやってもらうところが最初かな・・・

     追記20120310
         これ、間違いです。一番最初は教室に入るさいに靴を脱ぎ散らかす子に、
         「靴を置く(脱ぐ)のはここだよ」を示したところからです。
         「2日間セミナーから帰って来て1

 そしてそのひとつひとつから「あっ、この子たちは、さぼっているんじゃないんだ。なまけているんじゃないんだ。わからないだけなんだ」という実感を得て次のことに進んでいく力をもらいました。

 ただ、側で「わっ、こんなことあったよ」というのを一緒に喜んでくれる人がいることは大事かな。私の場合はFEDHANがあり、自分たちで始めた研究会が支えになってくれたわけですが。
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私の大失敗

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 F君は、自閉症かどうかはわかりません。
 人なつっこくて「一緒に遊ぼう」とでも言うように相手を見て首をかしげたり、「一緒に読んで」とでも言うように本を持ってきたりします。

 また音楽が大好きです。しかし友だちと音楽の趣味が合わなくて喧嘩になったりするので、ヘッドホンで音楽を聞くことをやってみたりしました。落ち着いている時は静かに聞いています。

 で、昨年度の3学期、コミュニケーション練習に使えないかと、ドレミファドーナツの絵を描いたカードを教師に渡したらヘッドホンステレオを聞かせてもらえる、というのをやってみたらかなりできました。

 ところが、新年度になって教室が変わったり、運動会の練習があったりしたせいか、ヘッドホンはたて続けに3つ壊されるは、(全部自腹・・・アセ)カードを使うことがはっきりしなくなるは、という状態になりました。また私自身「カードはまだ早く、実物レベルじゃないかなあ」という思いもありました。

 で、この実践自然消滅みたいになってました。そしたら2学期の始業式の日、教室で全然別のところにいた私にF君はにこにこしながらドレミファドーナツのカードをわざわざ渡しに来たのです。

 よし、っと思い、またカードで要求を伝える、というのを復活させることにしました。そしてすぐにカセット・ガラガラ・ペットボトルと数を増やしても、ちゃんと使い分けて渡してくれるようになりました。

 また、トイレに行く時に写真を示したりしてたら、ある日、にこにこしながらトイレの写真を持って来てくれました。行ってみると成功。

 また授業では、スケジュールなどはわからないと思っていたのですが、スケジュールボードに貼ったどんぐりを手に取り、ペットボトルにどんぐり入れをする机まで行き、自分でイスを引いて座る(ちょっとびっくりするようなことです)なんてこともありました。

 後、掃除機を教室の入り口に置いています。掃除機のスイッチを入れるのは好きです。(たぶん音と振動の出るのが嬉しいのだと思いますが)そこで、掃除機を出し、コードを出し、コンセントに入れ、スイッチを入れ、スイッチを切り、コンセントから抜き、コードをしまい、片づけるという一連の動作を教えるとコンセントを入れるところ以外は介助なしでやることができるようになりました。

 そこで「スケジュールがわかって待てる」「スケジュールに従って行動できる」ということを目指そうとしました。
・・・・・・・・・・・・
 そこで教室の入り口にスケジュールボードを作りました。
 そして朝、教室に入って来たら、

 「着替え」
 「掃除」(掃除機で・・・まあスイッチを入れてすぐにおしまい)
 「遊び」
 「教室の朝の会」
 「体育館へ」

 という流れが写真カードでわかるようにしました。
 そして彼の色のカードをトランジションカードとして、そのカードをもらうとスケジュールボードのところへ行き、次の予定の写真カードを取る、というふうにしようとしました。

 12月16日がスタートでした。

 「着替え」はまあまあ。
 
 次「掃除」のところで、彼は掃除機で遊ぶのは好きなのですが、「遊び」を先にしたかったみたい。そこで、ボードを指し示しながら、後で「遊び」があるから、ということを伝え、彼の手を取り、腰を引いて逃げようとするお尻を押したりもし、いつもと違って(いつもはコンセントを入れるところだけの介助でほぼok)かなり手を取り、やらせました。

 それが終わったら、後の「遊び」や「朝の会」は、トランジションカードの使い方はわかってませんが、次のカードを手渡せば次が何か理解する、というのはできてたようです。

 翌17日。

 ちょっと機嫌悪そうではありましたが、同じようにやりました。

 翌18日。

 バスから降りるなり、大粒の涙を流しながらなにごとかを訴えます。
 もちろんスケジュールもくそも無い・・・・
 彼はついに半日泣き続けていました。
 彼のできてたことも、できないことがいっぱい・・・

 ああ、無理なことをやり過ぎたな、と思いました。
(注・泣くことそれ自体は別にいいと思っていますが、どういう状況で何故泣いたか、によってこちらもあれこれ考えないといけない)

 それこそ「無理な訓練」になっていたようです。
 他のところかも傍証がいろいろあがって来ました。

 その日のうちにスケジュールボードははずしました。

 もちろん、その日のうちからもですが、翌日からは、特にまあ朝来てすぐの着替えはさせるとして、その後、いかにF君の笑顔を出させるか、に腐心しています。

 でも終業式までなかなかからっと気持ち良くとはいきませんでした。

 私は結構この手の失敗をします。

 3学期になってF君の笑顔も戻りました。

 でスケジュールなどの指導を意図的にすることをあきらめたか、と言うと・・全然そんなことはなくて、授業の場面に限って、授業の流れをどうしたらわかってもらえるか、を考え具体物をより取り入れたりしながら、いろいろ働きかけをしています。
・・・・・・・・・・・・
 またみなさんレス(コメント)つけて下さいね。

 特に○○さん。
 こないだふられたんだから、今回は指名してもいいっしょ(笑)

 まあだいたいわかりますけど。

> 次「掃除」のところで、彼は掃除機で遊ぶのは好きなのですが、「遊び」
>を先にしたかったみたい。そこで、ボードを指し示しながら、後で「遊び」
>があるから、ということを伝え、彼の手を取り、腰を引いて逃げようとする
>お尻を押したりもし、いつもと違って(いつもはコンセントを入れるところ
>だけの介助でほぼok)かなり手を取り、やらせました。

「この時点でこれはTEACCHではありません」(笑)
 あと、アセスメントがどうだったかとか・・・アセスメントが無いからTEACCHでは無い??

 上に書いたようなことがインフォーマルなアセスメントになるかな、とは思っていたですが。
・・・・・・・・・・・・
 ○○さん、こんにちは。
 無理矢理レスつけさせてすいません。

 >まあ,そうかもしれないです.お尻を押す前にスケジュールの提示の
 >方法とか順番とか,色々工夫したり,その時の子どもの状況に
 >あわせて(物理的ではなく)押したり引いたりしてみたいですね.

 物理的ではなく・・・
 ほんまですね。
 でもやっぱり手をひっぱったり、背を軽く押したり、というのはよく使ってしまいます。うーーん、もっともっと減らしてみないといけないか。

 >学校のように比較的長期間指導できて,教師がアセスメントについて
 >理解していれば,アセスメントと指導というのは,そんなに区別しなくてもいいでし
 >ょう.指導とアセスメントが一体となっていると思います

 そうであるはずですよね。

 >大体PEPとかCARSとかは短時間で効率よく情報を集めるために
 >あるので,なきゃないで問題ないです.
 >私が教師ならどっちも要りません.

 あははなるほど。

 ちなみにF君とは、今普通の授業場面でスケジュールを提示する試みをやっていて「机の上で勉強」する時に「どんぐり(本物)」を持って勉強する机に行ったり、「コップ(本物)」を持っておやつを食べる机
に行ったりしてくれるようになりました。

 で、おやつの時もばっちりだけど、とりあえず「どんぐり」の時は勉強の机に行ってくれてるなあ・・・

 今回は○○さんにレスを強要してしまいました。

 「セミナーに4回も行ったもんが何を今さら言ってんの」ってとこがあるかもしれません。でもね、私、はっきり言ってセンスも能力も無いって思っています。とにかくいろいろみなさんとやりとりしながら、
考えていかないと、とてもじゃないけど実践続けていけないんですよね。

 ほんま今後とも、みなさんよろしくお願いします。

追記
 TEACCH的な教育をやるならまずPEP、ということでもなさそうです。もちろんありゃあ便利だろうけど。
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個別支援計画(IEP)についての大昔の発言

 保護者がそれこそIEPを作ってこられた、という話も出ました。で

 親「なぜうちの子に掃除をさせてくれないのか」
教師「この子にはまだ人間関係が大切」
 親「そんなこと言ってたらいつまでたってもできない。形からでもはいって欲しい」
教師「・・・・・」

 話をうかがうと、お家では様々な家事活動もやっているとか。
 たぶんTEACCHを勉強されている方と思われました。

 後で個人的にもその先生と少しお話しましたが、何か教師集団がその保護者の意見をうまく受け止められないみたいですね。私が話した先生は「やってもいいんじゃないかな」と思われているようですが、反対はあるみたい。
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トップダウンとボトムアップ

 おっと・・・

> 決して「人間関係ができ、情緒的なつながりができてから掃除をさせる」
>とは考えません。

ここは重要なところです。「人間関係ができ、情緒的なつながりが・・」とは考えません。しかし、どうしたらやってもらいたいことがわかってもらえるだろう、と考え抜きます。

 そして無理強いではなくてわかってもらえる方法を考えます。

 つまり「最初から良い人間関係が作れるよう」な状態で指導しようとします。
posted by kingstone at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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