2011年02月10日

PLUTO 鉄腕アトムとかロボットとか



 ロボットに関するものを集めてみました。

 まず書きかけの「プルートウ」の感想文から。


 鉄腕アトム「地上最大のロボット」のリメイク。

 西原理恵子さんが「プルート」と書いたら担当編集者の八巻さんが、浦沢さんの担当者に呼び出されて「これは『プルートゥ』です」と注意された、って話が「営業物語」に出てきました。でも表紙は「プルートウ」だな。長崎さんはあとがきで「プルートゥ」と書いてるけど。

 西原さんが、何巻かのあとがきで「浦沢と長崎がダラダラ長く描きゃーがって」みたいなことを書いてはりましたが、確かにその気味はある。

 私の持っている朝日ソノラマ版「鉄腕アトム」第3巻で、180ページほどの物語が全8巻ですから。

 しかし、見事に別の物語、浦沢直樹風のキャラクターにし、しかししっかり鉄腕アトムであり、お茶の水博士であり、とわかるようになっています。
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過去の記事7(ロボット化についての話題)

 大昔の話です。

 特別支援学校小学部3年目の夏休みの話です。

 8月22日

 ロボット化という言葉はテクニカルタームとしては聞いたことはありません。ただし

 しかし「スイッチを入れないと動かない状態」という説明から、その方の言いたいことを類推することは可能です。

 私もよく使う「指示待ちの子どもになる」ということじゃないかな。これは

「誰かに音声や身振りで行動のきっかけを作ってもらわないと適切な行動が取れない。場合によっては自分のやりたい行動もとれない」

ということです。これにはもともと自閉症のお子さんで行動の「開始」が苦手な方が多いというのも一因です。で「開始」が無いもんだから指導者もついつい「指示」してしまう。で、指導者も満足して(あるいは指示以外の方法が思い浮かばなくて)こんどは「指示」が無いとできない人になってしまう。

 たとえ話ってむつかしいですね。できるだけすっとみなさんにわかる言葉を使うことが大切ですね・・・ロボット化というのにはものすごくたくさんの意味を込めることができるみたい。

 でロボットのために弁護すれば、ロボットで駄目なのか??

 だって「適切なセンサー」とそこからの情報を適切に処理するプログラム(ソフト)(それともちろん処理するCPU(MPU))また適切に出力(ある行動を取る)するプログラムと出力装置があればいいわけよね。もちろんお話になった方に、そこまでのイメージは無いわけですが。

 ほんとたとえ話ってむつかしい。

 さてそこで、よく言われる

「TEACCHは子どもを枠にはめようとする。ロボットにしようとする」

という批判について・・・書こうと思ったけど大論文になりそうでやめた(爆)

追記
 日本には(今は世界でか)鉄腕アトムという素晴らしいモデルがあります。
 「ロボット化」という言葉で非難するのは鉄腕アトムに失礼だ。
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過去の記事9(ロボット化についての話題)


 8月23日

 ロボットの比喩での思いつき。

 > でロボットのために弁護すれば、ロボットで駄目なのか??
 > だって「適切なセンサー」とそこからの情報を適切に処理するプログラム
 >(ソフト)(それともちろん処理するCPU(MPU))また適切に出力(ある
 >行動を取る)するプログラムと出力装置があればいいわけよね。

 これは自閉症で無い方の場合ですね。

 自閉症の方の場合は、センサーの感度が悪かったり、過剰な信号を送ったりする。またたぶんCPUに行くまでの回路や、CPUの中の回路部分で不都合な点も予測される。またRAM(メモリ)の一部が小さかったりする。

 で、適切な動きが取れなくなったりするわけですね。そこで何らかの周辺機器(メモリ不足を補うためのカードタイプのメモリとか、視覚センサが過剰に反応しないための壁だとか)を使って適切な動きが出るようにすると・・・

 うーーむ、こういうたとえは完全におたくの世界やなあ。
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過去の記事11(ルーチンでできることとカード1)

 8月25日

 これ、今悩んでいるというか、どうしようかな、と思っているところです。

 現在私のクラスの子どもは「教室での朝の会」→「体育館での朝の集い」の移動はルーチンでできてる子がほとんどです。朝の会が終わると教師が教室の外へ向かうというのもあるのだろうけど、とにかく体育館へ向かいます。

 しかし「体育館への朝の集い」→「次の授業の教室への移動」は自立的にはできません。声かけ、手つなぎなどが必要になっています。A君だけはカードを行った場所の封筒に入れるというシステムでできかけていましたが。

 で、今クラスの子たちにカードや実物で次の移動の場所を知らせる、ということをやってみたいのですが、「教室での朝の会」→「体育館での朝の集い」の部分ではそういうものを使わない方がいいのか、あいはやっぱり使って「移動の時はこんなふうにするよ」というのを身につけさせた方がいいのか?

 ほんとよくわかんないす。

 うーんと・・・ロボットでもいいのではないか、というのはみーーんな(自閉症じゃない人も)ロボットじゃないの、というところからの発言です。ほんまロボットの比喩は誤解を生みやすそうっすね。

 ただしカードなどの指示があってもいいかも・・・というのは思います。
 まだよくまとまっていないのですが。

 例えば視覚障害で「見えない」とわかってる人に「本を読め」とは言わないですよね。自閉症の方にてがかりなしで「わかれ」って言うのは同じようなことかもしれない。うーーん、そこんとこも微妙かなあ・・・

追記
 後であれこれやってみて、「体育館にはルーチンで移動できる」と思っていたのは大間違いであったことがわかります。「(軽くにせよ)腕を引く」「(軽くにせよ)背を押す」「他人の動きを見てひっついて行く」でした。
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過去の記事243(自主研修会2回目)

 自主研修会を開くようになった経緯はこちら。

 3月6日

自主研修会2回目

 前回「○年生の取り組みから学びたい」と言って下さった先生がご都合でお休み(アセ)

 でも、のべ8人の先生の参加でした。新人Aさん、新人Bさんも参加して下さいました。

 今日は、1時間半をとり、前半45分がビデオなどを見ながらの話、後半45分を質疑応答と協議にあてました。
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1.何を目指してきたのか(なぜやったのか)

2.事例紹介
  ・すのこの取り組み(2年前5月) 
  ・掃除の取り組み(箇条書き2年前からカードシステムへ昨年9月) ビデオ
  ・自立課題(ひとりでできる課題)2年前11月頃より ビデオ(昨年2月頃)
  ・1対1(昨年9月より始め、今の形は昨年12月より) ビデオ(?時間が・・)
     共同でやることの大切さ(本格的に取り組めたのは昨年9月から)
       ・打ち合わせ用紙
       ・課題の記録
       ・みんなのアイデア(例、カード、手帳)
  ・スケジュール(C君とBさんの机の上に置いたスケジュール)
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本当は取り組みとしてレジメに表現コミニュケーションのことも書いていたのだけど、1.2.で45分使ってしまったので、おしまいにしました。

 とにかく場所を決めていくこと、視覚的支援を入れていくこと、それらの中で子どもたちがいろんなことができるようになってきたり、落ちついて取り組めるようになってきたりしたこと。また結局一人一人にあった授業を目指して、いろいろ取り組んで来た、その中で子どもたちをこちらが理解することができ、新しいことにも取り組めるようなってきた、そのあたりが伝わればいいのだけど・・・・どうだったかな。

 新人Aさんと新人Bさんも、学年の取り組みについて質問が出たらどんどん答えてくれていたのがありがたかったです。やっぱり私が答えるより新人さんたちが答えてくれた方が「kingstoneだけがやってる」のじゃなくて「みんな」でやってるんだ、というのがわかって頂けるのじゃないかな、と思います。

 また新人Aさんが「これだけは言いたい」と
「よくカードを使ったりしているとロボットを作っているように思われます。実は私もそうかなあ、と思ってたんだけど、やってみるとそうじゃないんですよね。うーん、きっかけにすぎない、って言うか、その後で人間関係も十分できるというか」(あり?もうちょっと違う言葉だったかな??でも新人Aさんがこんなことを言って下さったのにはびっくり)

 それから「ひとりでできる課題(自立課題)」についても「最初は「先生は声をかけずに」とか言われて、理由がわからなかったのだけど、今は「黒子に徹する」(で本人が自分でやった気にさせる)ってことかなあ、と納得できます」とも言って下さってました。

 あり?新人Bさんもいっぱいしゃべってくれたのだけど・・・私がうろうろしてた時に授業の取り組みについて解説して下さったのが多いかな。

 次回は4月になってしまいます。
 今日、出席して下さった方の中でどれだけの方が残っておられるか
わからない・・・ま、でも4月の第3土曜日に

「自閉症について」でやってみよう、ということになりました。
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鉄腕アトムと晋平君

 大昔の話です。
 滅茶苦茶長文です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


 本の紹介ですが、「今」読む必要も無いような気はします。

鉄腕アトムと晋平君―ロボット研究の進化と自閉症児の発達/渡部 信一¥1,995

 今2部の最初の方に入ったところです。

 ・・・・まず著者が見ている「障害児教育」と私が自分の周囲で見ている「障害児教育」にずいぶん差がある。それは確実だろうな、という気がします。

 ただ○○さんが涙を流して読んだ、というのはわかるような気がします。

 しかし晋平君の成長から何を学ぶか、という点で、私は著述の範囲だけからでも渡部さんとはかなり違う結論を引き出してしまいそうです。

 最後にメールアドレスを書いてはりますねえ・・・
 うーーん・・・著者にメールを送ることも考えた上で発言を書こう・・うーーん・・・。

 まだ全部は読んでいませんが、とりあえず書きたくなったので。
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 本の表紙にも

 「自閉症に訓練は必要」ですか?

 という言葉が書かれています。この「訓練」がキーワードですね。
 こないだFEDHANMで私、「指導要領を読む」というシリーズ発言をアップしたのですが、そこでも「訓練」という言葉は話題になっています。

 結局「訓練」という言葉にどんなイメージをこめるか、それによっても全然違ってきますよね。
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 晋平ママは素敵ですね(ニコ)
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□□さん、どうもです。

 > 文中「認知心理学」とはでてきませんが,あきらかに
 >認知心理学的手法の批判です。「情報処理」なんて言葉
 >はでてきますから。

 批判してるの?
 よくわかんない。
 ってか、私には「認知心理学的手法」ってものがわかんないんだった(笑)
 それが例えばTEACCHだったりするのかな??
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 この本は決していいかげんに書かれた本ではないと思います。
 著者のあふれるばかりの思いがありますね。
 しかし・・・

 基本的には「今まで間違ったことをしてきてしまった。本当に悪かった」というその思いの中で書かれているのかな、という気がします。

(引用開始)
P61
 かって私は、障害児を持った母親から相談を受けたとき、「お母さんがんばって下さい。一生懸命訓練すれば、きっとよくなりますよ」と励ましの言葉をかけてきました。そして実際に、障害児に対して一生懸命
訓練してきました。この言葉は、現在の障害児教育を象徴しています。障害を持ったことは不幸である。しかしがんばって子どもを訓練・教育すれば、障害はきっとよくなって普通児に近づいてくる。かつての私は、それを信じて疑いませんでした。
(引用終了)

 かつて、というのはいつ頃のことなのだろう。
 私は、1989年末にFEDHANに入会しています。
 さて、ところでFEDHANで「がんばって子どもを訓練・教育すれば・・」という言葉を読まれたりした方はおられるかな・・・私は読んだことが無いような気がします。

 ただ現場では、私の周囲でこういうことをおっしゃる方が皆無だったか、と言えばそうとは言えません。教師や専門家で保護者に対して言う人はいました。

 著者も上記のようなことを信じてやっておられて、きっと傷つかれたのだろうな、と思います。
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△△さん、こんにちは。

 > >晋平ママは素敵ですね(ニコ)
 >
 > 私もそう思います。

 実のところ、この本を読むのはかなりしんどいことでした。
 でも、晋平ママの登場がそれを救ってくれました。

 晋平君が生まれてからのことを語ってくれてはります。
 自分では「何か変」と思っていても周囲は「大丈夫だよ」と言う。保健婦さんが「言葉かけを多くして」とアドバイスし、いろいろ声をかけるが振り返りもしない・・・保健婦さんは3歳くらいになれば、言葉も出る、みたいなことを言われてたみたいです。
 で、NHKの療育相談に出てた先生のM医科大を受診したら、そこのお医者さんは診断を告知してくれなかった・・・

(引用開始)
P114
渡部「M医科大で、「自閉症」と診断されたんですか」
晋平ママ「いいえ。相談が終わって帰るときに「この子は自閉症ですか?」って聞きました。言わないんですよ、自閉症ともなんとも。」
渡部「そのM医科大の先生は、診断を下してくれなかった」
晋平ママ「ええ。「この子は自閉症でしょうか?」って聞いたら「そうですねえ・・・」って感じで、「はい」とも「いいえ」とも言ってくれない。それで今度は「障害児でしょうか?」って聞いたら「お母さんが障害児だと思いたければ、思ってもらってもかまいません」って言われて・・・。
(引用終了)

 繰り返し、この会議室で語られている診断の問題点がやっぱりそのまま出てきてますね。でも・・・このお医者さんの対応・・・こんなん無茶やなあ・・・でもこういう人多いのかなあ。

 で就学前施設にも通うわけです。そこは様々な障害の子が集まっている母子通園施設みたい。そこでの生活(著者は「訓練」と書いてるし、また少なくとも個別な配慮はなされていないし、かなり「やらせる」要素が大きいみたい)が合わないと感じて「こうこうこういう理由で、とても今の晋平には療育を受けさせる気にはなりません」と手紙を書いてやめはります。

 で、あれこれ関わるのだけど、うまくいかなくてつらかったりした時の気持ちも正直に書いてはります。多くの方が共感できると思います。で、全体に一緒にいて「楽しい」ことを大事にしよう、としてはると感じました。

(引用開始)
P178
晋平ママ「私は晋平が好きなものとか欲しがるもの、興味あるものをことごとく与えてきたんです。「そこまでやらなくても・・・」っていうくらいどんどん与えたし、「何に興味があるのか、何を見たときににこっと笑うのか?」とかが、3〜5歳くらいまでの私の最大の関心でした。そういう意味では、「自閉症にとっての効果的な訓練」というよりも・・・「晋平は何に関心を示すか」の方が私にとっては重大なことでした。

 だから、「水が好きだ」って言えば必死になって「プールだ」「公園の噴水だ」「海だ」ってつれていったし、「ひらがなパズルが好きそうだ」とわかれば、ひらがなのついたパズルは売ってるものはおよそ全部買い尽くしたっていってもいいくらい買ったし、ひらがな関連の教材的な玩具はことごとく少々高かろうがなんだろうが買いました。本に強い固執を示した時期には本を何十冊も買って・・・「親バカ」って言われればそれまでなんですけど。
(引用終了)

 というようなかかわりもしてはるわけですね。

 > 難しい話に発展していったので発言しようか迷っていたのですが、kingstone
 >さんの発言を読んでちょっと安心して出て参りました。

 ぶはは・・・難しい話・・・実は渡部さんとのやりとりを読んでいて、感じたのですが、晋平ママが語っていることはすてきなのに、渡部さんが結構強引に「訓練はいけない」ということろに話をもっていこうとしている部分が目につきます。で、晋平ママもその誘導にそって話をされる、って感じ・・・言い過ぎかなあ。

 晋平ママ自身はすごくいい感じで「訓練」って言葉(あくまでも言葉ね。ある人に言わせれば「やってはることは素敵な「訓練」ですね」って言いはるかもしれない)を越えているのに、渡部さんはこだわっている、という感じ。
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 △△さん、こんにちは。

 > 前半のロボットと障害児教育については、難しい事はよくわかりませんが、今
 >よりもっと訓練重視だった時にロボットみたいになってしまわないか不安になっ
 >た事はありました。

 ロボットについては、新しいことも伝えてくれていますね。
 でも、現時点ではここに書かれてあることは私も知っていましたが。
 そういう意味ではアイボ(SONYのペットロボット犬)が出てきたことは一般に知らしめたという意味では大きいのだろうな。

(引用開始)
P203
 われわれは「障害児をロボットにしちゃいかん」「ロボットのようになったら子どもがかわいそうだ」と「ロボット」を目のかたきのように言います。そして、こうも言うでしょう。「われわれは障害児を人間らしく育てなければならないんだ。ロボットのことは機械屋さんにでも任しておいたらいいだろう」。でも、もしこんなことをロボット研究者に言ったら、彼らはプリプリ怒りながらこう言うでしょう。「何いってんだ!ボクたちだってロボットを人間らしく作るために夜も寝ないでがんばってるんだ!」と。確かに、彼らは人間らしいロボットを作ろうと研究を重ねてきました。彼らは、自らの目標は「鉄腕アトム」であると言います。
(引用終了)

 で、対比されるのは鉄人28号ね。

 まあでも「ロボットにしちゃいかん」と例えば私を批判する方は、鉄人28号型を連想してはるやろな・・・

 ところで、視覚支援、特にカードを使った時にそう言われることが多いのですが、じゃあ音声言語を使ってはる人を見た時にどうでしょうか?結構、音声言語で指示して指示したとおりのことをやらせようとしていることって多いのじゃないかなあ・・カードロボットだとダメだけど、音声言語ロボットだと許せる??

 もろちん、場合によって指示したことをやって下さるのは大切なことだし、私はOKだと思っています。ただなぜカードで悪くて音声言語だと許せるのかがわかんないだけで。
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 > もろちん、場合によって指示したことをやって下さるのは大切な
 >ことだし、私はOKだと思っています。ただなぜカードで悪くて音声言語
 >だと許せるのかがわかんないだけで。

 で、実際、カードだとすっと理解してくれて、音声言語だと理解してくれなくてうまくいかないことを多く目にするわけですね。でもカードはダメで、音声言語のみでやろうと・・・(ためいき)
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 > 著者も上記のようなことを信じてやっておられて、きっと傷つかれたの
 >だろうな、と思います。

 なんだかおこがましいですね・・
 著者は、東北大学教育学部人間発達臨床科学講座助教授です。
 指導的立場にある方ですね。
 私は職場でも吹けば飛ぶような一変人にすぎません。

(引用開始)
P62
 もうひとつ、これは最近の話。大学の公開講座の講師として、「障害児教育」について話す機会がありました。受講生は例年同様、養護学校、ろう学校、就学前の障害児通園施設、障害児者入所施設、特殊学級などいわゆる障害児教育の専門施設の教師や職員が多数を占めました。しかし、特にその年は、その中に幼稚園や保育園などの先生が目立ちました。これは近年、障害があっても健常児とともに教育しようという風潮が広まり、障害児が幼稚園や保育園に入園することが多くなってきた結果です。公開講座で出会った幼稚園や保育園の先生がたも、自分が障害児を担当し、少しでも障害児にとってよい教育をと考えている先生がたでした。本来、健常児を対象とした教育・保育を専門とする彼女たちが、障害児を受け入れ彼らに対し少しでも良い教育をしようと考えることは大変すばらしいことです。
 私の話をひと通り終えて、質疑応答の時間、幼稚園の先生との会話。

先生「私たちは障害児に対し、何をすればいいんですか?」
私 「特別なことは、何もすることはないと思います。ごく普通に子どもたちの良い集団作りを考えて下さい。それが先生がたの本来の仕事ですし、良い集団の中で生活することこそが、障害児の発達にとって最も重要なことなんですから」
先生「でも、目の前に障害児がいるのに、何もしないわけにはいきません。私は彼に何かしてあげたいんです」

 私は障害児の発達にとって良い環境が重要であることを説明しましたが、先生は熱心に何かの指導技法、あるいは障害児を扱うテクニックを教えてほしいと希望します。彼女にとって「目の前にいる障害児に対し何もしないこと」は、どうしても罪悪感で耐えられないことのようです。彼女は、障害児を、「指導しなければ発達しない存在」として認識しています。もちろんそれは、彼女のヒューマニズムに基づいたものなのでしょうが・・・。
(引用終了)

 まあこの後に「肩の力を抜く」という話が続くのですが・・・

 ところで、まずこの会話・・「障害児に対して」なんて言い方するだろうか?

 たとえば「こんな時にこんなことをする子がいるんですがどうしたらいいでしょうか」って言いそうなもんだし。

 私だったら「何かお困りなんですね。どういうことかもう少し詳しく説明していただけませんか?」って聞くなあ・・・

 それでも続けて「障害児」なんて言い方をされたら、私、相手の方を叱責してしまうかもしれない。ちゃんと○○君として見てね、って。

 いきなり「何もしなくていい」は無いなあ・・・まあ「良い集団作り」「良い環境」というのがキーワードなんでしょうね。だったら、その例も伝えたいと思うなあ・・・

 しかし、「彼女」は本当に「指導しなければ発達しない存在」と考えているのだろうか。あるいは反問すれば健常児は「指導しなくても発達する存在」なのだろうか・・・著者は「彼女」の考えを確認しているのだろうか・・

 うーーん・・・他の場所でも他人に対して「こう考えている」という決めつけがかなりきついと感じられます。で、それがあまりあたっていないような部分が多いです。例えは「今までの障害児教育ではこう考えられてきた」と書いてはる部分は多いのですが、少なくとも私の周囲を見回すと、全然そうじゃないよ、ってとこが多い。著者の周囲ではそうだった、ってことなんだろうか・・・あるいは著者自身はそう考えてきていた??

 主語が誰か、っても「われわれはこう考えてきました」というわれわれに少なくとも私(kingstone)は入らないし、これは同僚のことなのだろうか、今までつきあってきた保護者の方たちも入れるのだろうか、とかよくわからない部分ってあります。

 □□さんが「著者は臨床心理学系か」って書かれてましたけど、私、カウンセリングの勉強を始めてまずたたき込まれたのが人の話をきちんと聴く(自分の思いと他人の思いを区別する・・・ついつい自分の思いで人の話を聞いてしまうもんだから)ということです。うーん・・臨床心理学系とは思えないんだけどなあ。

 うーーん・・・私、公開みたいな講座で大学教授とやりあいみたいになっちゃったことがあるんですが・・・そら権威も全然ちゃいますしね。まいるなあ。

PS. 私が肩の力を抜ける環境が欲しいっす
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○○さん、こんにちは。

 ほんとうにごめんなさい。
 
 ○○さんが大好きな本に、どちらかというと否定的な意見を書いてしまいました。

 でも、本当に晋平ママさんには何も否定するところはありません。
 ええやん、て思います。

 >前半は、現在の障害児教育を、
 >ロボット研究の行き詰まりに例えているのだと読みました。

 その「現在の障害児教育」というのは、私の周囲に現実にあるものとも違いますし、また私が目指しているものとも違います。

 「かつて著者がやっていた障害児教育」ではあるようですね。そう書いてはりますから。またひょっとしたら「著者の周囲にいまだある障害児教育」なのかもしれません。

 ○○さんの周囲の障害児教育も著者の否定するような障害児教育(でもなんかやな言葉だなあ)なんでしょうか?ひょっとしたらそういうこともあるかもしれないなあ、とは思います。

 またかつての著者のように「訓練すれば普通の子になる」と思って必死で「合わない」訓練をさせ続けて来てしまった、という思いのある方の琴線に触れる部分があるのはすごくよくわかります。(注・○○さんがそうだというのではありません)

 私も自分自身に対して「がんばれ、がんばれ」みたいなところがあって、ちょっと疲れたことがありますから。

 >このお母さんは一時期を除いて、
 >晋平君に特別な訓練はさせなかったようですが、
 >本当に何もしなかったわけではないだろうな…と思っています。

 私が引用した部分だけでもすごいことをやってはりますね。

 別発言にも書きましたが、私はここの晋平ママの発言の中で多くのことを学ぶことができます。しかし、それは著者とはだいぶ違うことになってしまいます。

 もちろん、「言葉」で伝えるというのはすごく難しいことです。で著者はその部分に踏み込もうと努力されているのだと思います。しかし、それを書籍の中の「言葉」で伝えようとする時に、ちょっと失敗されてるのではないかなあ、と思います。
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TTさん、あけましておめでとうございます。

 >改めて、親の立場から宣言します。
 >「自閉症児に訓練(療育)は必要です!!」

 本のことは置いておいて、結局のところ「自閉症」という言葉が問題になるように「訓練」という言葉の持つイメージの問題、ってのがすごくあるように感じます。

 私の場合、肢体不自由児の教育のさいに周囲の方にすごくそれを感じました。訓練して訓練して訓練したら歩けるようになるよ、そうしたら万々歳・・・また指導要領のところ(FEDHANM,13番)で書いたように「養護・訓練」というものへの「誤解」???
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○○さん、こんにちは。

 私はこの本を読んでものすごく苦しくて、土曜日から始まった怒濤の書き込みは実は全てこの本への私からの回答でもあるのです。例えばFEDHANSの2番会議室の「川を渡る」の紹介も。




○○さんはすごく大事なことを書いて下さっていると思います。

 >ただ、最近疑問に思い始めていたのは事実なんです。
 >でもどの先生も話し合いのできる方ばかりなので、
 >親の思いを十二分に聞いて下さるのはもちろん、
 >実際にそれを何とかカリキュラムに反映させようとして下さっているのが
 >解るので、通うのを止めようとまでは思っていません。
 >そういった意味ではほぼ満足しています。

 すてきな先生方ですね。
 著者や晋平ママの対談でも出てきますね。

(引用開始)
渡部 知識で頭の中いっぱいにしてしまうと、その知識に反するものを跳ね返してしまうってことがありますよね。何でも受け入れられる状態にしておかないといけない。
晋平ママ 本当にそう思います。だから特に、学校の先生にはそうやってほしいと思うんです。自分の教育方法っていうのは持っていてほしいし、事実持っているんでしょうけど、教育法っていう枠の中に子どもを引きずり込んだり、その枠組みだけで見るんじゃなくって子どもの出すいろんなサインとかいろんなことばとか表情とかをいつでもキャッチできるように。
(引用終了)

 もう全然反論はありません。
 そしてこれは私のIEPに関する発言に関連してきます。
 うふふ、TEACCHの枠組みの中に引きずり込もう、という非難はされるかな。

 それからこれは言い過ぎかもしれませんが・・・引用したP61の部分からはうーーん、何ていうのか「私は真理を知っている。私の言うことをやってれば間違いない」というような感じが伺えます。で、もちろん著者は「私が信じていた「真理」は間違っていた」と改心されるわけですが、結局、今も「えらいさん」で、「私は正しい、訓練しちゃいけないんです」と結構上から教える、という感じは同じなんじゃないかなあ、という・・・憶測ですが。

 じゃあ、おまえはどうなんだ、ということになりますね。

 私は「絶対正しい方法をやっている」と感じている、というのとはちょっと違います。自分が間違う可能性を前提として、だからこそ保護者と一緒に考えていきたい、と思っているわけです。で、私の場合はそれしかないよな、と思っているわけですが。

 >実際のところ著者が言いたかったことは、
 >本人に聞いてみないと解らないと思いました。

 これはねえ・・・その通りなんですが、著書として世に問うた以上、どうなんだろうか?
 
 >FEDHANに発言されている自閉症児の親御さんは、
 >全国の自閉症児の親の、ごくごく一部の方です。
 >そして、先生方もごくごく一部の先生ですよね。

 しかし・・・例えそれが少数であっても著者が「今までの障害児教育」と書かれていることと、別のことは存在するわけです。もし著者がFEDHANに参加して下さっていたら、ずいぶん違った著作になっただろうなと思います。

 で、また実は「残念な意味」でも、この著者の考えていることと私がかなり広い範囲で見聞したことも違います。

 この先生はスモールステップ(しかし、この著者の書いているスモールステップというのも実は私には??だったりします。)で指導していくことを批判してはります。私の周囲では「分析」してスモールステップで指導する、という実践は非常に少ないのが事実です。何も考えていない、という方が多い・・(こんなこと言っていいのだろうか・・・)そういう意味では言葉にすれば、現在の著者の形の方が多い??

 また私の周囲でスモールステップを指導のごく一部で考えながら取り入れている方は、それなりの効果を上げています。もちろん失敗もあります。

 それから著者はスモールステップと同時に構造化にも疑問を呈してはるようです。それへの私の回答は「構造化(わかるようにする)された教育をすると」です。

 私などとは全然違うやり方で、例えば私を強く非難される方も、また著者とは随分違ったやり方で、すてきな効果をあげていらっしゃいます。FEDHANには参加されておりません。

 つまり著者の言う「今までの障害児教育」の方が私の周囲で見る限り、ごく少数というかほとんど無いといってもいいものです。

 あ、ただしこういうことは言えるかな。現場の者で「学者なんて現場の役にはいっこもたたん」と言われる方がおられます。その方のイメージの中にある指導の方法がP56〜58に書かれているような方法である可能性はある?

 でもこのP56〜58の例も随分だなあ・・・と思います。
 ただ、この例の場合はそういうことをやる人はいます。
 そして私がやっていること(課題学習)をちょっと聞いて
「KING STONEはP56〜58みたいなことをやっている」
と誤解して非難する人もいます。

 あっ、この例って絵カードを見せてそこに書いてある例えば犬を見て「いぬ」と言わせるという指導なんですが、そのお子さんにあまり合っていない様子が出てきます。

 私が知的障害のお子さんと「カードを使っている」「机の上で勉強している」というのを聞くとつい上のような絵柄がその方の頭の中に浮かんでくるみたいですね。

 もちろん、そのお子さんに合っていれば、そういう指導も否定はしません。

 >正しい障害児教育がいかなるものか、私には解らないから…。

 たぶん、そんなもの無いんです。
 だからこそいろんな人が相談しながらやっていかないといいいものにならないんじゃないかなあ。

 >ツリーの中の多くの個所で、
 >「著者や、著者の過去にしてきていたであろう訓練が間違っているのでは」
 >という風に読めたのですが、ということは、
 >「正しい療育や訓練を受けていたら間違いはない
 > =子供は親が望むように成長する」
 >ということなのでしょうか?

 前段はかなり思います。
 後段は「そんなことはない」「だいたい「正しい」ってのがあるのか?」
というふうに思いますし、私は人間って周囲の意図を越えた成長や、あるいは意図からずれた成長をするし、でそれが面白いんだ、って思います。

 たぶん、「周囲の意図と違う成長もある」と考える点では私と著者は同じです。しかし、「だから意図したはたらきかけをしてはいけない」と考えるか「意図してはたらきかけよう。でも意図したのとは違う成長もするんだよ」と考えるかの違いがありますね。

 それからあるお子さんにある時点で「いい」意図的な働きかけがあったとして、同じ働きかけをその時点より早い段階にやったとしたら、まったく逆効果しかなかった、ってこともあるわけですよね。そのお子さんを追いつめちゃうことだってある。

 また同じ時点で別のお子さんに同じ働きかけをしたけど、やっぱり逆効果だった、ってのも。

 無理はしないでおいたほうがいいな、って思います。
 その点では著者とも同意できるかもしれない。
(でも、この言葉も言葉にしたとたん、違うぞ、という部分は出てきます。ちょっとだけ無理してできた時の喜びを共有する、そんなことも時にはある・・・)

 実はこの点で、昨年の暮れに大失敗を私はしました。
 それを書きたいのだけど、すごく時間がかかりそうでね・・・
 ほんとみなさんにコメントを頂きたいけど。

 私はえらいさんなんかじゃない。私はいつも「正しく」なんかはない。

 >私がこの本を読んだのは、
 >息子が正式に高機能自閉症と診断されて15日経った日です。
 >この15日間どんな気持ちでいたかは省略しますが、
 >この本にたまたま本屋さんで出会って、とても勇気付けられました。
 >自分が自分でなくなりそうな時に、
 >「それで良いんだよ。自信を持ってね。」
 >って言ってもらったような気持ちになりました。
 >(この本以上に励まし続けて下さる方もいます>某氏)
 >今もまだ、気持ちが揺れる時は、
 >こんな風に励ましてもらえる本とか、人の思いやりとかが必要なんです。

 よくわかるような気がします。
 少なくとも「無理はしなくていいよ。子どもは成長するんだよ」
というメッセージは伝わって来ますね。
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△△さん、こんにちは。

 > 画期的な訓練法が開発されたとしても鉄腕アトムにはなって欲しくない様に思い
 >ます。自閉症児が正義の味方に変身したら恐ろしいです。CCはロボコン
 >(わかるかな?)くらいをめざしたいですね。

 わかる!!


 でも、そう言われちゃうと鉄腕アトムが可哀想かな・・・
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AAさん、こんにちは。

 > 歩行が妥当な目標になり得る場合には当然目指しますが、kingstoneさんがいわ
 >れているのは、「ちょっとほんとに〜?」と疑われているケースですよね。そんな
 >子どもたちに対して、「苦しい」訓練を課して正当化している、。

 はい。

 それと同時に、例えば「自己選択」とか「社会参加」のための授業(?)はどうなってんだ、というようなとこかな。最近は随分変わってきたこととは思います。

 >#ああ、なんか脱線してきた、、。

 ぴったりど真ん中だと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−
 引用部分がずれてました。

 > ○○さんはすごく大事なことを書いて下さっていると思います。
 >
 > >ただ、最近疑問に思い始めていたのは事実なんです。
 > >でもどの先生も話し合いのできる方ばかりなので、
 > >親の思いを十二分に聞いて下さるのはもちろん、
 > >実際にそれを何とかカリキュラムに反映させようとして下さっているのが
 > >解るので、通うのを止めようとまでは思っていません。
 > >そういった意味ではほぼ満足しています。
 >
 > すてきな先生方ですね。
 > 著者や晋平ママの対談でも出てきますね。
 >
 >(引用開始)
 >渡部 知識で頭の中いっぱいにしてしまうと、その知識に反するものを跳ね
 >   返してしまうってことがありますよね。何でも受け入れられる状態に
 >   しておかないといけない。
 >晋平ママ 本当にそう思います。だから特に、学校の先生にはそうやって
 >   ほしいと思うんです。自分の教育方法っていうのは持っていて
 >   ほしいし、事実持っているんでしょうけど、教育法っていう枠の中
 >   に子どもを引きずり込んだり、その枠組みだけで見るんじゃなくって
 >   子どもの出すいろんなサインとかいろんなことばとか表情とかを
 >   いつでもキャッチできるように。
 >(引用終了)

 ちょっと私の引用部分の間違いですね。
 私は○○さんの書き込みから教師(療育担当者)と保護者が話し合えることの重要性を言いたかったのですが、私が引用した部分は、「子どもをよく見る。子どもから教えてもらう」ことの重要性を述べた部分ですね。

 もちろん「「子どもをよく見る。子どもから教えてもらう」という点にも反論はありません。

 でそこに続く部分で

(引用開始)
P168
晋平ママ そういう状態に先生がいていただくと、私たちが「ちょっとこういう風にしてください」っていうことも素直に聞いていただける。それをするかしないかは別にして・・・。それを聞いた段階で自分の中で推察して、自分の教育方法と照らし合わせてやるやらないは先生が判断されればいいんですけど、少なくとも「聞き入れてもらえる」ってことが母親にとってはとても大事なことのように感じます。そして子どもにとっても、自分が出している信号をきちんとキャッチしてくれているってことを感じられているときには、大きい力が出るような気がするんです。
(引用終了)

 ここまで来て、教師と保護者が話し合って考えていく、というのとつながりますね。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。
 あはは、やっぱりごめんなさい、って謝らなければならない。

 > > それからこれは言い過ぎかもしれませんが・・・#7681 で引用した
 > >P61の部分からはうーーん、何ていうのか「私は真理を知っている。
 > >私の言うことをやってれば間違いない」というような感じが伺えます。
 > >で、もちろん著者は「私が信じていた「真理」は間違っていた」と
 > >改心されるわけですが、結局、今も「えらいさん」で、「私は正しい、
 > >訓練しちゃいけないんです」と結構上から教える、という感じは
 > >同じなんじゃないかなあ、という・・・憶測ですが。
 >
 >私は「上から教えている」という感じは受けなかったんですね。

 やっぱり言い過ぎ、そして思いこみですね、私の。

 私の周囲でも「頑張って、頑張って訓練しなさい。そしたら普通になるから」みたいなことを言われる方はおられたわけです。で、ついそういう方の顔が浮かんでしまい、ついそういう人たちに言いたかったことを書いてしまった、というところですね。

 いかん、いかん。

 >「意図した働きかけ(訓練)だけでは、行き詰まるのではないか。
 > 偶然の出来事などからも、子供が自然に学ぶこともあるんじゃないだろうか。」
 >と言ってるように思えたんです。

 これについてはね・・・

 私は○○さんの書かれた意味では全然反論ないです。
 
 で私は他の発言で書いてますように、意図した働きかけをし、かつ偶然の力も、そして子ども自身のこちらの意図を越える力もおおいに借りよう、そういう意見ですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
 ○○さん、こんにちは。

 #7735 については、いちいち引用しません。
 ただひとつ。

 ○○さんの実感を大事にされることをおすすめします。
 それにまさるものは無いような気がします。
 大切なことにいっぱい気づいておられると思います。

 ごめんなさい。もっとちゃんと書きたいのですが・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
 結構しつこかったりする私です(アセ)

 ○○さん、こんにちは。

 いろいろ自分の書き込みも反省したりする私ですが、やっぱりいろいろ思うところはあります。(なんのこっちゃ)

 >(P.28より引用開始)
 >  しかしながら私は、ロボット開発における1980年代後半の「行き詰まり」の
 > 事実を知って、はたしてこのようなパラダイムが、障害児に対する唯一のパラ
 > ダイムなのだろうか、という疑問を持つようになりました。これまで障害児教
 > 育の領域では決して疑われることのなかった「簡単なことから複雑なことへ、
 > 積極的で専門的な指導によって、一歩一歩確実に発達を促していく」という常
 > 識が、そしてそのために「環境やスケジュールを構造化していく」という考え
 > 方が、どうもあやしく……少なくとも障害児教育における唯一の選択肢ではな
 > いように、感じられてしようがなくなったのです。
 >  最後に、障害児教育に関しての私自身の疑問を、もう一度示しておきます。
 >
 >   「単純なものから複雑なものへ、スモール・ステップで発達していく」
 >   というのは本当に正しいのだろうか?
 >(引用終了)
 > 
 >
 >これらの引用文だけでも、
 >「批判以外のなにものでもないじゃないか」という声が上がるでしょうか。

 この部分、○○さんの感想の部分ではない部分でひっかかるのですね。

 > 方が、どうもあやしく……少なくとも障害児教育における唯一の選択肢ではな
 > いように、感じられてしようがなくなったのです。

 というのはかつて「唯一の選択肢」と思われたのは著者ですよね。確実に言えるのは。

 私の周囲でそういうことを考えてはる方は少ないと思えるもんで。

 私自身も違いますし。(しかし周囲からそう思われることはあるみたいです。あの人はパソコンなんかやってるから1つの方法しか無いと思ってしまうのだ、という非難は受けています(笑))

 で、大多数の人が「唯一の選択肢」と考えているのであれば、パラダイムの転換としてこの著作の意味がおおいにあるわけですが。

 うーん・・・「唯一の選択肢」と考えてる人、多いのだろうか。

 > これまで障害児教
 > 育の領域では決して疑われることのなかった「簡単なことから複雑なことへ、
 > 積極的で専門的な指導によって、一歩一歩確実に発達を促していく」という常
 > 識が、

 私の場合、こういうことでは無いのではないか、というのはもともと思っていましたが、はっきりと言葉として学んだのはTEACCHから、と言ってもいいのではないかなあ。つまり「今できる(簡単な)ことを組み合わせて何かができるようにしよう」

 >「私はそうは思わなかったんですぅ〜」ってことだけ言わせてください(^^)

 はい(ニコ)
−−−−−−−−−−−−−−−
確かに現実は一筋縄ではいかない・・

 ○○さん、こんにちは。

 >あんまり、いや、ほとんどいないんじゃないかな?と、私は思います。

 でしょ。

 >いざふたを開けてみたら、それに近い事をしてしまっている人は
 >案外いるのかもしれないなぁ…とは思うんですね。

 ううむ・・・・・それはあるかもしんない・・・・
 で、確かに「訓練訓練」ってそればっかり思っている人に、少し考えこませる効果はあるか・・・うーーん・・・でもなあ・・・

 >やっぱり、人に勧めるほどの本ではないってことかな。

 ううむ・・・・きちんと利益にするに、むつかしい本であることは確かな本だとは思います。ただBBさんのおっしゃるように読めばいい本ではある・・・

 また○○さんが感動されて、勇気づけられたことは確かなわけで。

 でももうちょっとわかりやすく、そして親御さんを勇気づける本もたくさんありそうな気はしますねえ・・

 さて、自分の実践の失敗例でも書いてみようっと・・・
−−−−−−−−−−−−−−−
BBさん、こんにちは。

 ><注意>
 > アレルギー反応の強い人は読まない方が良いでしょう。私の中にある
 >TEACCH菌とは対した反応を起こしませんでしたが、人によっては危険です。

 ぶははは、これ最高。

 そう、著者の問題ではなく、読み手の免疫機構等々の問題であると・・・
 なるほど、なるほど。
 私の場合はTEACCH菌(?反TEACCHの言説抗体?)ではなくどっちかというと「えらいさん抗体」に激烈に反応してしまったのですが、しかしそれも私の問題なわけで、うん納得やなあ。

追記
 渡辺さんは、障害のあるお子さんのための地域ネットワークを作ったりもされてます。それこそ「何もしない」でいた方ではないと思います。

現在
東北大学大学院教育情報学研究部 研究部長
東北大学大学院教育情報学教育部 教育部長 
とのことですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
包摂的アーキテクチャ

 大昔の話です。

 かつて「認知心理学」というキーワードで盛り上がったことがありましたが・・・

 おおみそかに整理していて「パソコンtips」という私のファイルからアサヒパソコン1997.11.15号(古い!!)の切り抜きを見つけました。

 SONYのアイボ発表を受けて当時(今も?)ソニーD21ラボラトリー所長の土井利忠さんへのインタビューです。

(引用開始)
 その背景は、MIT(マサチューセッツ工科大学)にいるロドニー・ブルックス教授という人工知能の研究者が発明した、サブサンプション(包摂)アーキテクチャに始まります。彼はある時期、やることがなくて毎日裏山に登って寝っころがっていた。そこで、昆虫をずーっと観察していたんですね。その昆虫の動きからヒントを得て、包摂アーキテクチャーというのを作ったんです。

 それまでの自律ロボットは、まず状況を与えて、その中でどういう行動をするかを、トップダウンでプログラミングしていった。「こういう状況になったらこうしなさい、ああいう状況になったらああしなさい」それでは状況の想定も大変ですし、ソフトウェアの量も膨大になってしまう。CPUにものすごい負担がかかる。なにより、あらかじめセッティングしていない状況に遭遇すると、動けなくなる。そういうものだったんです。

 それを克服する方法として、ブルックスは昆虫の反射神経みたいなものを定式化しました。センサーで何かが見つかると、反射的に何か運動するようにした。センサーの入力と運動を1対1に組み合わせ、そういう組み合わせをたくさん作っておく。その場に応じて、ある意味ではでたらめな行動をするけれど、反射神経から自律ロボットを設計していく。その上にいろいろなものを組み立てていくと、非常に小さなソフトウエアでいろいろなことができるようになり、CPUにも負担がかからない。ぞさから想定していなかった状況でも、一応、自律的な運動をすることができる。
(引用終了)

 しかし、その限界として、どうしても昆虫の動きにしか見えない(!!)とかいう問題も出てきます。で、そのために反射神経とインテリジェンスをどう組み合わせていくか、というのが開発の課題になったとか。

 また「自分で歩くことを学習する」システム(?)もできたのだけど、それは入れなかった、という話も出てきます。なぜなら「壊れるくらい激しい動きをすると少しずつ覚えていく」けれど「壊れない程度の動きだと学習しない」からだそうです。うーーむ、すごく示唆的やなあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
本当のTEACCH 内山登紀夫著 (W専門編 TEACCHをもっと理解するために)



本当のTEACCH 内山登紀夫著 (V実践編(2)地域との連携)

 たくさん引用しますが、当たり前のことながら、ごく一部ですので、興味を持たれた方は「本当のTEACCH」をご購入下さい。

 専門編はショプラー先生、メジボフさんへのインタビューから始まります。
 ショプラー先生の絶筆であったかもしれない文です。

1.ショプラー先生へのインタビュー

●認知理論と行動理論、ピアジェとチョムスキー

「基本的に、専門家たちは、コンピュータ科学や人工知能の分野の発展の影響を受けて、視点を行動理論から認知理論にシフトしてきた。この分野の技術が自閉症の治療教育に急速に応用されるにしたがって、多くの若い行動主義者たちは、制御された実験室ではなく、学校のような自然な学習環境でのモチベーションを高めることなどに、認知概念を取り入れるように努力している。
 TEACCHはABAの一部だという意見を聞くことがある。しかし、TEACCHのアプローチは人間を行動のみではなく、全体像としてとらえるという姿勢をもっている。よりヒューマニスティックなアプローチとみなす人もいる。
 TEACCHとABAの重要な違いの一つは、TEACCHの主な目的が単に自閉症の子どもの行動を変えようとするのではなく、自閉症の特性(長所も弱点も含めて)から子どもを理解して、望ましい行動をとれるように働きかけることである。」

 ヒューマニスティックなアプローチ云々は、ABAの人が怒っちゃうかもしれませんが・・・応用行動分析の技術というか知見はヒューマニスティックもクソも関係無いけれど、よき応用行動分析家はそこらへん考えておられるでしょうから。TEACCHがヒューマニスティックなアプローチである、というのはそうですね。逆に言うとそれを忘れたら、いかに「見てわかる」をしようともTEACCHじゃない。

構造化のパワーに気をつけろ

「TEACCHが重視するのは強化子のみではなく、認知理論からもたらされた、人間がどのように環境を理解し学習するかという点に焦点をあてた知見に基づいた指導方法である。」


2.メジボフ教授へのインタビュー

●ロボットとTEACCH

「TEACCHの支援方法は子どもをロボットのように操る方法だという批判がある。」

 ありますねえ。私に関する部分はこんなの。

鉄腕アトムと晋平君

過去の記事243(自主研修会2回目)

 先日ある人とやりとりしていて、「鉄腕アトムだと正義の味方すぎて。ロボコンくらいがいい」って言ってはりましたが、それもなるほどなあ、です。

追記
 あああっ!この上の「先日」のエピソードはごく最近Twitter上ででしたけど、大昔に同じことをパソコン通信に書いていたお母さんがいたんだ。びっくり。もちろん別人。
posted by kingstone at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

モップ・掃除機 掃除について





 掃除・モップがけに関するものを集めてみました。関係ない所を削ったり、改めたりします。

いつもうまくいったわけじゃない

 掃除のワークシステムで、1枚の紙に上から下へ書いた物を見せても理解できなかったのが、カード1枚に1仕事を書き、それを上から下に並べたら理解してもらえたり。

 メジボフさんだかの言葉。

「我々に失敗は無い。ただ学ぶだけだ」

好きな言葉です。
−−−−−−−−−−−−−−−
過去の記事29(提案・朝の活動・午前の授業)

大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。

 9月6日

 クラスで共通理解をするために配布するために作ったプリントです。
 なおとりあえず保護者の方には「私、授業のこと考える時もやりとりしながらでないと考えられないので、パソコン通信などで書かせて下さいね。お願いします」とクラス全員の保護者の方からアップの許可を取ってしまいました。
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○A君とC君の朝の活動について

 A君とC君の朝のそうじについてですが、現在は声かけをするとルーチン(習慣)で食堂へ行ってイスを上げる、というところまではできています。しかし、その後の活動が自立的にはできません。

 A君は手順書の側で「次は」と私が言うと次の活動に移っていました。
 C君は「いす」や「モップ」や「だいふき」を指さすことが必要でした。

 そこで手順書を変えてみました。今度は、教室で「そうじ」カードを受け取ると、手順書のところへ持って行き横のカード入れに入れる。これはスケジュールでの移動です。(これで手順書のある所を意識してもらう)

 次にC君の場合だとやることをポラロイドの写真で示しているので、そのカードをとり、カード入れ(やることがわかったらここに入れる)に片づけてから描かれていたことをする。例えば「いすをあげる」。上から下へのワークシステムになります。

 A君の場合は、文字と簡単な絵だけにしています。

 モップがけも「どこまで」「どういうふうに」やったらいいのかがわかっていないので、できればそれを教えてあげる必要はあると思います。床のテープの跡はそれを教えてあげようとした試みなのですが、あれでも幅が広すぎるのと、形が複雑(いつも一定方向からやる、などではできない)なので覚え切れなかったようです。
 現時点では、A君は食卓の周り、配膳台のところ、はわかり、C君は水道のところの壁際ひとすじ、はわかっているようです。



 佐賀大附属の服巻智子先生は「そうじを教える時はまず一人で」ということをおっしゃっていました。というのも「協力してやる」ということを教えることはかなり高度なことになりますから。でも、今のクラスの現状だと、何とか一緒にやらないわけにはいかないですね。(kingstone注・「同じ場所で同時に」であっても「一緒に」ではなく「個別に」することはできますね)

 またA君の場合は、机の上に朝やることをカードに書き出して置いておきたいと思います。これは現在も声かけが必要なので声かけなしでできるようにしたい、という意図です。少し問題かな、というのは今まで全部上から下へのワークシステムだったのに、今回は左から右のシステムを使っていること。

 これがうまく行ったら、C君にも取り組んでいけるかな、と思います。(ただしC君の場合、写真をどこまで認識しているか、ちょっとわからないところがあります。というかこちらが写真で示したい意図と彼の捉えることのずれが結構ありそう)

追記
 「手順書」はワークシステム(の一部)です。(子スケ・孫スケと言ったりもします)
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過去の記事65(地域の子どもたちとの交流について)

 10月7日

 この会議室で書いておられたのかな。
 「特別支援学校を地域の学校の中に作って欲しい」って。

 結局、それって特別支援学級みたいな感じになるのかな、とは思いますけど、でも「地域の学校」から独立した形で(つまり行事などは独自で決定できる)存在するってのはなかなかいいかもしれない、って思います。

 私も地域校の普通学級に交流に行くのですが、たまに行って地域校の普通学級の授業にパッと入ってもなかなか「交流」にはならないのですね・・・

 それより例えば給食の時に同じ学年の子、何人かに来てもらう。
 そうじの時に来てもらう。などということをすることで、その子たちにモデルになってもらう、そんな交流ができたらいいのになあ、って思います。(世話やきをしてもらうのではなく)

 いわゆる逆統合の形ですね。

 また、いろいろな地域の学校の行事を見てると、やはりそのまま入っていくのはちょっと苦しいと思われることも多いです。練習につきあうことがあるのですが、子どもたちみんなえらいなあ、と思います。私だったら登校拒否を起こしてしまうかもしれない・・・でも、子どもの時、何とか過ごしていた、ということは子どもはあんまり気にしないのだろうか・・。
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過去の記事82(子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽)

 10月25日

 あるお子さんが通常校の特別支援学級に通ってはります。
 夏に親御さんがTEACCHのことを少しだけ知りました。

 そこで担任の先生に話をしたところ「スケジュール」を作って下さいました。またそうじをする時は「そうじカード」を示す、等という工夫をして下さいました。

 スケジュールについて言えば、先生がいなくても、交流学級の子どもたちがスケジュールを示して、「○○君、次はここだよ」とか示すと納得して動くことができるようになったとか。

 で、担任の先生の感想として「すごく楽になりました」

 いいよねえ。もちろん○○君も楽になってると思います。
 そういう話を聞く親御さんも楽というか楽しいだろうし。

 私、「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽な方法を」と言ったら、この「楽」って言葉に違和感を覚える先生は多いそうです。でもやっぱりいいと思うんだけどなあ。

追記
 「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽」というのは数少ない私のオリジナルの言葉です(エヘン)後年は「子どもが楽、保護者が楽、教師が楽」というふうに順番を換えて使っていました。

 でも周囲の先生方は「楽」というのは「教師のさぼり、なまけ」と思われて理解して頂けませんでした。「楽」というのにはすごく反発があったみたいです。(でも・・・「子どもも苦しい、担任も苦しい、保護者も苦しい」取り組みが多かったような気が・・・それって意味あるのか)

 またTEACCHをよく知る複数の方からは(教師も保護者も)「最初は教師も保護者も楽じゃないよ」と言われました。そうですね。スケジュールとかワークシステムとか様々な見てわかるコミュニケーション手段とか・・・今まで音声言語だけですましていたところで、たくさんのあれこれを作らないといけないのですから。最初は超めんどくさい・・・

 「学校文化」や「こっち側の文化」とぶつかることも多いし。

 まあ、実際にやってみると「わかりあえることはこんなに楽しいんだ」とわかって「楽」になっていくわけなんですが。

 と今思っていますが、少し後の当時の記事にこんなのがありました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 私、最近まで「いろんな方法があっていい。きつくてもがんばるも、それはそれで尊いお考えだ」と思っておりましたが、もうここに来て「そーゆーのが諸悪の根元」というふうにも思えて来ました。(あくまでも目の前の子どもたちを見ててですが)

で「教師は楽ではないですけど」というのも、これまた考え方で変わるかなあ、という気はします。

 例えば、私、今学校に早めに行って、その日のスケジュールに合わせて、いろんなところにカード受けのポケットを付けたり、必要なカードを用意したりしています。結構めんどくさい。

 でも、その準備の時間をとらずに、子どもに「はなれるな!」とかくどくど指示しながら動いたりするよりよっぽど「楽」なんですよね。

 課題学習の教材をあれこれ考えるのもたいへん。でも「この授業やってもわかんないだろうなあ」と思いながら時間を過ごすよりよっぽど「楽」
−−−−−−−−−−−−−−−
過去の記事119(目標(方針)   名人芸)

 11月22日

 個人目標・学級目標(学年目標)・学部目標そして学校目標・・・

 あんまし私、そーゆーのって「作る人、ご苦労さん。私そんなの知らんもんねえ」状態だったのですが、
個別課題を意識するようになってからものすごく大事だなあ、と考え直し始めました。

 ところで名人芸云々ですが、実のところそれってすごく大事だと思っています。特に「こうやったらいい」と見抜く部分は難しいけど関わりの部分をその方が提示して下さり、他の方もそれを簡単に真似できる、という場合は。

 ただ私はそれがうまくなくて(笑)「情けない教師」ですから。

 名人芸も大切だと思っている、という話でした。

 ただ先日もBさんに「モップ掃除に行こうよ」と誘う時に声と身体的プロンプトで誘ったら「遊びを邪魔するな」というように怒っていたのが写真を見せるとすっとやって来てくれました。これもはたから見てたら
名人芸に見えるかもしれない・・

 まあ周囲に簡単に説明し、納得して頂くことはできますけど。
 新人Bさんが「Bさんにはもっとこーゆーのが(視覚的な支援が)必要ですね」って言ってはりましたし。

追記
 説明は簡単なんですけど、納得して頂くことは難しかったです。

 学級目標は・・・
 よく普通クラスであるのは「よく考えて発表する子」とか「みんな仲良く元気なクラス」とかいうやつですね。

 私はある年「わかってできる」にしました。誰の目標か(子どものか、担任のか)がよくわかりませんけど。
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過去の記事170(クリスマスプレゼント C君の意思表出 A君のそうじ)

 12月22日


 朝の掃除をしていると、A君がつかつかとやってきて「むすんで下さい」と言います。くつひもがとけてました。でむすんであげるとそのまま掃除をしないで出ていこうとします。思わず「どうしたの?」と尋ねると「カード下さい」と言います。見ると腰にカードのたばを付け忘れてます。

 「あらま、じゃあ取って来てあげるから掃除をしてなさい」と言うと掃除をしはじめました。

 最近A君もやっと掃除の時のワークシステムがわかり始めたようです。

 タスクアナリシス(課題分析。この行動の次はこの行動をする、と細かく分けて考えていくこと)した行動を(イスをつくえの上に上げる。モップでふく。等です)文を書いたカードで示し、それをカード受けのポケットに入れていきながら掃除をすすめるシステムを使えるようになってきました。

 昔はいちいち音声言語と指さしでやらせていました。視覚支援は無し。次に試みた画用紙に上から下へ文を書いたワークシステムは撃沈でした。

 それまでは「さぼり」「なまけ」という評価もよくされていました。でも、ワークシステムが効果を出してくると「もちろん掃除が好きではないかもしれない。しかしやらないのはわからないからだ」という感じがよく理解できます。

 なんだかねえ・・・掃除をしながら涙があふれてきました。
−−−−−−−−−−−−−−−
支援付き雇用の支援者さんの態度

 「青年期・成人期のTEACCHプログラム」を見ました。

 これはTEACCHのやってる青年・成人のためのさまざまな事業のことを教えてくれます。

 ちょうど他の会議室ですが「ああいうのは嫌だ」という発言がありました。で、お話をうかがってみると「支援つき雇用の支援者(ジョブコーチ)」の態度がどうもたいへん失礼、みたいな話だったので目を皿のようにして見て
みました。

 で、たぶんこれだな、というのがありました。

 モービルクルーというTEACCHのスタッフが仕事を取ってきて外へ一緒に働きに行く形態があります。何人か一組で動きジョブコーチが一人ついて行きます。画面ではお家の掃除に行ってました。

 で、ジョブコーチは自閉症の方々がうまく仕事ができるように段取りするわけですが、それでうまくできだすと本を読んでたり、自分の勉強をしてたり、ぼーっと(?)見てたりするわけです。

 でワンシーンではロッキングチェアに腰掛け足を組んでチェアを揺らしながら見てました。他の場面では日本人である私が見ても「失礼」と思える部分が無かったのでここだなあ、と思いましたです。

 ま、このジョブコーチの名誉のために少し補足すると他の場面では一生懸命段取りしたりしてる場面も映ってました。でも、基本的に、自立的に作業できるようになれば、後は私の仕事じゃないよ、というのはありそうでした。ま、極めてアメリカ的ではありますな。

−−−−−−−−−−−−−−−
過去の記事172(TEACCHへのいくつかの批判に答えられるか?)

 12月23日

 私、答えられるかなあ・・・

 >・紹介している人やビデオが、形や言葉の理念は、原典に忠実でありながら、
 > 技術的にハートのない対応にみえるものがある。

 TEACCHのDVDで「親のためのTEACCHプログラム」に出てくるお父さん、ちょっと「問答無用」みたいな感じで指導してはる場面がありますね。また「青年期・成人期のTEACCHプログラム」にはこの会議室でも話題になった支援者が自閉症の人が掃除してる時に本を読んでたり、ロッキングチェァをゆらしながら見てたり、という場面がありました。

 ふむ、ハートねえ・・・私もA君やC君が掃除してる時に腕組みして見てる時もあるなあ・・・ハートねえ。よーわからん。

 「過去の記事170(クリスマスプレゼント C君の意思表出 A君のそうじ)」で泣いてしまった私ですが、「ハートのない対応」と言われたらニコッと笑って「ほー」と言うくらいしかできないな。

 そういや「青年期・・・」のビデオの中でTEACCHのCLLC(居住と就労の包括的なプログラム)のスタッフが「職員を選ぶ時は人柄を重視します。これは教えることはできません」と言ってはったのはめちゃ面白かったですね。

−−−−−−−−−−−−−−−
過去の記事216(事前の準備が大切  ニコニコと過ごす)

 2月4日

 今日は風邪で子供たちもたくさん休んでいました。
 で、先日担当医がいなかっので行けなかった病院へ行こうと急に思いたちました。新人Bさんに「課題学習の用意はできてるからお願いね」(全部、カゴに入れて、スケジュールにカードを貼っている)と頼んで時間休を頂きました。

 やはりいろんなこと構造化できてるから「私、いなくてもいいや」と思える、ってのはありがたいです。

 もちろん、最近思いついた新工夫とかうまく伝わっていなかったかも、と思いますが、それは連絡不足の私が悪い・・・E君の学習のスケジュールを「上から下」から「1枚ずつめくる(束にしていると全部取るので、ほんとに1枚ずつこちらが用意)」としたのはどうだったかな・・・新人Aさんは午後の自立課題の時は連絡不足でまだ使えてませんでした。

 昨年までだったらどうだろう・・・もちろん時間休を取ることは可能ですが、授業は残った先生のアイデアに任されていましたし、子供一人一人に合った授業であったか、というと・・・私の能力不足もあり、たいへん疑問でした。

 ここで□□さんの旧自閉症会議室の「構造化は難しいでしょ」を一部
(しかし長く)引用させて下さい。

引用開始---------
(前略)
(1) 1人に焦点を当てて構造化を考える

 別にTEACCH流の構造化に限りませんが,新たな対処を行うということは,即時に望ましい成果が必要になります.具体的には,1週間以内に,どんなに遅くても2週間以内にきっちりと予定した成果をあげなくては,話しになりません.昔と違い,今では重度の知的障害者への対処テクノロジーはそれくらいの知識の蓄積はあります.「変化が現れるまでは何年もかかる」といった偶然に頼った時代はもう昔のことです.

 もちろん,目標が現実的に妥当であった場合です.××さんの職場では,「掃除時間」を目標にするのは,非現実的だと思います(どう考えても高望みしすぎです).「○○さんの掃除時間」に限定するところからはじめる方がいいですよ.

 さらに,新たな試みをはじめる方は,はっきり言って自信が無いわけですから,「○○さん」を慎重に選ばれた方がいいと思います.××さん自身が,誰だったら1週間で,「問題を起こさず」「事前に予定した個別の掃除課題(行動)」を余分な干渉なく実行できるか,カンを働かせて選ぶ必要がありますね(利用者
だけでなく担当の職員のチームも重要な変数).「どうせうまくいかないかもしれな」ではじめては絶対にいけません.

 どこの職場でもそうですが,新しい試みに対する抵抗は非常に大きいものです.もし,「○○さんの掃除時間」が目標通り,即座に変化しても,周囲はそんなに簡単に認めてくれません.それでもしつこく,次は「△△さん」,その次は「◇◇さん」,そして次はこの「3人を調整して1グループ」でといった具合に,1年かけて少しずつ変化を当たり前にしていく,根気強い努力が必要です.

 そして,このひとつずつの成功経験を積んでいくうちに,「障害者に対する直接援助は,事前にいかに準備するかにかかっている」という実感を持つようになります.もちろん,職員全員が実感を持つわけではありません.しかし,2割・3割の職員が,揺らぎない自信で「事前の準備の大切さ」を理解すれば,後は組織全体の変化は早いものです.××さんは,「事前の準備が本来の仕事ではない」といったニュアンスの発言をされていますが,私は,「直接援助の善し悪しは事前の準備でほぼ9割は決まる」と認識しております(構造化だけでなくチームの役割分担なども含めてです).

(2) 複数職員の複数日数の実習

 自閉症の人を中心とした,個別化されたプログラムと構造化の手法を取り入れた職場に,2〜3日あるいは1週間の体験をする,職員研修プログラムとその予算化が必要だと思います.すでに,個別化され,構造化された職場は,本当に簡単に日常の業務としてそれをこなしているわけです.そしてこの運営方法は,本当に少エネルギーです.はたから見て,大声で怒鳴る職員もいないし,大暴れしている利用者を押さえつける場面もめったにありません.みんな,ニコニコと普通に重度の障害を持つ人と接しています.この現実は,話を聞くだけでは,絶対にわかりません.
(後略)
引用終了-----------------------

 私の学年は、まずA君、Bさん、C君の課題学習をどう自立的にやっていくか、から始め、A君のスケジュールや、徐々にC君のスケジュール、E君、Bさんへのスケジュールや移動のさいの視覚的支援、コミュニケーション、と進んで来ました。

 また自閉症かどうかはわからないD君、F君、Gさんについても、一部同じような試みを入れて、ほんの少し効果があったかな、というようなところもあります。

 で「事前の準備の大切さ」はものすごく実感できるものとなっています。
 (もちろん以前の授業などでも事前の準備はしていたのですが、まず授業ありきであり、個人の特性には合って無かった面が多大にある)

 そしてやはり私の学校の教師でも、私の学年に入って一緒に過ごさないと、私の学年がニコニコと普通に(!)過ごしているのはわかりにくいかなあ、と思います。いや一緒に過ごしても「これが小学生のための授業かあ」とか「なんでこんな間違った行動を訂正しないのだ」(例えば朝の会でA君が写真を反対向けに貼る)とか思いはる方も多いだろうな。

 ベテランさんが復帰されました。
 ベテランさんは「私の指示には従わなければならない」ということを子供たちにわからせるのがたいへん上手な方で、復帰当初はいろいろ戸惑われたのではないかと思います。(具体的には威嚇と暴力を使われる)

 そのベテランさんがC君のランニングや腹筋の時に旗を入れていく工夫を見ていて「E君のモップかけのお掃除の時にその方法、使えないだろうか」とアイデアを出して下さいました。E君はモップかけをする時に1回だけかけて終わってしまうのです。

 確かにE君はスケジュールの流れはわかってきたのですが、次々にこなそうとして、あせるところがあります。

 これを「さぼり」「わがまま」「なまけ」と見るのでなく、具体的にわかる手段で伝えていくアイデアを出して頂けたのはたいへんありがたいです。で、これも「事前の準備」ですね。

 回数を旗や具体物で示して、1回ごとにそれを1個無くしていって、全部無くなったら終わり、ということを教えたいわけですね。で、今、E君のゴーアウェイ(「この場にいたくない」と意思表示したら行きたい場所に行く)にも取り組んでいますけれど、「何かがひとつずつ無くなっていって、全部なくなったら終わり」がわかるようになったらゴーアウェイなんてしなくてもいいようになるかもしれない。(ただ、早く全部無くせ、という要求が出るようになるかもしれないけど)

 しかし、ふと思ったのですが、「大変」でなく、ごくごく普通にニコニコと過ごしていると「子供の障害が軽いから」と思われる面もあるかもしれませんね。
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過去の記事241(初めてカードで表現)

 3月4日

 今日はE君がいろいろ見せてくれました。

 朝、廊下のモップかけの時、何往復したかを覚えているために、旗を使っています。今まで、旗のところまで行くと全部一度に片づけようとしていたのに、今日は指示なしで一本だけ持ってモップをかけてました。
(kingstone注・3本の旗(割り箸に小さな紙の旗をつけたもの)を壁の腕の高さのところに固定した空き缶に、モップで廊下を1往復する度に1本ずつ入れていきました)

 また、今日、午前の課題学習がだいたい終了し、私が部屋の模様替え(課題学習から給食用に)をしていたらE君が寄ってきます。何かと思ったら腰のカードの中から「給食当番」のカードを出して「これだ」というように指し示します。私、「おお、そうや、そうや。行っといで」

 今まで彼にカードを示してきはしましたが、彼からカードを示してくれたことは一度も無し。で、いきなり大正解ですから、もう嬉しくって涙が出そうでした。

 なんかね、ほんと、ほくほく幸せ、って思えます。
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終了がまだわからない

 Zさんと今掃除の取り組みをしています。

 掃除機のそばの壁に掃除機の写真を入れるポケットを作りました。
 また床にビニールテープで小さく四角で囲い(60cm*100cmくらい)そこにトイレットペーパーをちぎったものを撒いておきます。

 で掃除機の写真に「おそうじをする」と書いたカードを「お掃除しようね」と言いながらZさんに渡します。

 彼女は壁のポケットにカードを入れ、掃除機を取り、コードを引き出してコンセントに入れ、スイッチを入れ、掃除をし、スイッチを切り、コンセントからコードを抜き、掃除機にコードを巻き入れ、掃除機を
所定の位置に戻します。

 先週から始め、先週は身体的プロンプトだらけでした。
 うーーむ、もっと視覚的援助を入れなければいけないかなあ、と思っていましたら、ルーチンで入ってきたのか、今週になって1か所だけのプロンプトや声かけでできるようになりました。

 その1か所というのが、「枠内の紙を吸い取ったらおしまい」という終了の部分なのです。

 おしまいにならず、他のところもやろうとする・・・しかし、枠から外に出るとスイッチを切ったり入れたりで、わかりかけてるのか、それとも掃除機をおもちゃとして扱っているのか・・・

 ここで例えば近づいて、枠内を指さし手を交差させた状態からさっと広げたり(無いよ、と伝えたい)あるいはマカトンサインの終了をするとZさんが「おしまい」と言って片づけはじめます。

 うーむ、どうしたら終了がわかってもらえるかなあ。

 でも、ほとんど一人ででき始めたので、横目で見ながら、別の子を介助しながらモップかけができるようになりました。
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自立的に体を洗う&お風呂の課題分析

 ちなみにC君はカードを使ったワークシステムで自立課題学習ができます。また以前はイスの写真・モップの写真・台拭きの写真を並べて、それぞれマッチングさせていき、一人でモップかけができていました。
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2学期が始まっていろいろ聞きに来て下さる先生がいた、という話

 で、またその先生が話しかけて下さいます。

「○君には、保健室での仕事が終わったあと、指示なしでモップ掃除ができるようにしたいんですけど」
「□君には、自分のやりたいことを私たちに教えてくれるようにしたいんですけど」

 とりあえず、注意点とか、こうしたらいいかもしれない、とかいうことをお伝えしました。

 ところで、ここに出てきたお二人とも、昨年度私と組み、私に対して強い反発を持っていらした方です。視覚支援も使っては頂けなかったし、最後の最後にやっとちょっと「こんなのもあり」と思って頂けたかな(よくわからない)、という方たちです。

 で、お二人とも現在、こういうふうに積極的に使おうとして下さっている・・・ありがたいです。本当に嬉しいです。(断片的やからうまくいくかどうかわからないところもあるのですが・・・でも私だって初めは断片的やったしなあ・・・)

 また別の私と組んでいた先生。(この先生は、反発とかはお持ちになってはいなかったと思いますが)「明日の自主研修会出るよ」と言って下さいました。

 ありがたいです。
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TEACCHなんかとてもできないという保護者の方へ

 でもって現在の私の学年の指導のあれこれをビデオでお見せすると「こんなに高度なことはとても(私のところでは)できない」とおっしゃる方もあります。

 しかし、よーく考えたら一番最初は「掃除の時に何をしてもらうかを伝える」ことだけを、しかもかなり試行錯誤してやったんだなあ・・・いや挨拶を紙を見ながらやってもらうところが最初かな・・・

     追記20120310
         これ、間違いです。一番最初は教室に入るさいに靴を脱ぎ散らかす子に、
         「靴を置く(脱ぐ)のはここだよ」を示したところからです。
         「2日間セミナーから帰って来て1

 そしてそのひとつひとつから「あっ、この子たちは、さぼっているんじゃないんだ。なまけているんじゃないんだ。わからないだけなんだ」という実感を得て次のことに進んでいく力をもらいました。

 ただ、側で「わっ、こんなことあったよ」というのを一緒に喜んでくれる人がいることは大事かな。私の場合はFEDHANがあり、自分たちで始めた研究会が支えになってくれたわけですが。
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私の大失敗

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 F君は、自閉症かどうかはわかりません。
 人なつっこくて「一緒に遊ぼう」とでも言うように相手を見て首をかしげたり、「一緒に読んで」とでも言うように本を持ってきたりします。

 また音楽が大好きです。しかし友だちと音楽の趣味が合わなくて喧嘩になったりするので、ヘッドホンで音楽を聞くことをやってみたりしました。落ち着いている時は静かに聞いています。

 で、昨年度の3学期、コミュニケーション練習に使えないかと、ドレミファドーナツの絵を描いたカードを教師に渡したらヘッドホンステレオを聞かせてもらえる、というのをやってみたらかなりできました。

 ところが、新年度になって教室が変わったり、運動会の練習があったりしたせいか、ヘッドホンはたて続けに3つ壊されるは、(全部自腹・・・アセ)カードを使うことがはっきりしなくなるは、という状態になりました。また私自身「カードはまだ早く、実物レベルじゃないかなあ」という思いもありました。

 で、この実践自然消滅みたいになってました。そしたら2学期の始業式の日、教室で全然別のところにいた私にF君はにこにこしながらドレミファドーナツのカードをわざわざ渡しに来たのです。

 よし、っと思い、またカードで要求を伝える、というのを復活させることにしました。そしてすぐにカセット・ガラガラ・ペットボトルと数を増やしても、ちゃんと使い分けて渡してくれるようになりました。

 また、トイレに行く時に写真を示したりしてたら、ある日、にこにこしながらトイレの写真を持って来てくれました。行ってみると成功。

 また授業では、スケジュールなどはわからないと思っていたのですが、スケジュールボードに貼ったどんぐりを手に取り、ペットボトルにどんぐり入れをする机まで行き、自分でイスを引いて座る(ちょっとびっくりするようなことです)なんてこともありました。

 後、掃除機を教室の入り口に置いています。掃除機のスイッチを入れるのは好きです。(たぶん音と振動の出るのが嬉しいのだと思いますが)そこで、掃除機を出し、コードを出し、コンセントに入れ、スイッチを入れ、スイッチを切り、コンセントから抜き、コードをしまい、片づけるという一連の動作を教えるとコンセントを入れるところ以外は介助なしでやることができるようになりました。

 そこで「スケジュールがわかって待てる」「スケジュールに従って行動できる」ということを目指そうとしました。
・・・・・・・・・・・・
 そこで教室の入り口にスケジュールボードを作りました。
 そして朝、教室に入って来たら、

 「着替え」
 「掃除」(掃除機で・・・まあスイッチを入れてすぐにおしまい)
 「遊び」
 「教室の朝の会」
 「体育館へ」

 という流れが写真カードでわかるようにしました。
 そして彼の色のカードをトランジションカードとして、そのカードをもらうとスケジュールボードのところへ行き、次の予定の写真カードを取る、というふうにしようとしました。

 12月16日がスタートでした。

 「着替え」はまあまあ。
 
 次「掃除」のところで、彼は掃除機で遊ぶのは好きなのですが、「遊び」を先にしたかったみたい。そこで、ボードを指し示しながら、後で「遊び」があるから、ということを伝え、彼の手を取り、腰を引いて逃げようとするお尻を押したりもし、いつもと違って(いつもはコンセントを入れるところだけの介助でほぼok)かなり手を取り、やらせました。

 それが終わったら、後の「遊び」や「朝の会」は、トランジションカードの使い方はわかってませんが、次のカードを手渡せば次が何か理解する、というのはできてたようです。

 翌17日。

 ちょっと機嫌悪そうではありましたが、同じようにやりました。

 翌18日。

 バスから降りるなり、大粒の涙を流しながらなにごとかを訴えます。
 もちろんスケジュールもくそも無い・・・・
 彼はついに半日泣き続けていました。
 彼のできてたことも、できないことがいっぱい・・・

 ああ、無理なことをやり過ぎたな、と思いました。
(注・泣くことそれ自体は別にいいと思っていますが、どういう状況で何故泣いたか、によってこちらもあれこれ考えないといけない)

 それこそ「無理な訓練」になっていたようです。
 他のところかも傍証がいろいろあがって来ました。

 その日のうちにスケジュールボードははずしました。

 もちろん、その日のうちからもですが、翌日からは、特にまあ朝来てすぐの着替えはさせるとして、その後、いかにF君の笑顔を出させるか、に腐心しています。

 でも終業式までなかなかからっと気持ち良くとはいきませんでした。

 私は結構この手の失敗をします。

 3学期になってF君の笑顔も戻りました。

 でスケジュールなどの指導を意図的にすることをあきらめたか、と言うと・・全然そんなことはなくて、授業の場面に限って、授業の流れをどうしたらわかってもらえるか、を考え具体物をより取り入れたりしながら、いろいろ働きかけをしています。
・・・・・・・・・・・・
 またみなさんレス(コメント)つけて下さいね。

 特に○○さん。
 こないだふられたんだから、今回は指名してもいいっしょ(笑)

 まあだいたいわかりますけど。

> 次「掃除」のところで、彼は掃除機で遊ぶのは好きなのですが、「遊び」
>を先にしたかったみたい。そこで、ボードを指し示しながら、後で「遊び」
>があるから、ということを伝え、彼の手を取り、腰を引いて逃げようとする
>お尻を押したりもし、いつもと違って(いつもはコンセントを入れるところ
>だけの介助でほぼok)かなり手を取り、やらせました。

「この時点でこれはTEACCHではありません」(笑)
 あと、アセスメントがどうだったかとか・・・アセスメントが無いからTEACCHでは無い??

 上に書いたようなことがインフォーマルなアセスメントになるかな、とは思っていたですが。
・・・・・・・・・・・・
 ○○さん、こんにちは。
 無理矢理レスつけさせてすいません。

 >まあ,そうかもしれないです.お尻を押す前にスケジュールの提示の
 >方法とか順番とか,色々工夫したり,その時の子どもの状況に
 >あわせて(物理的ではなく)押したり引いたりしてみたいですね.

 物理的ではなく・・・
 ほんまですね。
 でもやっぱり手をひっぱったり、背を軽く押したり、というのはよく使ってしまいます。うーーん、もっともっと減らしてみないといけないか。

 >学校のように比較的長期間指導できて,教師がアセスメントについて
 >理解していれば,アセスメントと指導というのは,そんなに区別しなくてもいいでし
 >ょう.指導とアセスメントが一体となっていると思います

 そうであるはずですよね。

 >大体PEPとかCARSとかは短時間で効率よく情報を集めるために
 >あるので,なきゃないで問題ないです.
 >私が教師ならどっちも要りません.

 あははなるほど。

 ちなみにF君とは、今普通の授業場面でスケジュールを提示する試みをやっていて「机の上で勉強」する時に「どんぐり(本物)」を持って勉強する机に行ったり、「コップ(本物)」を持っておやつを食べる机
に行ったりしてくれるようになりました。

 で、おやつの時もばっちりだけど、とりあえず「どんぐり」の時は勉強の机に行ってくれてるなあ・・・

 今回は○○さんにレスを強要してしまいました。

 「セミナーに4回も行ったもんが何を今さら言ってんの」ってとこがあるかもしれません。でもね、私、はっきり言ってセンスも能力も無いって思っています。とにかくいろいろみなさんとやりとりしながら、
考えていかないと、とてもじゃないけど実践続けていけないんですよね。

 ほんま今後とも、みなさんよろしくお願いします。

追記
 TEACCH的な教育をやるならまずPEP、ということでもなさそうです。もちろんありゃあ便利だろうけど。
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個別支援計画(IEP)についての大昔の発言

 保護者がそれこそIEPを作ってこられた、という話も出ました。で

 親「なぜうちの子に掃除をさせてくれないのか」
教師「この子にはまだ人間関係が大切」
 親「そんなこと言ってたらいつまでたってもできない。形からでもはいって欲しい」
教師「・・・・・」

 話をうかがうと、お家では様々な家事活動もやっているとか。
 たぶんTEACCHを勉強されている方と思われました。

 後で個人的にもその先生と少しお話しましたが、何か教師集団がその保護者の意見をうまく受け止められないみたいですね。私が話した先生は「やってもいいんじゃないかな」と思われているようですが、反対はあるみたい。
−−−−−−−−−−−−−−−
トップダウンとボトムアップ

 おっと・・・

> 決して「人間関係ができ、情緒的なつながりができてから掃除をさせる」
>とは考えません。

ここは重要なところです。「人間関係ができ、情緒的なつながりが・・」とは考えません。しかし、どうしたらやってもらいたいことがわかってもらえるだろう、と考え抜きます。

 そして無理強いではなくてわかってもらえる方法を考えます。

 つまり「最初から良い人間関係が作れるよう」な状態で指導しようとします。
posted by kingstone at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

包丁 料理を作る



過去の記事240(危ないクッキング)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 3月1日

※この話は「最近、自閉症のお子さんが料理をしたくてしかたが無い。しかも本物の包丁を使いたがってしかたが無い」という話題からです。

 ○○さん、こんにちは。

 >どうしたらいいんでしょう。

 この場合は(人により場合によりだろうけど、この場合は)本物を危なくないように使えるようにさせたげるのが一番じゃないでしょうか。実際にやる時に練習させたげるわけですね。

 あと、片づけ方も教えておいてあげる、と。

 時間がかかるように見えて結局いちばんおかさんも楽、お子さんも楽しいというふうにできるんじゃないかなあ・・・

追記
 この方のブログでは、今、成長した青年がクッキングを楽しんでいる様子が頻繁に出てきます。
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勝手に余暇活動最終日と研修報告書書き

 kingstoneです。

 いよいよ最終日。C君との2日目。

 やはり2日目でC君が見通しを立てて落ち着いて行動しているのがよくわかります。スーパーにも先々行っちゃった。(スケジュールでまずスーパーで買い物をすることは伝えている)

 で、スーパーに入ってカゴを持ち(ここは指示したと思う)「買い物リスト」を手渡すと彼はどんどん先に立って歩きます。まず肉のところで止まります。

 買い物リストには写真の横に「ブタコマ」と書いてあるけど、特定するのは難しいだろうと買うのを指さしてあげました。それをカゴに入れると次はさっさと「やきそば」のところへ。(これも写真つき)で、黒丸を3つ書いて買う個数を示しているつもりなのですが、ちゃんと3つカゴへ入れてくれました。ペットボトルの飲み物は買い物リストを指さして指示しました。(これは絵だったのではわかりにくいか)

 で、それだけだったら「昨日の行動がこだわりになっただけ」と見えるかもしれません。しかし彼は「キャベツ」のところには行かなかった。

 昨日買ったキャベツが残っていたので今日の買い物リストから外していたのです。つまり彼はリストを見てちゃんと買ってくれたわけね。

 スケジュールを手で持っていては、それを見ながら手を使うことができないので、ウェストポーチからセロテープを出して、C君のウエストポーチにスケジュールをくっつけてみました。

 レジではサイフごと渡すシステムにしようと、カードに即席で絵を描きましたが、わかりにくかったかな(アセ)
 写真だともっとわかってやってくれたかな。

 駅に着くとサイフから1000円札を出しました(えらい!)しかし券売機のところまで来るとなんとカード専用のやつだった(アセ)

 福祉センターの調理室で彼にわかりやすいようにまないたや、包丁・調味料などを並べ終わったら「よっしゃ僕の出番」というようにそれまで座って休憩していたC君がやって来ました(ニコ)

 やっぱり2日連続してやるっての、いいなあ。

 さて、これから研修報告書書きです。
 これを教育委員会が研修と認めてくれるかどうかは問題ですが(笑)

追記
 夏休みなどの長期休業期間にとる「研修(学校に出て来ずに自分の裁量で決められる自宅や別の場所での研修)」についてはそれ以前から市民オンブズマンによって「教師はさぼっているだけではないか」という意見が強くなり、年々報告書の提出がうるさくなって来ていました。

 私はうるさくなる前から1日あたりA4用紙1枚で報告書を書き提出していました。そりゃ自分のためです。

 で、まじに認定講習よりは中身の濃い自主研修を続けてきた自負はありますが。
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いきなりTEACCHを誤解した話(ある地域TEACCH親の会で)

 ハルヤンネさま、こんにちは、○○です。

「TEACCHの誤解と疑問」は、すごく必要な話だと思います。

>  けれども、このお話は、たとえばTEACCHを学んだことがない人、また
> は一回くらい話を聞いた、一冊くらい本を読んだレベルの人が聞いても、ピン
> と来ないと思うんですね。
 
 12月に初めて、「ある地域TEACCH親の会」に参加させていただいた時、実践発表でやたらとチェキ(インスタントカメラ)の写真カードが出てきて、見事に誤解して帰りました。白状すると、帰りにチェキも購入したりしました。「なんか、しっくり行かない感じ」を抱えつつ、(□□さんやハルヤンネさんに)相談しつつ、それなりにスタートしました。わかってない人間の質問に答えるのは、大変だったでしょうね。生活習慣その外、いろんなことを子供が理解出来るように、工夫することが大切で、代償的なコミュニーケーション手段に振り回されることはないと思えるには、少し時間がいりました。援助の仕方が、適切かどうかは、子供が教えてくれましたがね。それなりに、理解しているつもりです。

>  誤解を解くには、「自閉症の障害特性」を自分がどれだけ理解出来ているか
> が必要なのです。
>
>  だから、これだけをホームページにUPすることは、できません。
>
>  まあ、最初から、私は出来る立場でもないけどね。

「TEACCHの誤解と疑問」とか(オプションで)「TEACCHの歩み(例えば、以前、家庭での役割を重視した時代があって…、余暇活動的な楽しみを持てることは、将来的にも大切だ…)」は、時代とともに(先輩の努力と共に)変化してきたんだ」とか、感動しました。誤解してたら、教えて下さい。お願いします。

 先輩の努力とともに、より良い方へ変化しているという話も、もっと詳しく聞きたかったです。
 活動的で、沢山の人の多くの悩みを共に考えてきたハルヤンネさんに、話してもらえたのは、幸せなことなんですよね。有難うございました。

 何が言いたいかというと、大切なことは、何回聞いても見ても、いいんじゃないかと言うことなんです。身の程も考えず、書いてしまいましたが、許して下さいね。

追記
 「以前、家庭での役割を重視した時代があって」の所は、少しまとめ間違いをしてはるかな、と思います。というのは次に「でも今は重視されない」と続きそうになりますから。そんなことは無いと思いますので。今も重視されます。

 たぶん、これは「お手伝い」とか「完璧にできなきゃだめ」みたいなのでびしびし鍛える方向に行っていたのが、「目で見て手順がわかる(これは絵・文字で書かれてたり、具体的な物(包丁・まないた・洗いカゴとかのセッティングとか)」ようにして、「家事活動」「余暇活動」として楽しめることとして大事になってるんだよ、みたいな意味だと思います。
posted by kingstone at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする