2011年02月10日

PLUTO 鉄腕アトムとかロボットとか



 ロボットに関するものを集めてみました。

 まず書きかけの「プルートウ」の感想文から。


 鉄腕アトム「地上最大のロボット」のリメイク。

 西原理恵子さんが「プルート」と書いたら担当編集者の八巻さんが、浦沢さんの担当者に呼び出されて「これは『プルートゥ』です」と注意された、って話が「営業物語」に出てきました。でも表紙は「プルートウ」だな。長崎さんはあとがきで「プルートゥ」と書いてるけど。

 西原さんが、何巻かのあとがきで「浦沢と長崎がダラダラ長く描きゃーがって」みたいなことを書いてはりましたが、確かにその気味はある。

 私の持っている朝日ソノラマ版「鉄腕アトム」第3巻で、180ページほどの物語が全8巻ですから。

 しかし、見事に別の物語、浦沢直樹風のキャラクターにし、しかししっかり鉄腕アトムであり、お茶の水博士であり、とわかるようになっています。
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過去の記事7(ロボット化についての話題)

 大昔の話です。

 特別支援学校小学部3年目の夏休みの話です。

 8月22日

 ロボット化という言葉はテクニカルタームとしては聞いたことはありません。ただし

 しかし「スイッチを入れないと動かない状態」という説明から、その方の言いたいことを類推することは可能です。

 私もよく使う「指示待ちの子どもになる」ということじゃないかな。これは

「誰かに音声や身振りで行動のきっかけを作ってもらわないと適切な行動が取れない。場合によっては自分のやりたい行動もとれない」

ということです。これにはもともと自閉症のお子さんで行動の「開始」が苦手な方が多いというのも一因です。で「開始」が無いもんだから指導者もついつい「指示」してしまう。で、指導者も満足して(あるいは指示以外の方法が思い浮かばなくて)こんどは「指示」が無いとできない人になってしまう。

 たとえ話ってむつかしいですね。できるだけすっとみなさんにわかる言葉を使うことが大切ですね・・・ロボット化というのにはものすごくたくさんの意味を込めることができるみたい。

 でロボットのために弁護すれば、ロボットで駄目なのか??

 だって「適切なセンサー」とそこからの情報を適切に処理するプログラム(ソフト)(それともちろん処理するCPU(MPU))また適切に出力(ある行動を取る)するプログラムと出力装置があればいいわけよね。もちろんお話になった方に、そこまでのイメージは無いわけですが。

 ほんとたとえ話ってむつかしい。

 さてそこで、よく言われる

「TEACCHは子どもを枠にはめようとする。ロボットにしようとする」

という批判について・・・書こうと思ったけど大論文になりそうでやめた(爆)

追記
 日本には(今は世界でか)鉄腕アトムという素晴らしいモデルがあります。
 「ロボット化」という言葉で非難するのは鉄腕アトムに失礼だ。
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過去の記事9(ロボット化についての話題)


 8月23日

 ロボットの比喩での思いつき。

 > でロボットのために弁護すれば、ロボットで駄目なのか??
 > だって「適切なセンサー」とそこからの情報を適切に処理するプログラム
 >(ソフト)(それともちろん処理するCPU(MPU))また適切に出力(ある
 >行動を取る)するプログラムと出力装置があればいいわけよね。

 これは自閉症で無い方の場合ですね。

 自閉症の方の場合は、センサーの感度が悪かったり、過剰な信号を送ったりする。またたぶんCPUに行くまでの回路や、CPUの中の回路部分で不都合な点も予測される。またRAM(メモリ)の一部が小さかったりする。

 で、適切な動きが取れなくなったりするわけですね。そこで何らかの周辺機器(メモリ不足を補うためのカードタイプのメモリとか、視覚センサが過剰に反応しないための壁だとか)を使って適切な動きが出るようにすると・・・

 うーーむ、こういうたとえは完全におたくの世界やなあ。
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過去の記事11(ルーチンでできることとカード1)

 8月25日

 これ、今悩んでいるというか、どうしようかな、と思っているところです。

 現在私のクラスの子どもは「教室での朝の会」→「体育館での朝の集い」の移動はルーチンでできてる子がほとんどです。朝の会が終わると教師が教室の外へ向かうというのもあるのだろうけど、とにかく体育館へ向かいます。

 しかし「体育館への朝の集い」→「次の授業の教室への移動」は自立的にはできません。声かけ、手つなぎなどが必要になっています。A君だけはカードを行った場所の封筒に入れるというシステムでできかけていましたが。

 で、今クラスの子たちにカードや実物で次の移動の場所を知らせる、ということをやってみたいのですが、「教室での朝の会」→「体育館での朝の集い」の部分ではそういうものを使わない方がいいのか、あいはやっぱり使って「移動の時はこんなふうにするよ」というのを身につけさせた方がいいのか?

 ほんとよくわかんないす。

 うーんと・・・ロボットでもいいのではないか、というのはみーーんな(自閉症じゃない人も)ロボットじゃないの、というところからの発言です。ほんまロボットの比喩は誤解を生みやすそうっすね。

 ただしカードなどの指示があってもいいかも・・・というのは思います。
 まだよくまとまっていないのですが。

 例えば視覚障害で「見えない」とわかってる人に「本を読め」とは言わないですよね。自閉症の方にてがかりなしで「わかれ」って言うのは同じようなことかもしれない。うーーん、そこんとこも微妙かなあ・・・

追記
 後であれこれやってみて、「体育館にはルーチンで移動できる」と思っていたのは大間違いであったことがわかります。「(軽くにせよ)腕を引く」「(軽くにせよ)背を押す」「他人の動きを見てひっついて行く」でした。
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過去の記事243(自主研修会2回目)

 自主研修会を開くようになった経緯はこちら。

 3月6日

自主研修会2回目

 前回「○年生の取り組みから学びたい」と言って下さった先生がご都合でお休み(アセ)

 でも、のべ8人の先生の参加でした。新人Aさん、新人Bさんも参加して下さいました。

 今日は、1時間半をとり、前半45分がビデオなどを見ながらの話、後半45分を質疑応答と協議にあてました。
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1.何を目指してきたのか(なぜやったのか)

2.事例紹介
  ・すのこの取り組み(2年前5月) 
  ・掃除の取り組み(箇条書き2年前からカードシステムへ昨年9月) ビデオ
  ・自立課題(ひとりでできる課題)2年前11月頃より ビデオ(昨年2月頃)
  ・1対1(昨年9月より始め、今の形は昨年12月より) ビデオ(?時間が・・)
     共同でやることの大切さ(本格的に取り組めたのは昨年9月から)
       ・打ち合わせ用紙
       ・課題の記録
       ・みんなのアイデア(例、カード、手帳)
  ・スケジュール(C君とBさんの机の上に置いたスケジュール)
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本当は取り組みとしてレジメに表現コミニュケーションのことも書いていたのだけど、1.2.で45分使ってしまったので、おしまいにしました。

 とにかく場所を決めていくこと、視覚的支援を入れていくこと、それらの中で子どもたちがいろんなことができるようになってきたり、落ちついて取り組めるようになってきたりしたこと。また結局一人一人にあった授業を目指して、いろいろ取り組んで来た、その中で子どもたちをこちらが理解することができ、新しいことにも取り組めるようなってきた、そのあたりが伝わればいいのだけど・・・・どうだったかな。

 新人Aさんと新人Bさんも、学年の取り組みについて質問が出たらどんどん答えてくれていたのがありがたかったです。やっぱり私が答えるより新人さんたちが答えてくれた方が「kingstoneだけがやってる」のじゃなくて「みんな」でやってるんだ、というのがわかって頂けるのじゃないかな、と思います。

 また新人Aさんが「これだけは言いたい」と
「よくカードを使ったりしているとロボットを作っているように思われます。実は私もそうかなあ、と思ってたんだけど、やってみるとそうじゃないんですよね。うーん、きっかけにすぎない、って言うか、その後で人間関係も十分できるというか」(あり?もうちょっと違う言葉だったかな??でも新人Aさんがこんなことを言って下さったのにはびっくり)

 それから「ひとりでできる課題(自立課題)」についても「最初は「先生は声をかけずに」とか言われて、理由がわからなかったのだけど、今は「黒子に徹する」(で本人が自分でやった気にさせる)ってことかなあ、と納得できます」とも言って下さってました。

 あり?新人Bさんもいっぱいしゃべってくれたのだけど・・・私がうろうろしてた時に授業の取り組みについて解説して下さったのが多いかな。

 次回は4月になってしまいます。
 今日、出席して下さった方の中でどれだけの方が残っておられるか
わからない・・・ま、でも4月の第3土曜日に

「自閉症について」でやってみよう、ということになりました。
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鉄腕アトムと晋平君

 大昔の話です。
 滅茶苦茶長文です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 本の紹介ですが、「今」読む必要も無いような気はします。

鉄腕アトムと晋平君―ロボット研究の進化と自閉症児の発達/渡部 信一¥1,995

 今2部の最初の方に入ったところです。

 ・・・・まず著者が見ている「障害児教育」と私が自分の周囲で見ている「障害児教育」にずいぶん差がある。それは確実だろうな、という気がします。

 ただ○○さんが涙を流して読んだ、というのはわかるような気がします。

 しかし晋平君の成長から何を学ぶか、という点で、私は著述の範囲だけからでも渡部さんとはかなり違う結論を引き出してしまいそうです。

 最後にメールアドレスを書いてはりますねえ・・・
 うーーん・・・著者にメールを送ることも考えた上で発言を書こう・・うーーん・・・。

 まだ全部は読んでいませんが、とりあえず書きたくなったので。
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 本の表紙にも

 「自閉症に訓練は必要」ですか?

 という言葉が書かれています。この「訓練」がキーワードですね。
 こないだFEDHANMで私、「指導要領を読む」というシリーズ発言をアップしたのですが、そこでも「訓練」という言葉は話題になっています。

 結局「訓練」という言葉にどんなイメージをこめるか、それによっても全然違ってきますよね。
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 晋平ママは素敵ですね(ニコ)
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□□さん、どうもです。

 > 文中「認知心理学」とはでてきませんが,あきらかに
 >認知心理学的手法の批判です。「情報処理」なんて言葉
 >はでてきますから。

 批判してるの?
 よくわかんない。
 ってか、私には「認知心理学的手法」ってものがわかんないんだった(笑)
 それが例えばTEACCHだったりするのかな??
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 この本は決していいかげんに書かれた本ではないと思います。
 著者のあふれるばかりの思いがありますね。
 しかし・・・

 基本的には「今まで間違ったことをしてきてしまった。本当に悪かった」というその思いの中で書かれているのかな、という気がします。

(引用開始)
P61
 かって私は、障害児を持った母親から相談を受けたとき、「お母さんがんばって下さい。一生懸命訓練すれば、きっとよくなりますよ」と励ましの言葉をかけてきました。そして実際に、障害児に対して一生懸命
訓練してきました。この言葉は、現在の障害児教育を象徴しています。障害を持ったことは不幸である。しかしがんばって子どもを訓練・教育すれば、障害はきっとよくなって普通児に近づいてくる。かつての私は、それを信じて疑いませんでした。
(引用終了)

 かつて、というのはいつ頃のことなのだろう。
 私は、1989年末にFEDHANに入会しています。
 さて、ところでFEDHANで「がんばって子どもを訓練・教育すれば・・」という言葉を読まれたりした方はおられるかな・・・私は読んだことが無いような気がします。

 ただ現場では、私の周囲でこういうことをおっしゃる方が皆無だったか、と言えばそうとは言えません。教師や専門家で保護者に対して言う人はいました。

 著者も上記のようなことを信じてやっておられて、きっと傷つかれたのだろうな、と思います。
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△△さん、こんにちは。

 > >晋平ママは素敵ですね(ニコ)
 >
 > 私もそう思います。

 実のところ、この本を読むのはかなりしんどいことでした。
 でも、晋平ママの登場がそれを救ってくれました。

 晋平君が生まれてからのことを語ってくれてはります。
 自分では「何か変」と思っていても周囲は「大丈夫だよ」と言う。保健婦さんが「言葉かけを多くして」とアドバイスし、いろいろ声をかけるが振り返りもしない・・・保健婦さんは3歳くらいになれば、言葉も出る、みたいなことを言われてたみたいです。
 で、NHKの療育相談に出てた先生のM医科大を受診したら、そこのお医者さんは診断を告知してくれなかった・・・

(引用開始)
P114
渡部「M医科大で、「自閉症」と診断されたんですか」
晋平ママ「いいえ。相談が終わって帰るときに「この子は自閉症ですか?」って聞きました。言わないんですよ、自閉症ともなんとも。」
渡部「そのM医科大の先生は、診断を下してくれなかった」
晋平ママ「ええ。「この子は自閉症でしょうか?」って聞いたら「そうですねえ・・・」って感じで、「はい」とも「いいえ」とも言ってくれない。それで今度は「障害児でしょうか?」って聞いたら「お母さんが障害児だと思いたければ、思ってもらってもかまいません」って言われて・・・。
(引用終了)

 繰り返し、この会議室で語られている診断の問題点がやっぱりそのまま出てきてますね。でも・・・このお医者さんの対応・・・こんなん無茶やなあ・・・でもこういう人多いのかなあ。

 で就学前施設にも通うわけです。そこは様々な障害の子が集まっている母子通園施設みたい。そこでの生活(著者は「訓練」と書いてるし、また少なくとも個別な配慮はなされていないし、かなり「やらせる」要素が大きいみたい)が合わないと感じて「こうこうこういう理由で、とても今の晋平には療育を受けさせる気にはなりません」と手紙を書いてやめはります。

 で、あれこれ関わるのだけど、うまくいかなくてつらかったりした時の気持ちも正直に書いてはります。多くの方が共感できると思います。で、全体に一緒にいて「楽しい」ことを大事にしよう、としてはると感じました。

(引用開始)
P178
晋平ママ「私は晋平が好きなものとか欲しがるもの、興味あるものをことごとく与えてきたんです。「そこまでやらなくても・・・」っていうくらいどんどん与えたし、「何に興味があるのか、何を見たときににこっと笑うのか?」とかが、3〜5歳くらいまでの私の最大の関心でした。そういう意味では、「自閉症にとっての効果的な訓練」というよりも・・・「晋平は何に関心を示すか」の方が私にとっては重大なことでした。

 だから、「水が好きだ」って言えば必死になって「プールだ」「公園の噴水だ」「海だ」ってつれていったし、「ひらがなパズルが好きそうだ」とわかれば、ひらがなのついたパズルは売ってるものはおよそ全部買い尽くしたっていってもいいくらい買ったし、ひらがな関連の教材的な玩具はことごとく少々高かろうがなんだろうが買いました。本に強い固執を示した時期には本を何十冊も買って・・・「親バカ」って言われればそれまでなんですけど。
(引用終了)

 というようなかかわりもしてはるわけですね。

 > 難しい話に発展していったので発言しようか迷っていたのですが、kingstone
 >さんの発言を読んでちょっと安心して出て参りました。

 ぶはは・・・難しい話・・・実は渡部さんとのやりとりを読んでいて、感じたのですが、晋平ママが語っていることはすてきなのに、渡部さんが結構強引に「訓練はいけない」ということろに話をもっていこうとしている部分が目につきます。で、晋平ママもその誘導にそって話をされる、って感じ・・・言い過ぎかなあ。

 晋平ママ自身はすごくいい感じで「訓練」って言葉(あくまでも言葉ね。ある人に言わせれば「やってはることは素敵な「訓練」ですね」って言いはるかもしれない)を越えているのに、渡部さんはこだわっている、という感じ。
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 △△さん、こんにちは。

 > 前半のロボットと障害児教育については、難しい事はよくわかりませんが、今
 >よりもっと訓練重視だった時にロボットみたいになってしまわないか不安になっ
 >た事はありました。

 ロボットについては、新しいことも伝えてくれていますね。
 でも、現時点ではここに書かれてあることは私も知っていましたが。
 そういう意味ではアイボ(SONYのペットロボット犬)が出てきたことは一般に知らしめたという意味では大きいのだろうな。

(引用開始)
P203
 われわれは「障害児をロボットにしちゃいかん」「ロボットのようになったら子どもがかわいそうだ」と「ロボット」を目のかたきのように言います。そして、こうも言うでしょう。「われわれは障害児を人間らしく育てなければならないんだ。ロボットのことは機械屋さんにでも任しておいたらいいだろう」。でも、もしこんなことをロボット研究者に言ったら、彼らはプリプリ怒りながらこう言うでしょう。「何いってんだ!ボクたちだってロボットを人間らしく作るために夜も寝ないでがんばってるんだ!」と。確かに、彼らは人間らしいロボットを作ろうと研究を重ねてきました。彼らは、自らの目標は「鉄腕アトム」であると言います。
(引用終了)

 で、対比されるのは鉄人28号ね。

 まあでも「ロボットにしちゃいかん」と例えば私を批判する方は、鉄人28号型を連想してはるやろな・・・

 ところで、視覚支援、特にカードを使った時にそう言われることが多いのですが、じゃあ音声言語を使ってはる人を見た時にどうでしょうか?結構、音声言語で指示して指示したとおりのことをやらせようとしていることって多いのじゃないかなあ・・カードロボットだとダメだけど、音声言語ロボットだと許せる??

 もろちん、場合によって指示したことをやって下さるのは大切なことだし、私はOKだと思っています。ただなぜカードで悪くて音声言語だと許せるのかがわかんないだけで。
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 > もろちん、場合によって指示したことをやって下さるのは大切な
 >ことだし、私はOKだと思っています。ただなぜカードで悪くて音声言語
 >だと許せるのかがわかんないだけで。

 で、実際、カードだとすっと理解してくれて、音声言語だと理解してくれなくてうまくいかないことを多く目にするわけですね。でもカードはダメで、音声言語のみでやろうと・・・(ためいき)
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 > 著者も上記のようなことを信じてやっておられて、きっと傷つかれたの
 >だろうな、と思います。

 なんだかおこがましいですね・・
 著者は、東北大学教育学部人間発達臨床科学講座助教授です。
 指導的立場にある方ですね。
 私は職場でも吹けば飛ぶような一変人にすぎません。

(引用開始)
P62
 もうひとつ、これは最近の話。大学の公開講座の講師として、「障害児教育」について話す機会がありました。受講生は例年同様、養護学校、ろう学校、就学前の障害児通園施設、障害児者入所施設、特殊学級などいわゆる障害児教育の専門施設の教師や職員が多数を占めました。しかし、特にその年は、その中に幼稚園や保育園などの先生が目立ちました。これは近年、障害があっても健常児とともに教育しようという風潮が広まり、障害児が幼稚園や保育園に入園することが多くなってきた結果です。公開講座で出会った幼稚園や保育園の先生がたも、自分が障害児を担当し、少しでも障害児にとってよい教育をと考えている先生がたでした。本来、健常児を対象とした教育・保育を専門とする彼女たちが、障害児を受け入れ彼らに対し少しでも良い教育をしようと考えることは大変すばらしいことです。
 私の話をひと通り終えて、質疑応答の時間、幼稚園の先生との会話。

先生「私たちは障害児に対し、何をすればいいんですか?」
私 「特別なことは、何もすることはないと思います。ごく普通に子どもたちの良い集団作りを考えて下さい。それが先生がたの本来の仕事ですし、良い集団の中で生活することこそが、障害児の発達にとって最も重要なことなんですから」
先生「でも、目の前に障害児がいるのに、何もしないわけにはいきません。私は彼に何かしてあげたいんです」

 私は障害児の発達にとって良い環境が重要であることを説明しましたが、先生は熱心に何かの指導技法、あるいは障害児を扱うテクニックを教えてほしいと希望します。彼女にとって「目の前にいる障害児に対し何もしないこと」は、どうしても罪悪感で耐えられないことのようです。彼女は、障害児を、「指導しなければ発達しない存在」として認識しています。もちろんそれは、彼女のヒューマニズムに基づいたものなのでしょうが・・・。
(引用終了)

 まあこの後に「肩の力を抜く」という話が続くのですが・・・

 ところで、まずこの会話・・「障害児に対して」なんて言い方するだろうか?

 たとえば「こんな時にこんなことをする子がいるんですがどうしたらいいでしょうか」って言いそうなもんだし。

 私だったら「何かお困りなんですね。どういうことかもう少し詳しく説明していただけませんか?」って聞くなあ・・・

 それでも続けて「障害児」なんて言い方をされたら、私、相手の方を叱責してしまうかもしれない。ちゃんと○○君として見てね、って。

 いきなり「何もしなくていい」は無いなあ・・・まあ「良い集団作り」「良い環境」というのがキーワードなんでしょうね。だったら、その例も伝えたいと思うなあ・・・

 しかし、「彼女」は本当に「指導しなければ発達しない存在」と考えているのだろうか。あるいは反問すれば健常児は「指導しなくても発達する存在」なのだろうか・・・著者は「彼女」の考えを確認しているのだろうか・・

 うーーん・・・他の場所でも他人に対して「こう考えている」という決めつけがかなりきついと感じられます。で、それがあまりあたっていないような部分が多いです。例えは「今までの障害児教育ではこう考えられてきた」と書いてはる部分は多いのですが、少なくとも私の周囲を見回すと、全然そうじゃないよ、ってとこが多い。著者の周囲ではそうだった、ってことなんだろうか・・・あるいは著者自身はそう考えてきていた??

 主語が誰か、っても「われわれはこう考えてきました」というわれわれに少なくとも私(kingstone)は入らないし、これは同僚のことなのだろうか、今までつきあってきた保護者の方たちも入れるのだろうか、とかよくわからない部分ってあります。

 □□さんが「著者は臨床心理学系か」って書かれてましたけど、私、カウンセリングの勉強を始めてまずたたき込まれたのが人の話をきちんと聴く(自分の思いと他人の思いを区別する・・・ついつい自分の思いで人の話を聞いてしまうもんだから)ということです。うーん・・臨床心理学系とは思えないんだけどなあ。

 うーーん・・・私、公開みたいな講座で大学教授とやりあいみたいになっちゃったことがあるんですが・・・そら権威も全然ちゃいますしね。まいるなあ。

PS. 私が肩の力を抜ける環境が欲しいっす
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○○さん、こんにちは。

 ほんとうにごめんなさい。
 
 ○○さんが大好きな本に、どちらかというと否定的な意見を書いてしまいました。

 でも、本当に晋平ママさんには何も否定するところはありません。
 ええやん、て思います。

 >前半は、現在の障害児教育を、
 >ロボット研究の行き詰まりに例えているのだと読みました。

 その「現在の障害児教育」というのは、私の周囲に現実にあるものとも違いますし、また私が目指しているものとも違います。

 「かつて著者がやっていた障害児教育」ではあるようですね。そう書いてはりますから。またひょっとしたら「著者の周囲にいまだある障害児教育」なのかもしれません。

 ○○さんの周囲の障害児教育も著者の否定するような障害児教育(でもなんかやな言葉だなあ)なんでしょうか?ひょっとしたらそういうこともあるかもしれないなあ、とは思います。

 またかつての著者のように「訓練すれば普通の子になる」と思って必死で「合わない」訓練をさせ続けて来てしまった、という思いのある方の琴線に触れる部分があるのはすごくよくわかります。(注・○○さんがそうだというのではありません)

 私も自分自身に対して「がんばれ、がんばれ」みたいなところがあって、ちょっと疲れたことがありますから。

 >このお母さんは一時期を除いて、
 >晋平君に特別な訓練はさせなかったようですが、
 >本当に何もしなかったわけではないだろうな…と思っています。

 私が引用した部分だけでもすごいことをやってはりますね。

 別発言にも書きましたが、私はここの晋平ママの発言の中で多くのことを学ぶことができます。しかし、それは著者とはだいぶ違うことになってしまいます。

 もちろん、「言葉」で伝えるというのはすごく難しいことです。で著者はその部分に踏み込もうと努力されているのだと思います。しかし、それを書籍の中の「言葉」で伝えようとする時に、ちょっと失敗されてるのではないかなあ、と思います。
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TTさん、あけましておめでとうございます。

 >改めて、親の立場から宣言します。
 >「自閉症児に訓練(療育)は必要です!!」

 本のことは置いておいて、結局のところ「自閉症」という言葉が問題になるように「訓練」という言葉の持つイメージの問題、ってのがすごくあるように感じます。

 私の場合、肢体不自由児の教育のさいに周囲の方にすごくそれを感じました。訓練して訓練して訓練したら歩けるようになるよ、そうしたら万々歳・・・また指導要領のところ(FEDHANM,13番)で書いたように「養護・訓練」というものへの「誤解」???
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○○さん、こんにちは。

 私はこの本を読んでものすごく苦しくて、土曜日から始まった怒濤の書き込みは実は全てこの本への私からの回答でもあるのです。例えばFEDHANSの2番会議室の「川を渡る」の紹介も。




○○さんはすごく大事なことを書いて下さっていると思います。

 >ただ、最近疑問に思い始めていたのは事実なんです。
 >でもどの先生も話し合いのできる方ばかりなので、
 >親の思いを十二分に聞いて下さるのはもちろん、
 >実際にそれを何とかカリキュラムに反映させようとして下さっているのが
 >解るので、通うのを止めようとまでは思っていません。
 >そういった意味ではほぼ満足しています。

 すてきな先生方ですね。
 著者や晋平ママの対談でも出てきますね。

(引用開始)
渡部 知識で頭の中いっぱいにしてしまうと、その知識に反するものを跳ね返してしまうってことがありますよね。何でも受け入れられる状態にしておかないといけない。
晋平ママ 本当にそう思います。だから特に、学校の先生にはそうやってほしいと思うんです。自分の教育方法っていうのは持っていてほしいし、事実持っているんでしょうけど、教育法っていう枠の中に子どもを引きずり込んだり、その枠組みだけで見るんじゃなくって子どもの出すいろんなサインとかいろんなことばとか表情とかをいつでもキャッチできるように。
(引用終了)

 もう全然反論はありません。
 そしてこれは私のIEPに関する発言に関連してきます。
 うふふ、TEACCHの枠組みの中に引きずり込もう、という非難はされるかな。

 それからこれは言い過ぎかもしれませんが・・・引用したP61の部分からはうーーん、何ていうのか「私は真理を知っている。私の言うことをやってれば間違いない」というような感じが伺えます。で、もちろん著者は「私が信じていた「真理」は間違っていた」と改心されるわけですが、結局、今も「えらいさん」で、「私は正しい、訓練しちゃいけないんです」と結構上から教える、という感じは同じなんじゃないかなあ、という・・・憶測ですが。

 じゃあ、おまえはどうなんだ、ということになりますね。

 私は「絶対正しい方法をやっている」と感じている、というのとはちょっと違います。自分が間違う可能性を前提として、だからこそ保護者と一緒に考えていきたい、と思っているわけです。で、私の場合はそれしかないよな、と思っているわけですが。

 >実際のところ著者が言いたかったことは、
 >本人に聞いてみないと解らないと思いました。

 これはねえ・・・その通りなんですが、著書として世に問うた以上、どうなんだろうか?
 
 >FEDHANに発言されている自閉症児の親御さんは、
 >全国の自閉症児の親の、ごくごく一部の方です。
 >そして、先生方もごくごく一部の先生ですよね。

 しかし・・・例えそれが少数であっても著者が「今までの障害児教育」と書かれていることと、別のことは存在するわけです。もし著者がFEDHANに参加して下さっていたら、ずいぶん違った著作になっただろうなと思います。

 で、また実は「残念な意味」でも、この著者の考えていることと私がかなり広い範囲で見聞したことも違います。

 この先生はスモールステップ(しかし、この著者の書いているスモールステップというのも実は私には??だったりします。)で指導していくことを批判してはります。私の周囲では「分析」してスモールステップで指導する、という実践は非常に少ないのが事実です。何も考えていない、という方が多い・・(こんなこと言っていいのだろうか・・・)そういう意味では言葉にすれば、現在の著者の形の方が多い??

 また私の周囲でスモールステップを指導のごく一部で考えながら取り入れている方は、それなりの効果を上げています。もちろん失敗もあります。

 それから著者はスモールステップと同時に構造化にも疑問を呈してはるようです。それへの私の回答は「構造化(わかるようにする)された教育をすると」です。

 私などとは全然違うやり方で、例えば私を強く非難される方も、また著者とは随分違ったやり方で、すてきな効果をあげていらっしゃいます。FEDHANには参加されておりません。

 つまり著者の言う「今までの障害児教育」の方が私の周囲で見る限り、ごく少数というかほとんど無いといってもいいものです。

 あ、ただしこういうことは言えるかな。現場の者で「学者なんて現場の役にはいっこもたたん」と言われる方がおられます。その方のイメージの中にある指導の方法がP56〜58に書かれているような方法である可能性はある?

 でもこのP56〜58の例も随分だなあ・・・と思います。
 ただ、この例の場合はそういうことをやる人はいます。
 そして私がやっていること(課題学習)をちょっと聞いて
「KING STONEはP56〜58みたいなことをやっている」
と誤解して非難する人もいます。

 あっ、この例って絵カードを見せてそこに書いてある例えば犬を見て「いぬ」と言わせるという指導なんですが、そのお子さんにあまり合っていない様子が出てきます。

 私が知的障害のお子さんと「カードを使っている」「机の上で勉強している」というのを聞くとつい上のような絵柄がその方の頭の中に浮かんでくるみたいですね。

 もちろん、そのお子さんに合っていれば、そういう指導も否定はしません。

 >正しい障害児教育がいかなるものか、私には解らないから…。

 たぶん、そんなもの無いんです。
 だからこそいろんな人が相談しながらやっていかないといいいものにならないんじゃないかなあ。

 >ツリーの中の多くの個所で、
 >「著者や、著者の過去にしてきていたであろう訓練が間違っているのでは」
 >という風に読めたのですが、ということは、
 >「正しい療育や訓練を受けていたら間違いはない
 > =子供は親が望むように成長する」
 >ということなのでしょうか?

 前段はかなり思います。
 後段は「そんなことはない」「だいたい「正しい」ってのがあるのか?」
というふうに思いますし、私は人間って周囲の意図を越えた成長や、あるいは意図からずれた成長をするし、でそれが面白いんだ、って思います。

 たぶん、「周囲の意図と違う成長もある」と考える点では私と著者は同じです。しかし、「だから意図したはたらきかけをしてはいけない」と考えるか「意図してはたらきかけよう。でも意図したのとは違う成長もするんだよ」と考えるかの違いがありますね。

 それからあるお子さんにある時点で「いい」意図的な働きかけがあったとして、同じ働きかけをその時点より早い段階にやったとしたら、まったく逆効果しかなかった、ってこともあるわけですよね。そのお子さんを追いつめちゃうことだってある。

 また同じ時点で別のお子さんに同じ働きかけをしたけど、やっぱり逆効果だった、ってのも。

 無理はしないでおいたほうがいいな、って思います。
 その点では著者とも同意できるかもしれない。
(でも、この言葉も言葉にしたとたん、違うぞ、という部分は出てきます。ちょっとだけ無理してできた時の喜びを共有する、そんなことも時にはある・・・)

 実はこの点で、昨年の暮れに大失敗を私はしました。
 それを書きたいのだけど、すごく時間がかかりそうでね・・・
 ほんとみなさんにコメントを頂きたいけど。

 私はえらいさんなんかじゃない。私はいつも「正しく」なんかはない。

 >私がこの本を読んだのは、
 >息子が正式に高機能自閉症と診断されて15日経った日です。
 >この15日間どんな気持ちでいたかは省略しますが、
 >この本にたまたま本屋さんで出会って、とても勇気付けられました。
 >自分が自分でなくなりそうな時に、
 >「それで良いんだよ。自信を持ってね。」
 >って言ってもらったような気持ちになりました。
 >(この本以上に励まし続けて下さる方もいます>某氏)
 >今もまだ、気持ちが揺れる時は、
 >こんな風に励ましてもらえる本とか、人の思いやりとかが必要なんです。

 よくわかるような気がします。
 少なくとも「無理はしなくていいよ。子どもは成長するんだよ」
というメッセージは伝わって来ますね。
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△△さん、こんにちは。

 > 画期的な訓練法が開発されたとしても鉄腕アトムにはなって欲しくない様に思い
 >ます。自閉症児が正義の味方に変身したら恐ろしいです。CCはロボコン
 >(わかるかな?)くらいをめざしたいですね。

 わかる!!


 でも、そう言われちゃうと鉄腕アトムが可哀想かな・・・
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AAさん、こんにちは。

 > 歩行が妥当な目標になり得る場合には当然目指しますが、kingstoneさんがいわ
 >れているのは、「ちょっとほんとに〜?」と疑われているケースですよね。そんな
 >子どもたちに対して、「苦しい」訓練を課して正当化している、。

 はい。

 それと同時に、例えば「自己選択」とか「社会参加」のための授業(?)はどうなってんだ、というようなとこかな。最近は随分変わってきたこととは思います。

 >#ああ、なんか脱線してきた、、。

 ぴったりど真ん中だと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−
 引用部分がずれてました。

 > ○○さんはすごく大事なことを書いて下さっていると思います。
 >
 > >ただ、最近疑問に思い始めていたのは事実なんです。
 > >でもどの先生も話し合いのできる方ばかりなので、
 > >親の思いを十二分に聞いて下さるのはもちろん、
 > >実際にそれを何とかカリキュラムに反映させようとして下さっているのが
 > >解るので、通うのを止めようとまでは思っていません。
 > >そういった意味ではほぼ満足しています。
 >
 > すてきな先生方ですね。
 > 著者や晋平ママの対談でも出てきますね。
 >
 >(引用開始)
 >渡部 知識で頭の中いっぱいにしてしまうと、その知識に反するものを跳ね
 >   返してしまうってことがありますよね。何でも受け入れられる状態に
 >   しておかないといけない。
 >晋平ママ 本当にそう思います。だから特に、学校の先生にはそうやって
 >   ほしいと思うんです。自分の教育方法っていうのは持っていて
 >   ほしいし、事実持っているんでしょうけど、教育法っていう枠の中
 >   に子どもを引きずり込んだり、その枠組みだけで見るんじゃなくって
 >   子どもの出すいろんなサインとかいろんなことばとか表情とかを
 >   いつでもキャッチできるように。
 >(引用終了)

 ちょっと私の引用部分の間違いですね。
 私は○○さんの書き込みから教師(療育担当者)と保護者が話し合えることの重要性を言いたかったのですが、私が引用した部分は、「子どもをよく見る。子どもから教えてもらう」ことの重要性を述べた部分ですね。

 もちろん「「子どもをよく見る。子どもから教えてもらう」という点にも反論はありません。

 でそこに続く部分で

(引用開始)
P168
晋平ママ そういう状態に先生がいていただくと、私たちが「ちょっとこういう風にしてください」っていうことも素直に聞いていただける。それをするかしないかは別にして・・・。それを聞いた段階で自分の中で推察して、自分の教育方法と照らし合わせてやるやらないは先生が判断されればいいんですけど、少なくとも「聞き入れてもらえる」ってことが母親にとってはとても大事なことのように感じます。そして子どもにとっても、自分が出している信号をきちんとキャッチしてくれているってことを感じられているときには、大きい力が出るような気がするんです。
(引用終了)

 ここまで来て、教師と保護者が話し合って考えていく、というのとつながりますね。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。
 あはは、やっぱりごめんなさい、って謝らなければならない。

 > > それからこれは言い過ぎかもしれませんが・・・#7681 で引用した
 > >P61の部分からはうーーん、何ていうのか「私は真理を知っている。
 > >私の言うことをやってれば間違いない」というような感じが伺えます。
 > >で、もちろん著者は「私が信じていた「真理」は間違っていた」と
 > >改心されるわけですが、結局、今も「えらいさん」で、「私は正しい、
 > >訓練しちゃいけないんです」と結構上から教える、という感じは
 > >同じなんじゃないかなあ、という・・・憶測ですが。
 >
 >私は「上から教えている」という感じは受けなかったんですね。

 やっぱり言い過ぎ、そして思いこみですね、私の。

 私の周囲でも「頑張って、頑張って訓練しなさい。そしたら普通になるから」みたいなことを言われる方はおられたわけです。で、ついそういう方の顔が浮かんでしまい、ついそういう人たちに言いたかったことを書いてしまった、というところですね。

 いかん、いかん。

 >「意図した働きかけ(訓練)だけでは、行き詰まるのではないか。
 > 偶然の出来事などからも、子供が自然に学ぶこともあるんじゃないだろうか。」
 >と言ってるように思えたんです。

 これについてはね・・・

 私は○○さんの書かれた意味では全然反論ないです。
 
 で私は他の発言で書いてますように、意図した働きかけをし、かつ偶然の力も、そして子ども自身のこちらの意図を越える力もおおいに借りよう、そういう意見ですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 #7735 については、いちいち引用しません。
 ただひとつ。

 ○○さんの実感を大事にされることをおすすめします。
 それにまさるものは無いような気がします。
 大切なことにいっぱい気づいておられると思います。

 ごめんなさい。もっとちゃんと書きたいのですが・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
 結構しつこかったりする私です(アセ)

 ○○さん、こんにちは。

 いろいろ自分の書き込みも反省したりする私ですが、やっぱりいろいろ思うところはあります。(なんのこっちゃ)

 >(P.28より引用開始)
 >  しかしながら私は、ロボット開発における1980年代後半の「行き詰まり」の
 > 事実を知って、はたしてこのようなパラダイムが、障害児に対する唯一のパラ
 > ダイムなのだろうか、という疑問を持つようになりました。これまで障害児教
 > 育の領域では決して疑われることのなかった「簡単なことから複雑なことへ、
 > 積極的で専門的な指導によって、一歩一歩確実に発達を促していく」という常
 > 識が、そしてそのために「環境やスケジュールを構造化していく」という考え
 > 方が、どうもあやしく……少なくとも障害児教育における唯一の選択肢ではな
 > いように、感じられてしようがなくなったのです。
 >  最後に、障害児教育に関しての私自身の疑問を、もう一度示しておきます。
 >
 >   「単純なものから複雑なものへ、スモール・ステップで発達していく」
 >   というのは本当に正しいのだろうか?
 >(引用終了)
 > 
 >
 >これらの引用文だけでも、
 >「批判以外のなにものでもないじゃないか」という声が上がるでしょうか。

 この部分、○○さんの感想の部分ではない部分でひっかかるのですね。

 > 方が、どうもあやしく……少なくとも障害児教育における唯一の選択肢ではな
 > いように、感じられてしようがなくなったのです。

 というのはかつて「唯一の選択肢」と思われたのは著者ですよね。確実に言えるのは。

 私の周囲でそういうことを考えてはる方は少ないと思えるもんで。

 私自身も違いますし。(しかし周囲からそう思われることはあるみたいです。あの人はパソコンなんかやってるから1つの方法しか無いと思ってしまうのだ、という非難は受けています(笑))

 で、大多数の人が「唯一の選択肢」と考えているのであれば、パラダイムの転換としてこの著作の意味がおおいにあるわけですが。

 うーん・・・「唯一の選択肢」と考えてる人、多いのだろうか。

 > これまで障害児教
 > 育の領域では決して疑われることのなかった「簡単なことから複雑なことへ、
 > 積極的で専門的な指導によって、一歩一歩確実に発達を促していく」という常
 > 識が、

 私の場合、こういうことでは無いのではないか、というのはもともと思っていましたが、はっきりと言葉として学んだのはTEACCHから、と言ってもいいのではないかなあ。つまり「今できる(簡単な)ことを組み合わせて何かができるようにしよう」

 >「私はそうは思わなかったんですぅ〜」ってことだけ言わせてください(^^)

 はい(ニコ)
−−−−−−−−−−−−−−−
確かに現実は一筋縄ではいかない・・

 ○○さん、こんにちは。

 >あんまり、いや、ほとんどいないんじゃないかな?と、私は思います。

 でしょ。

 >いざふたを開けてみたら、それに近い事をしてしまっている人は
 >案外いるのかもしれないなぁ…とは思うんですね。

 ううむ・・・・・それはあるかもしんない・・・・
 で、確かに「訓練訓練」ってそればっかり思っている人に、少し考えこませる効果はあるか・・・うーーん・・・でもなあ・・・

 >やっぱり、人に勧めるほどの本ではないってことかな。

 ううむ・・・・きちんと利益にするに、むつかしい本であることは確かな本だとは思います。ただBBさんのおっしゃるように読めばいい本ではある・・・

 また○○さんが感動されて、勇気づけられたことは確かなわけで。

 でももうちょっとわかりやすく、そして親御さんを勇気づける本もたくさんありそうな気はしますねえ・・

 さて、自分の実践の失敗例でも書いてみようっと・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
BBさん、こんにちは。

 ><注意>
 > アレルギー反応の強い人は読まない方が良いでしょう。私の中にある
 >TEACCH菌とは対した反応を起こしませんでしたが、人によっては危険です。

 ぶははは、これ最高。

 そう、著者の問題ではなく、読み手の免疫機構等々の問題であると・・・
 なるほど、なるほど。
 私の場合はTEACCH菌(?反TEACCHの言説抗体?)ではなくどっちかというと「えらいさん抗体」に激烈に反応してしまったのですが、しかしそれも私の問題なわけで、うん納得やなあ。

追記
 渡辺さんは、障害のあるお子さんのための地域ネットワークを作ったりもされてます。それこそ「何もしない」でいた方ではないと思います。

現在
東北大学大学院教育情報学研究部 研究部長
東北大学大学院教育情報学教育部 教育部長 
とのことですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
包摂的アーキテクチャ

 大昔の話です。

 かつて「認知心理学」というキーワードで盛り上がったことがありましたが・・・

 おおみそかに整理していて「パソコンtips」という私のファイルからアサヒパソコン1997.11.15号(古い!!)の切り抜きを見つけました。

 SONYのアイボ発表を受けて当時(今も?)ソニーD21ラボラトリー所長の土井利忠さんへのインタビューです。

(引用開始)
 その背景は、MIT(マサチューセッツ工科大学)にいるロドニー・ブルックス教授という人工知能の研究者が発明した、サブサンプション(包摂)アーキテクチャに始まります。彼はある時期、やることがなくて毎日裏山に登って寝っころがっていた。そこで、昆虫をずーっと観察していたんですね。その昆虫の動きからヒントを得て、包摂アーキテクチャーというのを作ったんです。

 それまでの自律ロボットは、まず状況を与えて、その中でどういう行動をするかを、トップダウンでプログラミングしていった。「こういう状況になったらこうしなさい、ああいう状況になったらああしなさい」それでは状況の想定も大変ですし、ソフトウェアの量も膨大になってしまう。CPUにものすごい負担がかかる。なにより、あらかじめセッティングしていない状況に遭遇すると、動けなくなる。そういうものだったんです。

 それを克服する方法として、ブルックスは昆虫の反射神経みたいなものを定式化しました。センサーで何かが見つかると、反射的に何か運動するようにした。センサーの入力と運動を1対1に組み合わせ、そういう組み合わせをたくさん作っておく。その場に応じて、ある意味ではでたらめな行動をするけれど、反射神経から自律ロボットを設計していく。その上にいろいろなものを組み立てていくと、非常に小さなソフトウエアでいろいろなことができるようになり、CPUにも負担がかからない。ぞさから想定していなかった状況でも、一応、自律的な運動をすることができる。
(引用終了)

 しかし、その限界として、どうしても昆虫の動きにしか見えない(!!)とかいう問題も出てきます。で、そのために反射神経とインテリジェンスをどう組み合わせていくか、というのが開発の課題になったとか。

 また「自分で歩くことを学習する」システム(?)もできたのだけど、それは入れなかった、という話も出てきます。なぜなら「壊れるくらい激しい動きをすると少しずつ覚えていく」けれど「壊れない程度の動きだと学習しない」からだそうです。うーーむ、すごく示唆的やなあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
本当のTEACCH 内山登紀夫著 (W専門編 TEACCHをもっと理解するために)



本当のTEACCH 内山登紀夫著 (V実践編(2)地域との連携)

 たくさん引用しますが、当たり前のことながら、ごく一部ですので、興味を持たれた方は「本当のTEACCH」をご購入下さい。

 専門編はショプラー先生、メジボフさんへのインタビューから始まります。
 ショプラー先生の絶筆であったかもしれない文です。

1.ショプラー先生へのインタビュー

●認知理論と行動理論、ピアジェとチョムスキー

「基本的に、専門家たちは、コンピュータ科学や人工知能の分野の発展の影響を受けて、視点を行動理論から認知理論にシフトしてきた。この分野の技術が自閉症の治療教育に急速に応用されるにしたがって、多くの若い行動主義者たちは、制御された実験室ではなく、学校のような自然な学習環境でのモチベーションを高めることなどに、認知概念を取り入れるように努力している。
 TEACCHはABAの一部だという意見を聞くことがある。しかし、TEACCHのアプローチは人間を行動のみではなく、全体像としてとらえるという姿勢をもっている。よりヒューマニスティックなアプローチとみなす人もいる。
 TEACCHとABAの重要な違いの一つは、TEACCHの主な目的が単に自閉症の子どもの行動を変えようとするのではなく、自閉症の特性(長所も弱点も含めて)から子どもを理解して、望ましい行動をとれるように働きかけることである。」

 ヒューマニスティックなアプローチ云々は、ABAの人が怒っちゃうかもしれませんが・・・応用行動分析の技術というか知見はヒューマニスティックもクソも関係無いけれど、よき応用行動分析家はそこらへん考えておられるでしょうから。TEACCHがヒューマニスティックなアプローチである、というのはそうですね。逆に言うとそれを忘れたら、いかに「見てわかる」をしようともTEACCHじゃない。

構造化のパワーに気をつけろ

「TEACCHが重視するのは強化子のみではなく、認知理論からもたらされた、人間がどのように環境を理解し学習するかという点に焦点をあてた知見に基づいた指導方法である。」


2.メジボフ教授へのインタビュー

●ロボットとTEACCH

「TEACCHの支援方法は子どもをロボットのように操る方法だという批判がある。」

 ありますねえ。私に関する部分はこんなの。

鉄腕アトムと晋平君

過去の記事243(自主研修会2回目)

 先日ある人とやりとりしていて、「鉄腕アトムだと正義の味方すぎて。ロボコンくらいがいい」って言ってはりましたが、それもなるほどなあ、です。

追記
 あああっ!この上の「先日」のエピソードはごく最近Twitter上ででしたけど、大昔に同じことをパソコン通信に書いていたお母さんがいたんだ。びっくり。もちろん別人。
posted by kingstone at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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