2011年02月07日

本当のTEACCH TEACCHは日本では無理?



 今回は私や私の周囲の方に「TEACCHは日本では無理」とか言われた時のものを集めてみました。

過去の記事239(TEACCHは日本では「無理」?1

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 2月28日

 TEACCHは日本では「無理」というようなご意見をいろんな方からお聞きします。

 これってどのレベルで言っているのか、という問題がまずありますね。

 まず「TEACCHは包括的なプログラム(システム)であるから「学校」では無理」というご意見。

 ごもっともです。

 1.大学にあるTEACCH部がコーディネートし、行政と家族や現場をつなぐ。
 2.保護者と療育者が共同治療者として関わる。
 3.TEACCH部のスタッフが保護者や現場の者をコンサルテーションしてくれる。

 いずれも今の日本には無いシステムです。

 でも、「だから無理」というのは違うのではないかな。無ければ作ればいいのではないか。もちろん同じ形ではなく、つぎはぎではあっても、できるところから、気づいた人が始めればいいのではないか。その開始点が学校であってもさらさら困らないし・・・

 他に無理な理由って何だろう・・・・

 後、アメリカ文化と日本文化、学校文化と自閉症文化の対立なんかもあるかもしれない。

 でも・・・もともと学校文化の常識が無い私と、特別支援教育なんて全然知らない新人さんたちとで作って来た今年後半の学年。その取り組みはTEACCHでは無いですけど

・どっかの定期的なコンサルテーションが受けられたわけでは無い。ネットワークではいろいろ教えて頂きましたが
・IEPを作れたわけでは無い。保護者と共同治療者として明確に話し合えたわけでは無い
・行政からの取り立てての支援があったわけでは無い
・その他、いっぱい抜けがある

 しかしTEACCHの考え方を大きく参考にはしています。

 この学年、2年間担当して来たのですが、後半の半年(学年全体でTEACCH的に取り組みを始めた半年)でいろいろなことが大きく変わりました。ある意味でそれまでの1年半がたいへん申し訳ないです。

 で、私自身はもう前の形に戻ることはできないと考えています。

 で、またTEACCHって言うけど・・・もともとTEACCHは指導法に関しては、とにかく取り入れて良さそうなものは何でも取り入れている、という感じはあるしね。

 私にしても、教材については「太田のステージ」の関連からヒントを貰ってるし、コミニュケーションについては今までやってきたAACの考え方から多くを学んでいるし、指導法では応用行動分析の方から教えて頂いたりもしているし・・・で、それらが基本的には矛盾なく「ある」という感じです。

 ま、どんなことでも「無理」と思う、あるいは思いたい方にとっては「無理」なんだし、「できる」と思えば「できる」こともある(時にはできなかったりするけど(笑))ってあたりかな。
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過去の記事242(TEACCHは日本では「無理」?2

 3月4日

 ○○さん、こんにちは。

 まあほんま、○○さんもおっしゃっているようにTEACCHにこだわる必要は全然無いと私も思っています。

 >時間軸の理解と適応が苦手な方達に、具体的な手だてで時間的な流れが
 >伝えられることにより、彼らが「納得」出来ること。
 >それによって生じた子どもの情緒安定→本来の力の発揮。適応性の広がり。
 >療育者の肯定的な子どもへの評価、等など得られる物が沢山ありました。

 これも別にTEACCHの専売特許ではなく、いろんないい実践の中には入ってますよね。例えば別にTEACCHから学んだわけではなくても、いい実践をしようといろいろやっていたら同じようなことをやっていた、って方もたくさんいるような気がします。で、そういう方は「あっTEACCHですね」なんて言われたら怒るかな?(何言うてんねん、俺のオリジナルやわい、みたいに)

 ただTEACCHのすごいところは行政も巻き込んで、またいろいろ試行錯誤して取捨選択していってる、ものすごく組織的にやってる、ってとこかな、って思います。だから学ぶところがたくさんある。

 でも、私もTEACCH、TEACCHと言いすぎると反発くらいそうだし(そう、ではなくくってる(笑))うーーん、どう言っていけばいいのだろう・・悩みます。

 「TEACCHは日本では無理」と言うのはやっぱりおかしいとは思うけど、ひょっとしたら「TEACCHのやり方を私はようしません」というのはありかもしれないな、と今思い出しました。

 私、いろんな療法とりあえずは否定しません。ただ「この療法は私には無理、ようしません」というのはあるもんなあ・・・

追記
 「TEACCHのやり方を私はようしません」ということがあるだろうか?
 TEACCHはソフトなやり方か、ハードなやり方か、って言ったらソフトだし。
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校内の反応

 クラスで「私の思う通りやる」と宣言してやっても、クラスの中だけだったら外からは見えないですね。別に外に向かって「TEACCHでやります」なんてことは言ってなかったし。

 でも、体育館や校外ランニングの待機場所に「勝手に」カード受けを作ったりしてるわけで。学部会や職員会を通しているわけではない。

 でもそれを「駄目」とは言われませんでした。

 いったい何をやっとんやろ、と不思議そうに見ている、という感じかな。
 でもやらせてもらえたのは事実ですね。

 あ、いや、受容的交流方法をお好きな1人の(複数おられた)先生は私に向かって

「TEACCHなんかやっちゃ駄目じゃない!」

とはおっしゃいました。

私はう〜んとうなって、無言だったかな。

 この先生は

「kingstoneさんは、パソコンなんかやるからTEACCHなんてやる」

と周囲にぼやいてはったそうです。(笑)

 若い方にはわからないかもしれませんね。昔はパソコンを使っていると劣った人格だ、みたいな評価をする方は一定数おられました。(ニコ)

 この方、TEACCH嫌いはそのままだったと思うのですけど、まあ私のやってることを見て後年

「TEACCHって、kingstoneさんのやってるのと、別のと2つあるの?」

と質問して下さいました。やっぱり私はう〜んとしか答えようが無かったですけど。
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そのままでいいのさ

 私はTEACCHの勉強をしていて、TEACCHプログラムを参考にして実践しようとする方から「自閉症のあなたは、そのままでいいのですよ。認知の障害があってもいいじゃないですか」というメッセージを受け取ります。(応用行動分析もそうかもしれない)

 これは、例えば「問題行動」があって、それをそのままでいい、ということではありません。ただ「問題行動」を起こすには「状況がわからない」「何をしていいかわからない」などの認知の障害に基づいたあれこれがあり、その認知の障害はそのままでいいんだ、ということですね。

 そして、その認知の障害を抱えたまま生きていくために、支援する物としてカードや具体物やそれらを使ったスケジュールがあったりするわけです。で、それによって「問題行動」が無くなったり減ったりする。

 しかし、やっていてここにひとつの逆説が生じる場合がありそうです。

 それは「そのままでいい」「認知の障害を抱えたままでいい」ということであれこれやっているうちに、例えば周りの状況の受け取りが良くなったり、いろいろな概念が身についたり、認知そのものも良くなったように見える場合が出てくる。なんか、そういうことがありそうだなあ、と思っています。
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 でですね、これって・・・実は例えばロジャース派のカウンセリングなんかでも、同じ構造があるんじゃないかなあ。(ただし対象は自閉症者ではありません。今、ここで書いているのはあくまでも「自閉症的な認知の障害」の無い方の場合に限らせて頂きます)

 つまりね。ロジャース派のカウンセリングは「共感的理解」ということで「今そう感じているあなたはそのままでいいんですよ」というメッセージを相手に伝えるわけですね。(言葉だけとは限りません)

 でその中でクライエントは「成長」し「自立」していく。

 「そのままでいい」とやっているうちに「そのままでなくなる」わけです。

 ここにおいて私にとってTEACCHも、応用行動分析も、ロジャース派のカウンセリングも同じものとなります。
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 さて、ではロジャース派の人の前にクライエントとして自閉症児・者が現れたらどうなるでしょう。

 まずたいていの方は「視覚支援」の勉強などはされていません。
 環境の調整とかいう点について勉強されてる方も少ないとは思います。少なくとも10年程前に私が一生懸命勉強していた頃にはそういうことは話題になりませんでした。環境の調整などはせずにひたすら相手の言葉に耳を傾けるということが重視されていたように思います。(もちろん自閉症の方を対象にはしていない上での話です)

 そこに自閉症の方が現れる。きっとロジャース派の方は様々な違和感を感じられると思います。さて、でロジャース派の方が大事にしていることがあります。それは「今、ここ」の重視です。

 で自閉症の方と向かい合って「今、ここ」を大事にしようとすると、これはもう「視覚支援」とか「構造化」の勉強を始めないわけにはいかないのじゃないか、と思うのですね。

 あるいは、これは私が勉強していた頃もいろんなところに書かれていたのですが「自分よりももっと適切な人がいる、と思ったらそこを紹介する。決して無理に取り込まない」ということの重視もあります。

 つまり相手が自閉症の方だとわかり、自分よりももっと環境の調整など自閉症の方への援助に役立つ方がおられると判断したら迷わずそちらに紹介する、そういうことですね。
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これは私の「願い」の部分が大きく、現実は決してそういうふうに
推移していないかもしれません。

追記
 少なくとも現在のスクールカウンセラーさんの活動の情報を集めてみると「診断」というか「自閉症」とか「アスペルガー症候群」とか「ADHD」とかいうふうに「見る」ことは多いようです。昔はそれすらも否定されることが多かったですから。

 ただ支援の仕方をご存知かどうかはわかりません。
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わかるような、わからんような・・・

 ○○さん、こんにちは。
 ○○さんの発言をいつも楽しみにしています(ニコ)

 >現在のTEACCHの哲学とそれをもとにした実践に十分タレント性を発揮できる
 >人がターゲットです。「魂の無い構造化」を行ったり、「アセスメントなしの絵
 >カード使い」は対象ではありません。

 ってことは私は入らないわけね。(ほっ)

 「魂のある構造化」をし「アセスメントして絵カードなどを使う」をしたいと思っているのですが、結果的には「意味無い構造化」や「とにかくいろいろ使ってみる」レベルでとどまっているなあ、と忸怩たる思いです。

 で、マチートさんの発言を読んでいてsyunさんもどっかで書いてはった肢体不自由児・者への機器利用の話を思い浮かべるところもあります。

 まずは

1.「肢体不自由児のQOLを上げるには教師が自作くらいできなければ」

というのがあり、それに対して

2.「自作してるから広まらないのだ。ちゃんとした商品を購入すれば時間もとられず、より良い実践ができる。またみんなが購入しないから馬鹿高くて買えないものでも、みんなが購入しだすと値段が下がりより広く活用できるようになる」

という意見が出てきて、で現在は

3.「できる限り商品購入。しかし経済的に無理であったり時間的に間に合わない場合は自作」

という流れで来ているかな。でも実はその論争に参加している人は少数であり、多くの人は全然関係なしに機器は利用しないまま来ている、という面もあります。まあそれでも商品として少しずつは広まってきてはいます。10年前に比べれば知識を持つ人が増えては来ていますね。

 しかし、重なる部分と同時に重なっていない部分もありそう・・・

 >考えてみればあたりまえのことなのですが、そんな常識も私はわからなかったわ
 >けです。同様な思いが、新しいTEACCHのバイブルを目にして湧き上がりました。
 >私は、これまでの自閉症あるいは障害児者療育関係の理論や療法よりも、この
 >TEACCHの哲学と方法論はわかりやすく、素晴らしいものだと思います。でも、
 >もっと広く一般的な視点で見たとき、「はたしてどうか?」というのが今回の批
 >判の視点です。

 この「TEACCHの哲学と方法論」と「広く一般的な視点」というのが何か?そこがわかるといいのですが・・・教えて下さる?それとも「そのくらい自分で考えんかい」?(笑)
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TEACCHなんかとてもできないという保護者の方へ

 ○○さん、こんにちは。

 これは○○さんへのレスということではなく、いろんな方への思いです。

 >妻の意見です。本を少しかじりましたが、有効かもしれませんがとてもできそ
 >うにありません。

 きっとそう感じはる方、たくさんおられると思います。
 私も最初本を読んで、いったいこれをどこから手をつけたらええねん、と悩みましたもん。

 私の学年の実践も、いまだ「TEACCHの考え方を取り入れている」というところまではいきません。しかし外から見ていてそう思ってはる人は多いかな。

 でもって現在の私の学年の指導のあれこれをビデオでお見せすると

「こんなに高度なことはとても(私のところでは)できない」

とおっしゃる方もあります。

 しかし、よーく考えたら一番最初は「掃除の時に何をしてもらうかを伝える」ことだけを、しかもかなり試行錯誤してやったんだなあ・・・いや挨拶を紙を見ながらやってもらうところが最初かな・・・

 そしてそのひとつひとつから

「あっ、この子たちは、さぼっているんじゃないんだ。なまけているんじゃないんだ。わからないだけなんだ」

という実感を得て次のことに進んでいく力をもらいました。

 ただ、側で「わっ、こんなことあったよ」というのを一緒に喜んでくれる人がいることは大事かな。私の場合はFEDHAN(障害児教育フォーラム)があり、自分たちで始めた研究会が支えになってくれたわけですが。

 「プロ」に対しては「最低(論文の抜き刷りも含めて)20冊は読んでね」と要求される□□さんも、保護者には要求しない、と明言されてます。で、私自身は教師も、とにかくいろいろやってみることから始めた方がいいんじゃないか、と思っています。で併行して勉強も進めていく・・・

 「ギターを弾くのを学ぶこととTEACCHを学ぶこと」からのツリーに派生した「ギターを弾く」ことへの比喩で言えば、いきなりエリククランプトンは無理でもCを押さえてジャーンと鳴らし「あっ、いい音が出る」と気持ち良くなるところから始めていいのじゃないかなあ。
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TEACCH的な取り組みの紹介原稿を書いた人への回答

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > どうですか? 誤解なく伝わるかなぁ。

 まあ、誤解なく、ってのは何につけ無理なんだろうな、と思っています。
 でも○○さんなら質疑応答の中でかなりきちんとしたイメージを伝えはるだろうとは思っています。

 ○○さんの原稿を印刷して読み、想定問答してみました。

 > この自閉症治療教育プロクラムは、自閉症の障害の程度、本人の能力を検査
 >するところから、始まり、具体的な対策の検討を経て、実施へとつながる。手

Q.検査しないとできないの(それじゃ私のとこではできないなあ)

A.
 できればいろいろなちゃんとした検査(PEP-Rとか新版K式とか)をやったほうがいいのは事実ですが、毎日の授業そのものが検査(アセスメント)である、と考えることもできます。

 その時、うまくいかなかったところ、うまくいったところは何故かと考えます。うまくいかなっかのは、どう理解してもらえなかったのか、考え、どんな援助(視覚的なものとか)をしたらやってもらえるかを考えます。あるいは、今できているとこを組み合わせてうまくできるようにならないか、とか。

 そういった日々の授業や暮らしの中で得られたものを応用していくなら立派にTEACCH的取り組みと言えます。(ほんまかなあ・・そう言っていいのかな(笑))


 >手法は自閉症の人が視覚優位であることを有効に生かすことを主としている。

Q.あっ、じゃあうちの子は関係ないですね。言葉もわかっているし、おしゃべりもできるし。

A.
 しゃべりまくる自閉症の方でも、音声言語のみ(指さしや身ぶりをつけない)で指示してみると意外に「わかっていない」ということが確認できたりします。

 よく調べてみることが必要です。また確かに音声言語で指示が通っていても、実はその人のすごく苦手なところをフルに活用して理解してもらっている場合があり、その方にすごくストレスをかけている場合があります。できればより楽に理解できる方法も併用してみてはどうかと思います。


 > 「名前を聞くだけでアレルギーを起こす」人や
 >「懐疑的考えを持つ」人もいないわけではないので、そう
 >いう所に気を使っています。

 これね・・・どうすりゃいいんだ・・・
 ほんま私も気をつかっていますけど。

 先日の地域の先生の原稿もいろんな派の人が変なところで怒り出さないよう、削ってもらった言葉があったり、「説明の時、そんなこと言ってはダメよ」とかお願いしたところもあります。
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TEACCHに取り組むには学校全体を変えないといけないから無理?

 kingstoneです。

 ある方がある方にこう言ったそうな。

「TEACCHに本気で取り組もうと思ったら学校全体を変えないといけないから無理。」

 この方、すごくよく勉強もしている方です。私が言うとしたら

・小さいところから、ちょっとしたところからでも取り組めます。
・学校全体を変えたらええやん。

 まあこの方が「賢く」て私が「あほ」なだけかもしれません。
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TEACCHに取り組むには学校全体を変えないといけないから無理?2

 ○○です。(特別支援学級教師)

>「TEACCHに本気で取り組もうと思ったら学校全体を変えないと
> いけないから無理。」

 中国の古い話でもそんなんあったような。
 賢くなり過ぎると、先が見えて(あきらめて・予想される結果に失望して)かえってしようとしなくなる。けれども、そこまで賢くないなら、なんでも(できそうだと)挑戦していってしまう。そして、やってみるとやってる内に道が開けることも多いから、必ずしも、それが皆失敗するとは限らない。だからそういった人の方が、新しいことや難しいことをやり遂げることもある・・と思う。

 関係ないけど、市の特別支援教育研究会で「光とともに…」30冊ぐらい売れたなぁ。
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 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 いかんですね。
 本当に「あほでよし」と思えていたら、ああいう書き方にはならないのかも。ま、でも私は私・・・・

 部屋の壁に貼った「Think Different」の紙
(クレージーな人たちがいる。
 反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。
 ・・・・ってやつ)

 だいぶ黄ばんできました。

追記
 「Think Different」はMachintoshのCMに使われたコピー(詩)
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「TEACCHは日本ではできません」も「TEACCHして下さい」もどっちも変

 私の「「TEACCHはやりません」と学校から言われた話」というつぶやきから端を発したらしいやりとりです。私は「激しい」言葉を使っている場面もありますが、おおいに楽しんでました。

posted by kingstone at 12:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月06日

ボール・バスケット 心の理論





 「心の理論(Theory of Mind)」について。この実験については「自閉症の人が他人がどう考えているのかを想像するのがむつかしい」ということを理解するのにいい理論だなあ、と思っていましたが、厳密にはいろんなご意見があるみたい。でも実践する時には「細かいとこは置いといて、役に立つじゃん」と思ってましたが。

 Wikipediaの「心の理論」のページからの課題の引用。

サリーとアン課題
  サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいました。
  サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
  サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移しました。
  サリーが部屋に戻ってきました。
 「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」と被験者に質問する。
  正解は「かごの中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える。

スマーティ課題
  前もって被験者から見えない所で、お菓子の箱の中に鉛筆を入れておく。
  お菓子の箱を被験者に見せ、何が入っているか質問する。
  お菓子の箱を開けてみると、中には鉛筆が入っている。
  お菓子の箱を閉じる。
 「この箱をAさん(この場にいない人)に見せたら、何が入っていると言うと思う?」と質問する。
  正解は「お菓子」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「鉛筆」と答える。


 で、この課題ができるかどうか、どれだけの割合で通過できるか、という実験をし、自閉症の人の年齢別の通過率が低かった、というものです。

 ところで、この名前に「心の理論」とついてるもんだから、「ってことは何かい。お前は自閉症の人には『心』が無い、とでもお言いかい」というふうに怒り出す人がいて・・・それって全然違う話やん、というものですが。
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過去の記事236(青年期・成人期の自閉症-その理解と援助-2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 2月28日

 今、門眞一郎さんの書かれた第1章「自閉症の理解」を読みました。

 わかりやすくていいです。

 で一部の引用は著者も困るかもしれないですけど、「そうだよなあ」とむちゃ共感したところがあるので引用させて頂きます。

まずP7の「対人関係の障害と<心の理論>」のところで

「心の理論というのはどういうものかと言うと、<心の理論>というのも変な言葉ですけど、要するに相手の心を読むということなんですね、相手の心を読む力のことです。相手が考えていることや感じていることを推測する力が、自閉症の、特に子どもには乏しい、あるいはそういう力の発達が障害されているということが言われるようになりました。」

とあって次のP8の「自閉症の人との相互理解を進めるために」のところで

「さて、ここでちょっと触れておきたいのですが、今日の話は自閉症の人との相互理解を進めるための話です。自閉症の人には心の理論がない、あるいは乏しい、つまり、まわりの人の気持ちや感情を読むことが難しいとすれば、そういう特徴を持っている自閉症の人の心を読む力というのが、私たちにないといけないわけですね。「自閉症の人には心の理論があまり発達していない」ということを理解する<心の理論>、それが私たちに必要だということです。」

 なんかすごーく納得です。

 つまり自閉症の方の気持ちや感情を読むことができないとすれば、それはこちらが自閉症の方に対して「自閉症」になっている、と言ってもいいのではないか、という感想を持ちました。その状態でこちらの文化を一方的に押しつけてはいかんわなあ。

 で、そういうふうに自閉症の方を理解しようという態度は、ひょっとするとネット上でどうも文章が他人に巻き起こす感情の読みとりの苦手な方をも理解しようとする態度につながんないかなあ・・・


PS.つけたし

 もひとつここで共感するのは、例えば「自閉症の人には心の理論があまり発達していない」で納得して、でそれでおしまい、の人って結構多いような気がするんですよね。その次に当然来るべき「じゃあ相互理解はどうするのか」そこに至ってくれないのじゃ嫌です。
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大学生が見学に来たことなど

 kingstoneです。

 今日、○○教育大の方が見学に来られました。
 なんか心の理論などを研究してはる教授だか助教授だかのゼミに入っていて、でも自閉症の方と触れ合った経験が無い(!)、というので一度見学させて下さい、とのことでした。

 実は昨年、観察実習に来た実習生の方(別れの挨拶を絵で描いて下さった方。私のホームページに絵があります)と友達で自閉症のことが話題になった時に「そーいやこんな先生がおるで」と私のことを教えて貰ったそうです。

 C君について頂きました。クラスが違うので私はよくはわかりませんでしたが、C君、ルンルンだったようです。

 帰り、職員会があるのであまりゆっくりはお話できませんでしたが、少しだけ質疑応答をし、研究会とれもんの書類をお渡ししました。

 そしたらにこにこしながら「是非参加させて下さい」だって(ニコ)

 嬉しいっす。

 それからうちの学校の近所に□□園という成人授産施設があります。
 そこの方に研究会の案内を渡しておきました。指導員さん2名参加するつもりが、1名の方は風邪で行けなかったとか。でも残りの1名の方が「とてもよくわかった」という感想を述べて下さったそうです。
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超有名大学の超有名教授がやって来た

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。
 
※最近のエントリーの流れからするとさらに昔になります。

 kingstoneです。

 今日は、うーーんと・・・地域の特別支援教育初任者研修というやつでした。私の学校の教師は開催校なので全員出席。そこで超有名大学の自閉症研究で有名な超有名教授の講演がありました。

 「自閉性障害のある子どもたちとのかかわりについて」

 はーーー、ためいき。

 まず「私に具体的対処法などが聞けると思う方はあきらめて下さい」とおっしゃり、まあ何というかいわゆる何をするにしても基盤となる考え方を教えて下さった、と思ったらいいのかな。

 教師はその「具体的」部分で苦しんでいると思うのだけど。

 例えば「子どもに能力が欠けている、という考え方ではいけない」ってのは「そこで教師なり親なりが対応を考えなくなり、反復の訓練で身につけさせようとしかしなくなるから」ということだそうです。

 しかし「子どもに(ある部分の)能力が欠けているから、そこの部分はあまり使わず、得意な部分で関わりをつけていく」ということなら「欠けている」と考えてもいいわけだと私は思いました。

 それから「脳に障害がある」という考え方は親がその時点で自分で何かをすることを放棄してしまうから駄目、ということも言ってはりましたねえ・・・。でも「障害がある」だから「どうしたらいいか考えよう」って考え方がいいのではないかと私は思いましたが。

 たとえばこの超有名教授の場合は「自閉症」と(医者も)親に言ってはいけない、という考えです。

   追記
    もう、今はそんな考えは特別支援教育界にはなくなっていると思います。
   この講演の当時も、もう古い考えになってきていたのではないかと思います。

 ただ後では「健常児と同じ枠組みで考えてはいけない」「教師の(つまりは今までの学校文化)の枠組みで考えてはいけない」とか言ってはるから、つっこみは入れませんでした。

 で、○○さんと親しくつきあい、お互いに影響を与えあっている、というのをたいへん嬉しそうに語ってはりました。単なる学者は実践しないが、彼は母子に関わるという実践をやっていて母子関係の改善でたいへん効果をあげている、とのこと。

 単なる学者・・・これはあなたのことですか?

 ・・・・・○○さんは昨年の地域の講演で「自閉症が認知の障害だあ。そんな馬鹿なことはあるはずがない!!」と吐き捨てるように言って下さったよなあ・・・・。

 で、最後に「私の考えの対極に、反復して訓練するというような考え方があり、私もよく喧嘩しています。しかしまあそうお考えの方は煮詰まるまでやれば良い」というようなことをおっしゃってました。

 たぶんその「反復して訓練する」の中に応用行動分析やTEACCHを入れてはるのだろうなあ、と思いつつ、はっきりとは言わないからこっちもつっこみは入れませんでしたが。

 で、応用行動分析にしろTEACCHにしろ「反復して訓練する」というイメージとは違うよなあ、と思っていました。

 具体的な対応というかエピソードは、最初に宣言された通りほとんどありませんでしたが、終わり頃にひとつのエピソードを話されました。

 ある施設の施設長さんの部屋を訪問した。二人にお茶が出された。自閉症の人が入って来てお茶を取り、口に含み施設長さんと超有名教授にプーッとお茶を吹きかけた。施設長と超有名教授はにこにこしていた。

 ・・・それって語るべき「素晴らしいエピソード」なのか・・・

 で・・・びっくりしたのが質疑応答の時間に手が複数上がって「今まで実践で行き詰まっていました。先生のお話を聞いて癒され元気が出て来ました。また実践に取り組めます」「感動しました」という感想が出ていました。質問は無し。私は・・・困ったもんだ、と思って聞いていました。

 そういや「パニックも、おそれるからいけない。どーんと構えていれば、無くならないまでもずいぶんパニックは減るのだ」とも・・・

 いや、もちろん「どーんと構える」は大事なんですけどね、パニックになるのは何故かを考えて起こさなくていい環境を作っていかなきゃ。

 昨年、今年と見ていて要するに地域の特別支援教育担当者のえらいさんの主流はそっちなわけですね。ためいき。

 現場で苦しんでいる先生のことをどう考えているのかなあ。

 実は今日の研修に参加するために別の小学校の特別支援学級の先生も来られていて、先日「自閉症のひとたちへの援助システム」を買って頂いた先生も来られていました。

 その先生、ひたすらパズルをしつづける自閉症のお子さんとどうかかわっていいか困ってはったのです。で、「〜援助システム」を見て、教材を工夫してみたら、いろいろ子どもがのってきてくれた、という報告を頂きました。

 またそのお隣に座ってはった先生は、パニックばかり起こしているお子さんとどう関わっていいかわからず、ひたすら体力で勝負できるようによく眠りがんばってきていた、という先生なのですが、たしか全情研でTEACCHでの関わり方を知り、絵カードで「着替え」などを伝えたところ、今までのパニックが嘘みたいなさっさとやりだした、という先生です。

 私は身の回りで小さくいろいろ積み上げていくしかないよな、と思います。

 現場に役に立たない講演ばかりするなよなあ>教育委員会

 でも・・・ほんま「感動した」「元気を貰えた」という声が多い・・。

 私も自閉症児の保護者の□□さんに罵倒されるくらいには「力動派」ではあるのですが、この現状は困ると思う。

超有名大学の超有名教授がやって来た2
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追記
 ひょっとしたら、はるか大昔にあちこちで(?私自身は私の周囲しかわからないのですが)「威嚇と暴力」や「無理矢理やらせる」などの指導が充ち満ちていた時に、一定の役割を果たしはった可能性はあるかもな、とは思います。
 この方が、この講演で「心の理論は間違いです」と断言してはりました。
 後日、本屋さんで御著書を立ち読みしてみました。分厚い立派な本でした。自閉症についてあれこれ思索してはりました。もちろん買いませんでした。

植芝盛平翁と出口王仁三郎師から特別支援教育教師と超有名教授へ




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心理学で何がわかるか 村上宣寛著

 図書館で借りて来ました。


 科学的心理学のちょっとした入門書かな?実験心理学とはどう違うのだろう?

 方法としては「観察」「調査」「実験」となる。

「調査」例を挙げると

  ・面接調査(コスト高)
  ・配票(留め置き)調査(国勢調査みたいなの・コスト高)
  ・郵送調査
  ・託送調査(町内会などに委託)
  ・集合調査(一定の場所に集まった人を対象とする・どんな人を集まるかによる)
  ・電話調査(至難の技)
  ・インターネット調査(低コストだが偏りが出がち)

 なるほど。私の知ってる特別支援教育関係で内地留学をした人、調査の結果をまとめて論文にする人が多かったけど、実践の役に立ってるような人、あまり見かけなかったなあ。また調査については下記のエントリに出てきたような例もありますねえ。

アフガン農業支援奮闘記

 EBM(根拠に基づく医療)についても触れられていて、エビデンス(科学的根拠)のレベルとして

レベル1 ランダム化比較試験のシステマティックなレビュー(メタ分析)、盲検法的な手法によるランダム化比較試験、ある治療法の導入前は全員死亡したが導入後は全員が助かったという感度の高い症例の累積研究
レベル2 コーホート研究のシステマティックなレビュー(メタ分析)、追跡率80%以上のコーホート研究、死亡率や罹患率など明確な尺度による研究
レベル3 均質な症例対照研究によるシステマティックなレビュー、重要な尺度について盲検的で客観的な比較を行った症例対照研究
レベル4 症例集積研究、質の低いコーホート研究や症例比較研究、明示的な批判的吟味を欠いた専門家の意見

ということだそうです。

「EBMでは、単なる症例研究や、専門家の意見は、エビデンス性では最下位に位置づけられていることに注意しておきたい。一人ひとりの医師の経験の範囲は限定的であり、科学的根拠としては不十分だからである。」

 で、例として挙げられているのが百ます計算の陰山さんの山口県山陽小野田市での取り組みの例。

 早寝早起き朝ご飯と読み書き計算の反復を全校3700名の児童に実施し、9ケ月で平均の知能指数が102から111へ上昇した、という例。

 これは貴重な調査ではあるけれど、

・知能テストを2度実施すると、記憶や練習効果の関係で得点は上昇する傾向がある。

とかいくつかの得点上昇の要因があり、また実験群・統制群を分けていないというような点からエビデンスレベルは4(最低)になってしまうんだとか。

 う〜ん、私が思うに「効果」というのは「学校に来るのが楽しい」「授業がわかる」とかの点で計られるべきで知能検査で計られるようなものでは無いのじゃないかなあ、という気がします。陰山さんもいつもその点を強調されていたし。

 ホーソン効果(労働条件よりやる気が大事みたいなの)については論争があり、存在していないかもしれないとか。

 「心理学では統計を使う」というところで「記述統計」「統計的検定」「相関と回帰」「因子分析と共分散構造分析」「その他の多変量解析」と出てきますが・・・私、これで大学のゼミ落っこちたんです・・・いやまじめに勉強しようと思ったのに大学の図書館に蜷川虎三の統計の本しか無くて。ひどいと思いませんか?あれは全然役に立ちません。

 で、上の語句をWikipedia等で調べてみましたが、さっぱりわかりません。

 相関関係は因果関係ではない、というのはよくわかります。

 調査データからは因果関係は解明されないというのが常識だそうですが、共分散構造分析というのをするとある程度はできるそうな。

第2章 人柄は遺伝で決まるか

「発達という言葉も誤解を招く。日常用語では発達は幼児や子供が成熟する意味である。しかし心理学では人が生まれてから死ぬまでの変化がすべて発達である。つまり、どんどん賢くなっていくのは発達だが、老化して痴呆化してしまうのも発達である。」

 それは知らなかった。河合隼雄さんが「老化も成長である」みたいなことは、どこかに書いておられたと思うけれど。

 発達研究には3つの方法がある。

横断的方法 ある時点で、いくつかの年齢集団のデータを採り、比較する。単純、分かりやすい、コスト低

縦断的方法 ある特定の集団を5年、10年、20年と追跡して調査し、比較する。研究に何十年もかかる。

コーホート研究 いくつかの年齢集団を、何年かに渡って追跡的に調査研究する。研究規模が大きくなる。

 方法論的にすぐれているのは、縦断的研究とコーホート研究。しかしコストがかかるのでなかなかできない。

「行動遺伝学の研究によれば、共有環境(家庭環境)の影響力はたかだか10%程度である。その中で、子育ての影響力が占める割合は数%であろう。極端な育児態度、たとえば、子供の虐待、子供の遺棄等がなければ、母親の育児態度が子供の性格に大きな影響を与えるとは思えない。
 ハリスは『子育ての大誤解』という本で、愛情をこめて抱きしめると優しい子供になり、寝る前に本を読み聞かせると勉強好きの子供になる、一人でベッドに寝かせると独立心が養われる、体罰を加えると攻撃的な子供になるなどは、すべて間違いであると断定し、このような考え方を『子育て神話』と名付けた。この本はどこまで正しいのだろうか。」

 で、いくつかの育児態度と子供の否定的な情動の関係の研究をメタ分析したところ、親の年齢、社会的経済的地位の方が関連が深そうで、でも測定方法の問題もあり、よくわからんというところかな。

「『子育ての大誤解』は、育児態度の影響力をゼロであると、センセーショナルな話題作りをした。主張はやや極端にしても、基本的には肯定せざるを得ない。ほとんどの研究は、子育てが非常に小さな影響しかないことを示している。」

 なるほど。私の興味関心のある自閉症やアスペルガー症候群も子育ての仕方でなるわけではないし。しかし、もちろん自閉症やアスペルガー症候群の人は、育て方(「見てわかる物を用意する」「表現できるようにする」「選択をできるようにする」等)を間違えると、本人がたいへんつらい目をするようになる、というのはあると思いますが。

第3章 人間は賢いか

「身近な動物、猫を見ると、脳重量はたったの25グラムだが、総ニューロン数は3億もある。犬の脳重量は猫の2〜3倍だが、ニューロン数は1億6千万と猫の半分である。」

 へえ。ちなみに人間の脳は重量1.2〜1.5kgニューロン数115億。

 100年ほど前のドイツの賢い馬クレバー・ハンス

 この「はい」「いいえ」を答え、物の数を数え、計算もできる馬の話は聞いたことがありました。学者が2回に渡って調査したが、トリックは否定されたとか。そしてようやく3回目に実験的・科学的研究を行い、質問者のすごく微妙な動きで正解を当てていたことが実証されます。ある意味でやはりものすごく賢い馬だったわけです。

 類人猿(チンパンジー)に「言語」とか手話とかを教える試み。1960年代から1970年代にかけてブームになったとか。手話もあればプラスチック板に単語を書いた物を並べる方法とか、いくつかの「言葉」が獲得できた例がありました。しかしアンダーソンが批判したとか。私の読み取り間違いかもしれませんが、「音声との関連づけがない」「表現がいろいろ応用できること」などが無いから認められないと。

 う〜ん、しかし障害児教育をしていると、上記のようなことが無くても十分実用的な「言葉」と認めていいことがあるけどなあ。

 しかし、京大霊長類研究所のアイは音声はわからないですが、十分に応用のきく「言葉」を教育によって獲得しました。

 「心の理論」について。

 この言葉、「心がある、無い」についての理論と勘違いする方がおられますが、「『他人がこう考えているだろう』ことを正確に想像することができる能力があるかどうか」についての理論です。これについてはいろいろな説があり

「『心の理論』自体が詳しく解明された訳ではない。内容は曖昧で事後説明的な印象を受ける。」と書かれています。

 ふ〜む。私など、「自閉症の人には『心の理論』がわからない、あるいはわかりにくい」という説明に納得していたのですが、そういうものではないのか?

第4章 意識の謎

 著者の死にかけた時のエピソードが書かれています。

 
 リベットの実験。
 脳に直接電気刺激を与えた時、それを感覚として感じるのは、その強さでもなく周波数でもなく継続時間の問題であった。それは500m秒。つまり我々の意識は外界の客観的出来事で最小で500m秒遅れている。

 500m秒ってのは長いなあ。0.5秒ですから。で次のような実験も。

「決められた信号が現れると即座にボタンを押すという課題の反応時間は、通常200m〜300m秒である。被験者に、意図的に100m秒(本にはmが書かれていませんが誤植と思われます)引き延ばしてボタンを押すように教示しても、誰も指示通りにはできなかった。反応時間は600m〜800m秒で、意識化に必要な約500m秒の遅れが含まれてしまった。」

 しかし、即ボタンを押すのは200m〜300m秒でできるわけです。また車の運転をしていて子供の飛び出しがあり、危険だ、と判断した時は100〜200m秒でブレーキを踏みます。野球のバッティングも認識して500m秒かかっていてはボールを打てません。そういう意識化せずにできる脳のシステムをゾンビ・システムと言うそうです。この言葉を聞いた時はゾンビが何で出てくるんだ、と思っていましたが、「意識しない」から、ということのようです。

「人間の側頭葉内側部のニューロンは非常に選択性が強く、特定の有名人や特定の知人のみに反応する。いわゆる『おばあさん』細胞が発見された場所である。」おばあさん細胞!!


†自由意志は幻想か

 現在、科学では自由意志には否定的な意見が多い、という話を聞いたことがありました。以下の実験もそのうちの大きな物であるようです。

「自由意志とは、人間の行為は外的要因ではなく、意志によって選択した結果であるという哲学的概念である。自由意志が存在するので、自分の行為にはモラルや責任が生じる。ゾンビにモラルや責任がないのも、自由意志がないからである。しかし、自由意志の存在は確実なのだろうか。何世紀にも渡って哲学的議論が繰り返されたが、リベットは単純な神経心理学的実験で、この議論に風穴を開けた。」

 被験者は光の点が回る文字盤を見て、いつでも自分で思った時(W)に腕を曲げる。脳には電極を刺しておき、脳の活性の時点(RP)を調べる。あらかじめ「曲げよう」と思っていた場合をRP1、思いついての場合をRP2とする。腕を曲げるのは筋電図で調べる。

 結果

曲げる予定をした時の脳活性RP1 1000m秒前
   思いつきの時の脳活性RP2  500m秒前
            意志W  200m秒前
   行為の主観的タイミングS  50m秒前  
            行為

「結局、動かそうとする意志は行為を引き起こしていない。無意識的なゾンビ・システムが行為を引き起こしていた。そうすると、自由意志という哲学的概念の根本が崩れ去ってしまう。」

 う〜ん、そうなのだろうか。この実験は「意志を意識する前に脳が活性化している」ということを表しているだけなんじゃないか?これで「自由意志は無い」は言えないのじゃないか。また「身体の運動」限定かもしれないし。

 例えば田中正造さんは不動産売買で大儲けをした。そのお金で東京に出て悠々自適の生活をすることもできただろう。しかし足尾銅山の鉱害問題に奔走する道を選んだ。これは自由意志では無いのか?

 もちろん「一人で考えた」と思っていても、それは周囲(環境)からの刺激がたくさん入っていて、どこからどこまでが「自分の意志」かはわからない部分があるだろうけれど。

 コッホの「政策決定者要約仮説」
「外界から入力された膨大な情報をコンパクトに要約して、さまざまな可能性を検討し、行動の決断をする必要がある。この判断に必要な時間だけ情報の要約が維持される。知覚処理と行動計画の間に意識が生じる。意識は単なる随伴現象ではない。ゾンビ・システムが特殊用途に限定されたリアル・タイム・システムだとすると、意識は汎用の問題解決システムである。特殊なリアル・タイム・システムと汎用の問題解決システムの両方を兼ね備えた生物の方が適用能力に富み、自然淘汰の結果、生き残ったと考えられる。」

「ウェグナーは2002年の『自由意志の幻想』という書籍で、リベットの実験を紹介し、意識を伴った意志は、行為などに先立つ脳活動の結果に過ぎないという。」

 ??それでいいんじゃね?その脳活動を含めて自由意志じゃないか?

「ウェグナーは意志を、行為との因果関係が科学的に確かめられた経験的意志と、個人が報告した意志という経験である現象的意志に分けるべきだという。」

で例を出すわけですが、

「他人の手症候群は、神経心理学的な障害で、片方の手が、自分自身の意志を持っているかのように、自動的に動作する状態を指す」

 これは頭の意識は現象的意志で、動かしていないと思っている。しかし脳からは指示が出ていて動くから経験的意志になるということか。

 自動書記(こっくりさん)も「動かしていない」という現象的意志と「動く」という経験的意志。

 これらはゾンビ・システムってことでいいんじゃないかな。で、自由意志としては別の汎用の問題解決システムがある、と。


 ファシリティテッド・コミュニケーショ(FC)ンについて

 ファシリテーター(支援者)がコミュニケーター(障害者)の手首を持つなどの援助をして字を書いたり、キーボードを打ったり、文字盤を指さしたりしてコミュニケーションをとろう、という方法ですね。

 ウェグナーとフラの実験。

「参加者は、FCが、発達障害児や自閉症児との意思伝達を図る手段として、広く普及していること、実験の目的は、正常な人がどの程度、他人の筋肉の動きを読めるかを調べることであると教示される。
 ファシリテーターには次のような教示を与える。

『はい』と『いいえ』のキーに人差し指と中指を乗せて下さい。(図では「D」と「G」)ファシリテーターは、問題をよく聞いて、自分で回答するのではなく、コミュニケーターの無意識の筋肉の動きを読んで、コミュニケーターが回答するはずのキーを押して下さい。・・・筋肉の動きが読めないという人が多いのも事実ですが、可能な限りコミュニケーターの回答を推論して下さい。・・・

 一方コミュニケーターには次のような教示を与える。

 問題を聞いても、決してキーを押さないで下さい。・・・ファシリテーターの仕事は、あなたが押したいキーを感じ取って押すのが仕事です。・・・

(コミュニケーターはファシリテーターの上から人差し指と中指を重ねる。指同士がくっつき、それで動きを察知するという設定。2人分のヘッドフォンが用意してあり、ファシリテーター用からは問題が出題される。しかしコミュニケーター用は問題は出ない。)

 正答率は、易しい問題では0.87、難しい問題で0.60と、統計的に有意差があった。コミュニケーターには問題が提示されていないので、正答率は0.50になるはずである。ファシリテーターが回答していたことは間違いがなかった。ところが、ファシリテーターは、コミュニケーターの筋肉の動きを読んでいると思っていた。
 コミュニケーターの筋肉の動きが回答に影響を与えたと思う比率は、FCの有効性を信じ込ませた条件では0.41、疑問を抱かせた条件では0.24と、有意差があり、信念の違いが影響していた。また身体接触しない条件を導入すると、その比率は0.43から0.32に低下したが、それでも0にはならなかった。(「この身体接触しない条件」というのは私にはよくわかりません。指を離して『気』だけで動かす、という設定でやったのか?)
 ファシリテーターは、自分で考えて指を動かしているのに、それをコミュニケーターが動かしていると信じてしまった。」

 この実験でわかるのは「自分で考えていることを、他人が考えたと間違う」ということですね。

 後ろに出てくる「偽りの記憶」も同じこと。これは教会に来た若い女性をカウンセリングしていると、幼少時に父親に性的虐待をされ妊娠しハンガーで堕胎させられた、と記憶を語り、それが外へ出て父親は仕事をやめなくてはならなくなった。しかし調べると女性は処女だった。女性はカウンセラーを告発し100万ドルで和解した、というもの。

 私がカウンセリングの勉強を始めた頃、厳しく言われたのは「それはあなたの思いですか?相手の思いですか?」ということ。ここは下手をするとぐちゃぐちゃになります。ついつい自分に都合のいいように受け取ってしまいます。そうしないようにするために訓練が必要になる、と私は考えていますが。

 障害のある人の腕を持ってコミュニケーションを支援することについては過去にこんなものも書いています。

支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーション1
支援者が障害のある人の手を持ってするコミュニケーション2
自閉症の言語の発達とAACについて

†身体から離脱する

「脳損傷の患者では、身体全体の所有感が損なわれることがある。その場合、自分の現実の身体が別の場所にあるように感じる。その場所や症状により、自己幻視、分身幻視、体外離脱に分けられる。」

 臨死体験の時の幽体離脱は体外離脱ですね。分身幻視というのはドッペルゲンガーってやつか。それぞれ脳の部位が特定されているそうです。

第6章 人と人との間で

 他人が「わかる」こと、協調することなどに触れられた章。

 アッシュの性格特性の形容詞を読み上げその人の印象を書いてもらう実験。

 被験者は大学生。いろいろな単語の中で「温かい」「冷たい」が大きな影響があった。

 ウィリアムズの性格を記述する形容詞の何を重視するかの実験。

 被験者は大学生。「外向性」「協調性」が重視された。
 被験者が大学職員になると「良識性」が重視された。
 心理学の入門コースの学生だと「協調性」が重視された。

 ここで言う外向性は社交性があるとかいう意味かな?しかしアメリカでも協調性が重視されるということは、自閉症やアスペルガー症候群の人はちょっとつらいかなあ。

†判断は好意的な方向に歪む
†なぜ人を好きになるのか

「人は必要以上に好意的な関係を持とうとするらしい。(略)心理学の研究テーマですら、好意的な方向にバイアスがかかっている。」

 これは生き抜いていくための知恵でしょうね。

「タイラーらは嘘をつきが嫌われることを実験的に検証した。」

好意の返報性

 好きだと思う人から好かれ、嫌いだと思う人から嫌われる、というのですね。

「ヴァケラらは、大規模な社会調査を行って、この理論を検証した。調査対象は高校80校で、アメリカ全体からランダム・サンプリングされた。被験者総数は9万人に及んでいる。」

 結果は人種によって大きな差があります。しかし「アメリカの・・・」というところがポイントだろうな。それぞれの人種の国で調査したらどうだろうか?人種の国と言っても、白人の返報性は64%でネイティブ・アメリカンの返報性は1%。ふ〜む、どう考えたらいいんだろう。ネイティブ・アメリカンは好かれても好きと思わない??う〜ん。

†集団の圧力に屈する

 1951年。アッシュの集団での同調性の実験。
 被験者がたくさんいるように見せかけて実は被験者は1人で他はサクラ。で、みんなが間違ったことを言うと被験者は同調したり黙り込んでしまう。


 ミルグラム(アッシュの助手)の実験。(アイヒマン実験)
 回答を間違えた人(サクラ)に被験者が電気ショックを与える(実は電気ショックは無い)実験。

「40名の被験者のうち、26名は、単に実験者が命令しただけで、450ボルトの致死的水準のショックを学習者に与え続けた。もちろん被験者達はいらだち、ためらってはいた。」

 私が異動した時の、大昔の知的障害特別支援学校を思い出してしまう・・・

「このミルグラムの実験は人を被験者として研究する場合の倫理問題も浮き彫りにした。事後説明を受けたとはいえ、かなりの被験者は傷ついたからである。また、この実験は心理学の教科書ではしばしば無視される。それはミルグラムの実験があまりにも衝撃的で、既存の学説との整合性がとりにくいからである。」

 へえ。すごくわかりやすい実験だと思うがなあ。

第7章 異常な世界へ

 前半では日本の臨床心理(士?)がボロクソです。まあ、でも「嘘」は書いてないか・・・

 後半はうつの治療について。

治療法の種類

・薬物療法
・電気ショック療法(うつ病がひどい時に効果)
・経頭磁気刺激法(エビデンスは少ない)
・心理療法(うつ病に効果があるのは、認知行動療法と対人関係療法。薬物療法よりも治療成績がよく、再発も少ない)
・運動療法(有酸素運動を行うと、ニューロンの新生が盛んになり、うつ病が治療される。副作用はなく、薬物療法よりも治療成績がよく、再発も少ない。)

 この説明は、エビデンスに基づいて書かれているのだと思います。

 私は認知行動療法についてはわかりません。対人関係療法については「拒食症・過食症を対人関係療法で治す 水島広子著」を読んだだけですが、考え方を変えていく、ということでよく理解できた気はします。


†心理療法と薬物療法はどちらが優れているか

「イメルらは、1131の文献を調べ、ランダム化比較試験による研究で、効果量が入手できる28研究(3381名)に絞ってメタ分析を行った。(2008年)対象は、ヨーロッパ、アメリカの中年女性で、ほとんどは大うつ病エピソードと診断され、薬物療法や心理療法を受けた患者である。まず、心理療法と薬物療法の効果量には差がなかった。つまり、どちらの治療法でも結果はほとんど同じであった。薬物療法は重症のうつ病に効果があると信じられているが、軽症の場合の方が効果があった。しかし、フォローアップ期間が長くなると、心理療法のほうが優れていたし、今までのメタ分析の結果と一致していた。」

 この心理療法が何を指すのかがわかりませんが、認知行動療法とか対人関係療法とかになるのかな?

 実際薬「だけ」では治らない、というのは実感として思っています。考え方というか、価値観というか、そこを変えないといけないし、運動も大切だし(って、ひどい時はそれができないんですが)。

 で、最後に著者は、自殺者の人口あたりの多さや、自殺予備軍やうつ病患者全体の人(すごくたくさん)のために「どこに向かえばいいか、明らかだろう」と書かれています。話の流れからして、臨床に携わる心理関係者がエビデンスに基づいて認知行動療法や対人関係療法ができるようにしなさい、ってことなのかな?

 確かに昔のカウンセラー(臨床心理士はどうなんだろう?)は、個人の話を聞いて洞察を待つ、という感じだったけど、自閉症の人やアスペルガー症候群の人とつきあってみて、コミュニケーションの方法を考えたり、環境を整えたり(これは昔はタブー視されていた。あくまでも個人の内面に関わろうとするので)することの大切さは感じました。うつの方だって同じ面があると思います。

 今はどうなんだろうなあ。


 まあ、この本、わからなかった言葉がわかったりして面白かったです。
 こういうことを述べる人も絶対必要だよなあ、って思います。

posted by kingstone at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

サポートブック



 サポートブックについては以前「サポートブックの作り方・使い方 丸岡玲子著」で触れていますが、あちらは「サポートブックと呼ばれる物ができた瞬間」に重きを置いているので、そうでない部分を集めてみました。

 まず作る時に参考になるページ。これはもう今ではたくさんのページがあります。しかし、少々勘違いして、何でもかんでも詰め込み「それは違うやろ」と言いたくなるような「ひな形」もあります。(この説明はかえってわかりにくいかもしれませんが「『個別の教育支援計画』と『個別の指導計画』をごっちゃにしている」とか「『サポート手帳』と『サポートブック』をごっちゃにしている、とか)これはかなり古い井上雅彦先生が兵庫教育大学におられたころのものですが、かえってこれが役に立つと思われます。

 兵庫教育大井上研究室。お役立ちツール。

 PDFファイル。「サンプル

 Wordファイル。「ひな形

 私の場合、診断名にこだわりたいところがあります。自閉症の人への支援はその人の「自閉症の特性」と「個別の特性」の両方から出てくるものですが、少なくとも日本では「『自閉症』と言うとショックを与えすぎるから『広汎性発達障害』とか『アスペルガー症候群』とか診断名をつける」ということが行われてきた経緯があるような気がします。そのために「自閉症」の人に有効な支援が「広汎性発達障害」と名付けられた人に届かなかった・・・

 現在DSMXの「たたき台」では広汎性発達障害もアスペルガー症候群も自閉症スペクトラム障害の中に含ませようという「議論」が出てきているそうです。私はそちらの方向が良いことだと思っています。もちろん、診断名がついた後、必要な支援は千差万別ですが、「音声言語だけ」で何とかしよう、というのは無くなるような気がしますから。

 もちろんサポートブックは自閉症以外の身体障害の方などにも有効ですが、ここでは基本的に自閉症スペクラム障害の方へのサポートブックについて書いていきます。
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サポートブックに書いておいて欲しいこと

 今、サポートブックのバージョンアップの季節ですね。

 私の知っている自閉症の人のための役に立つサポートブックはこういうものが多かったです。

・個人情報
・自閉症の簡単な説明
・具体的にどんな場面でどうすればいいか

 たいへん役に立ちます。

 それでボランティア活動の時には必ず保護者の方に作って頂きました。

 しかしサポートブックが普及してきたころ、こんな記述のものが増えて来ました。

「この子はことば(音声言語)がわかります。ゆっくりと話しかけて下さい」

 あるお子さん。
 私、音声言語が本当にわかるのかなあ、と思って実験(!!嫌なやつです)してみました。

 戸が開いた状況でその子が戸のそばにいる。

私「戸を開けて下さい」
子 とまどっている
私「戸を開けて下さい」
子 戸をしめました

 またイスのそばにそのお子さんが立っている状況で。

母「イスに座り」
子 とまどっている
母「イスに座り」
子 とまどっている
母「(イスを指さして)イスに座り」
子 ほっとしたようにイスに座る

 お母さんは日常生活で何も困っておられません。
 周囲は・・・いろいろ困っていました。

 でも私は何も言えませんでした。
 夢や願いもあるだろうし・・・
 音声言語で混乱(パニック)するお子さんでも無かったし・・・

 そのお子さんは音声言語での表現は無かったです。
 しかし、ほんと思ったのは、視覚的なコミュニケーション手段を受容性でも表現でも両方で使っていたら、音声言語も使うようになっていたのではないか、という感じはしました。わかりませんけど・・・

 やっぱり自閉症の人の場合、コミュニケーション手段として、音声言語以外の手だてもサポートブックには書いておいて欲しいな、と思います。

 もちろん、人それぞれですけど。

 ある強度行動障害になってしまった人がよく来る成人施設では、最初の面接の時に本人さんがどこまでわかっているのか、保護者の目の前で「実験」し、保護者にもよく理解して頂くそうです。良い処遇のためにはそれが必要なのでしょうね。
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特別支援教育にはすごくお金がかかるのか?

 アサヒコムの記事

障害児も一緒に学ぶには「校舎整備など12兆円」と試算

 もちろんお金は、いるところにはいるのですが・・・

 肢体不自由特別支援学校から障害のある児童・生徒が地域の学校に行く場合、まず車イスやストレッチャーなど、移動に困難のある人の場合に、エレベータ設置やバリアフリー化にはお金がかかるでしょう。その子、ひとりのためと考えると、とんでもない投資です。

 しかしそれは、学校を地域のコミュニティセンターとして使うことを考えた場合、高齢者やその他の成人障害者が利用することを考えれば十分ペイすると思います。学校だけで閉じてちゃだめですけど。

 知的障害特別支援学校の児童・生徒の場合、たいていの子は教室はそのままで使えます。空き教室が増えている現状だと、カームダウンエリア(落ち着ける場所)を作ることも簡単です。余分な教室が無い場合、ちょっとしたカーテンやパーテションがあれば作ることができます。

 教員の増員・・・

 まず現在の教員の給与が適切か、という問題はありますけど、それは置いておいて。

 増員の必要はあるのだろうか?

 実際、「人手が欲しい」という時はあるのです。見守るだけであってもいいから。でもそれは地域を探せば、そしてそれが楽しいことであるなら、ボランティアさんを探すこともできます。交通費と少額の謝礼程度で。(私はそれもなしにボランティアさんに来て頂いていましたが)

 この「楽しいことである」というのを伝えられるかが、教員の腕の見せどころにはなると思います。 

 そのためにサポートブックが役に立つわけです。
 これは知的障害・肢体不自由に関わりません。

 たぶん、今の知的障害特別支援学校の人手は多すぎます。

 そのために児童・生徒がひとりでできることをさせずに押す、引っ張るで何とかしようとする傾向が多いかと思います。その多い人手を地域に出せば解決する部分も多いと思います。

 また肢体不自由特別支援学校で、移動に人手がかかるのは事実ですが、これも高給な教員を宛てる必要はさらさら無いと思われます。

 専門性の問題もあるのですが「担当する数人」の子についてだけの専門性なら簡単な研修ですぐにつけることができます。

 ただ、ボランティアさんなんですが、できれば学生ボランティアさんじゃないほうがいいような気はします。学生ボランティアさん・・・何か、採用試験合格を人質に来てもらうような気がしますもん。

 私は地域の社会福祉協議会に行って、知的障害者対応ボランティアの講習を受けた婦人たちと、やっぱり学生にも来てもらってましたが。

 結論として、教育委員会や特別支援学校に適切な研修体制があれば、そんなにお金がかかるもんでも無い、と思います。(この適切な研修体制・・・ってやつが作れるかどうかですが)

特別支援学級でボランティアさんをどう集めたか
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サポートブックを作るための買い物など

 REIKOさんがノブ君のためのサポートブックを作りはりました。

 でもってハルヤンネさんもダダ君用のを作りはりました。

 で、「れもん」の保護者の方に、ダダ君用のを回覧させて頂いています。
 れもんではこーゆーのを作ろうと保護者の間で盛り上がる・・・かな。

 今日は、サポートブック用にと葉書フォルダと葉書サイズカード、それに教材用に名刺サイズ用カードをたくさん買いに行きました。三宮の事務用品安売り店まで行ったのだけど、なーーんだ、垂水のたるせんの中の事務用品屋さんでも売っていた。定価販売だけど、交通費と時間を考えると私の場合は垂水で買えばいいですね。

 ライフのカードで、名刺サイズは100枚150円、葉書(A6)サイズは350円(当時)ですね。これ売ってる所は結構少なくて・・・



 それから、れもんの荷物整理用にコンテナを買いに行きました。
 今まで段ボール箱でやっていたのですが、ふたの部分が取れたり、なんかきたなくなってきていたのですね。またTASの託児ボランティアをお手伝いに行った時に、コンテナにいろんなものをきっちり整理して収納してはったのを見て、ああ、こないせなあかんわなあ、と思いました。
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ボランティアグループ「れもん」第6回(?)

 今日、自閉症児託児活動「れもん」の10月の会でした。

 3連休の中日、ということで子どもたちの欠席も多く、楽勝と思っていたら・・・・ボランティアさんの方も都合が悪い方、体調を崩される方が多く、ひやひやもんでした。

 また、いつもはプールに入る、ということをやっていますが、プールに入れないボランティアさんも続出・・・しかし子どもの方でも入れなくなった子がいたりしてぎりぎりセーフ・・・

 いやあ、こういうの、だんだん快感になってくるなあ。

 今回は、ボランティアさん用にサポートブックを持って来られた保護者も何人かいらっしゃいます。先日、保護者の方が集まられて「どんなことを書いたらいいのかなあ」と話し合ったりされたとか。

 また私の試みとしては、今回、TASをまねて、「個人用スケジュール」を印刷して持って行きました。今朝8時から制作にかかったので、不完全なこと著しいのですが、とりあえず「時計の絵」「数字の時刻」「やること(選択肢も含めて)の絵」を並べています。字も入れたかったのだけど時間が足りなかった・・・(アセ)

 これは私のかかわったお子さんにはすごく役に立ちました。
 他の方はどうだったかな。

 また今まで「ぐちゃっ」と段ボール箱に荷物をつめていたのを、透明コンテナに代えました。少しでも構造化しようってわけです。しかし中に入る物の名前などを書いていなかったので、帰る時には再び混沌としていましたが・・・

 いかん、いかん・・・まあ少しずつ構造化していこう。

 今日は初めてのボランティアさんも5人ほど顔を見せて下さいました。
 なんや、かんや、綱渡りながらも、何か回っていっています。

追記
 やっと個人スケジュールを作ったのですね(ためいき。遅い!)
−−−−−−−−−−−−−−−
ボランティアさんが一人余ってるよ、という話 プロフィール作りのこと

 kingstoneです。

 「れもん」託児活動なんですが、ボランティアさんが一人余っています。保護者の方で「託児」お願い、という方がおられましたら先着1名、お受けしたいと思います。おられます??

 ふーー・・・今日は6人分のプロフィールを電話でお聞きし、書類に書いていきました。それ以前に6人の子どもの家を家庭訪問してプロフィール表を作っています。少しずつ見えてきてるかな・・・

 でもどのお子さんもお話をうかがってたら「担任してみたいなあ」って思いますね。

追記
 うひゃああ。
 最初は家庭訪問しいの、電話しいの、でプロフィール表を作っていたんだ!!

 信じられないですね。
 
 たぶんすぐやめたと思います。
 保護者に書いていただくだけになりました。

 プロフィール表は、当時まだ言葉が無かったけど、サポートブックを目指していた、ということですね。

 しかし・・・聞き取りじゃなく保護者に書いてもらうと、コミュニケーション方法のところが「ゆっくり言葉をかけて下さい」だけになるのが悩ましかったです。それと表現コミュニケーションの手だてが無い。まだ代替コミュニケーションはそれほど広まっていませんでした。
−−−−−−−−−−−−−−−
物を作るのは楽しい サポートブックのことなど

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > 一応持っていきましたが、私も自分から「つなぐ」と言うことの出来ない不
 >器用な人間なので、そのままボンッとおいておきましたら、みなさま見に来て
 >下さいました。少しお話もできました。
 > やはり、実物のものが(箱や棚など)おもしろく見ていただけたようです。
 > 1つでも参考にしていただけたら嬉しいです。

 わあ、本当にありがとうございます。
 先達として、○○さんに来て頂け、お話をうかがえるなんてすごくありがたいです。

 > 昨日の製作会、楽しかったです。やはり夏休みは、まとまって、何かを作る
 >ということが出来ないので、ああいう場所に行くと、つい嬉しくなって「やる
 >ゾー!」という気持ちになります。
 > □□も、ものを作る現場が、本来好きなのでしょう。落ちついて過ごして?
 >(コンピューターを陣取っていましたが…)くれたのでなによりです。

 ほんと、みなさん「作るぞお」でしたね。

 ロイヤルホストで△△さんと
「物を作るっていいね」
「具体的ですもんね」
なんて話をしました。

 > 私は、今度参加するキャンプに向けての、□□のサポートブック作りと、

 サポートブック、いいっすねえ。
 はじめて会うボランティアさんにさっと目を通してもらう。
 また何かあったら開いてもらう・・・うーん、いいなあ。
−−−−−−−−−−−−−−−
宿泊活動でサポートブックやメモ帳が役に立ったという話

※宿泊活動で高校生ボランティアさんにサポートブックとメモ帳を渡して大成功だったという話から。

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 わあ、サポートブック大成功だったようで、すごく嬉しいです(ニコ)

 というわけで保護者のみなさん、サポートブックもよろしく。
 
 で、そういうのができりゃあ、例えば学校でも担任が変わったから対応が変わる、というのも防いでいけると思うのですよね。

 またメモ帳もお渡しになったとのこと。
 これもグッドですね。もちろん筆記具もでしょう?

 私はウェストポーチにそういうものを入れていますし、みなさんにも紹介はしているのですが、なかなか自分も持とうという気にはならないですよね?>ボランティアさん

 そんな時でも保護者が「使って下さい」と渡せば、使ってくれるのじゃないかな。ってこれ学校でもかな??先生に渡す・・・怒り出すかなあ・・

 で、保護者にばかり要求していないで私も作らないといけないかな・・
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サポートブックとIEP

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > でも、ウーンどうでしょうか?
 > 私は、サポートブックは、あくまでもキャンプやレスパイト、余暇活動な
 >ど、特別な場合のボランティアさん用だと思っています。

 > 私は学校の先生には、IEPという形でお願いしたいです。

 その通りです。
 で・・・でも多くのところでそういうふうにできているだろうか・・

 あはは、教師に対して悲観的すぎるかあ・・・

追記
 今はIEP(個別支援計画)はどこの学校にもあるものになっていると思います。ただし、それがサポートブックの代わりを果たすようなものになっているだろうか。

 もちろんサポートブックは現在の支援のこと、IEPはちょっと未来のことについて書く、という違いはあるのだけど、IEPにも「具体的にどうやるのか」については必要だよな。
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成人施設と学校(実力あるベテランボランティアに頼らなくても大丈夫という話)

kingstoneです。

 昨日の研究会に自閉症児託児ボランティアグループ「れもん」から話を聞きに行ってもらっていた○○君に感想を聞いたらその最後に

「成人施設の頑張っているところが聞けたから、今度は学校の頑張っているところを聞きたいです」

 一瞬、どんなリアクションをしようか、迷ってしまった。(笑)

 で、後で□□さんとお茶をした時、□□さんからも学校批判が出たのだけど、エネルギー枯渇気味のところには少々きつかったです。いやはや反論でけへんもんねえ。

 施設と比べたら、とんでもなく恵まれた条件で、で、何をやっているのかと言ったら・・・

 むつかしいのは、それぞれ教師も熱心でそれこそ愛情豊であるということ。ほんまねえ、結構あれこれ私も言っているけど、でも、うーーん・・・

追記
 へーー、○○君を活動から外して研究会に行ってもらってる・・・ある意味余裕ですね。○○君は「浮かし」て全体に目を配ってもらうこともできる人でしたから。

 これは「初めてきたボランティアさんを優先して子どもにあたってもらう」という考えをとっていたからですね。そしてそれで十分大丈夫だったと。資料(サポートブックと同じはたらきをする)・環境・OJTできる人、さえ整っていれば「新人さんでOK」なわけです。
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A君のサポートブックの構成

 A君のサポートブックの構成です。
 
 この場合は、キャンプが少し前にあったので、宿泊用の内容もかなり入っていますね。その場、その場に応じて中身を差し替えることもできますし、葉書ホルダーというのはいいですね。
---------------------------------------------------
1.名前、愛称、どこの学校、年齢
2.今日行く所の場所の写真
3.今日のスケジュール
4.カバンの中身
5.連絡先
6.今日の担当ボランティアさん(写真でも入れるといいですね)
7.(基本的な)自閉症の説明
8.(基本的な)対応方法
  1)視覚的
  2)具体的
  3)肯定的
9.A君の発語状態
10.A君のこだわり
11.タイマーの使い方
12.A君の苦手なもの
13.A君のパニックの対処法
14.A君の好きな遊び
15.A君の飲食について
16.A君のおふろについて
17.A君のはみがきについて
18.A君のトイレについて
19.A君のねる時
20.A君の片づけについて

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「光とともに」第2巻 小学校低学年編4〜6話

 原作をまだ読んでない方は、以下の文は読まずに是非原作をお読み下さい。また私もファンですが、つっこみも入れてますので、ご不快になるような方は読まないでね。

−−−−−−−−−−以下ネタバレ−−−−−−−−−−−−−−−

小学校低学年編 第4話

 杉田医院(かかりつけ)への再診。問題なくできる。

 帰り道、いつもの道でなく叫ぶ光君。ばらまいてしまったジグソーパズルの1ピースを拾う片倉さん。(母)

 集団登校。友達(上級生?)が

「私たちだけで連れて行けるようになるわ。きっとね」

[こんなこと言ってくれたら嬉しいですね。でもこれはやらない方がいいです。友達に責任を負わすようなことはやらないほうがいいです。

 しかし、実のところ特別支援学級の担任をしていた時、友達の6年生が卒業したらプールボランティアみたいに、「責任とれる者がいるところで」一緒に活動してくれるかな、というのはちょっと考えてました。実現しませんでしたけど。]

 校門で倉庫事件について謝る青木先生と校長先生。(保育園でもありましたね)光君は特に青木先生を怖がるそぶりなし。

幸子「光はいつもと同じですね。先生見ても怖がらなかった」
青木「病院で押さえつけていた時、ものすごく悲しそうな目をしていたんで、もう光君に信じてもらえないかもって心配してたんですけどね・・・」

[結構、場面ごとのような気はします。もちろんだからといって、いつもと違う場面で無茶をしていいわけじゃないですけど。それとあんまり情緒的に考えない方がいいことも多いです。]

 若林先生、個人懇談で片倉さんに絵理ちゃんの話したこと(倉庫のこと、父親の暴力の)を言う。

[いやー、これは怖い。私なら絶対話せない。]

 苦しむ片倉さん。

 杉田医院にてもうサポーターがいらない、と言われる。光君はサポーターに「ばいばい、あいと(ありがとう)」と言う。

 もうすぐ運動会。ネズミマーチをビデオを見て練習。

[体操やお遊戯を覚える時に]

 帽子もかぶれるようになっています。

[ボランティアグループ「れもん」第5回 & 懇親会]

 1組の先生(体育倉庫に鍵をかけた先生)から謝られ、「徒競走の順位をなくす提案に賛成してくれ」と言われる。断る幸子さん。

 光君の徒競走のスタート地点を探して決める青木先生。

[これ私もやりました。後、組体操の時に膝を置く場所をわかってもらうのに、横についていてその時に膝サポーターをさっと置くとか。]

 運動会用個人スケジュールは幸子さんのチェキ(インスタントカメラ)を借りて青木先生が作る。

[今はカメラを貸す、というようなことは無いと思いますが、いろんな視覚支援物を家庭から持ち込む必要はあるかも。

 後、私の場合、そういや運動会の個人スケジュールは作らなかったなあ・・・反省。必要な子もいただろうに。]

 徒競走、スタート地点は足形。ゴールでは萌ちゃんが待っている。(これは青木先生の計画?)

 絵理ちゃんがビリになったことに文句を言う夫に対し片倉さんは(初めて?)反論する。

 ネズミマーチを踊る光君。

 しばらくしてポストにジグソーパズルの1ピースが入っていた。

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小学校低学年編 第5話

 つくしんぼの会(地域の保護者が福祉センターの心理の大沢先生に来てもらって相談する場を作る会かな?)

大沢「保育園に続いて小学校でもいい先生にめぐりあえたね」

[私の周囲のお母さん方の意見として「あんなにお父さん、簡単に変わってくれない」というのと同じに多かったのが「あんなにいい先生たち、そうそういない」というものでした。

 まあでも、大昔当時もモデルとなった先生方はいたし、今はもっと増えているんじゃないかなあ・・]

 しかしいろいろ光君につらいことはあり

大沢「”個性が大切”とか言ってはみても一致団結して成果を求めるのが教育現場だから」
「お母さんだって”皆と一緒”を望むでしょ?」

幸子「それはもう・・・だから地元の小学校へ入れたんです」

[ここは常にゆらぐところですが、私は両立できる、と結構楽観的に考えています。

 あと、地域の学校に通っていて途中で特別支援学校に転校した子どもの保護者の方が

「○○を地域は必要としたけれど、○○は地域を必要としなかった」と言われたことがあります。

 う〜ん。そんな感じもあるかもしれません。「○○を地域は必要としたけれど」と言うのは、自閉症のお子さんと一緒に過ごし、いい対応を見てきた子どもたちには、きっとその記憶は宝物になることと思います。またひょっとして身内や自分の子どもに自閉症の子どもが生まれても「ああ、こんなふうに一緒に暮らしてきた」って悲観することなく過ごせるかもしれない。

 「○○は地域を必要としなかった」というのは・・・でも、近所に行くお店だとか、行く場所があったり、すれ違う同級生がいたりすることはとてもいいことかもしれない。]

 赤ちゃんの泣き声に対する大沢先生のアイデア。

・泣いている間、ヘッドホンで好きな曲を聞く。
・光君が逃げられる場所を用意する。

大沢「とにかくかかえこんじゃダメだよ。みんなの子育てなんだから」

[ほんま。なんでもです。]

 太陽君の担任の特別支援学校の先生もいろんな教材を作っている。

 おひさまハウス(地域自立生活支援センター。宿泊メイン。緊急一時保護やレスパイト(保護者もたまにはほっとする時間を持つ助け)もあり)に行く。

 ヒゲさん(森さん)は大沢先生の後輩。サポートブックで光君の好き嫌いを確認して対応する。

[「おひさまハウス」についてはあそこがモデルかな、というのを知っています。

 今、地域によっていろいろな書式ファイルが提供されていたりします。]

 QHW(タイマーの一種)で時間の見通しを立てる光君。

[いきなりQHWが使えていますが・・・(アセ)もちろん、いきなり使えるお子さんもいるでしょうし、そうでないお子さんもいると思います。でも使う以前にこんな体験も必要かも。

過去の記事176(REIKOさんにお会いした)
時間の見通しを立てる。機器や紙に描くことで。]

森「大学のセッションでいろいろ使ってるんですよ」

[この時見せたのはVOCA(音声出力コミュニケーション補助装置)の一種だと思われます。何かはわかりません。]

 一人で行ってしまおうとする光君をフィリピーナが止めてくれる。

 東家の様子。鍵はいっぱい。トイレはよくつまらせる。

[これはよくあるみたいです。]

 雅人さんは福祉機器部門に配置換え。

[大きな会社はいいですね。いや起業してしまえばいいのか・・・しかしもっと後で出てくる特例子会社のエピソードなどは大きな会社であればこそですね。]

雅人「”ほっといてくれ”っていうのが自閉症の人の気持ちかも知れないけど、人との”やりとり”がうまくいったらきっと楽しいよ。自信がつくよ。そしたら何かが変わってくるよ」

 光君が行方不明になるがポテチを抱えて戻って来る。

 幸子さんと雅人さんはマンションの人に光君の障害のこと、行動の特徴などを書いたプリントを配る。管理人さんに「そうだったのかい。気の毒にねェ」と言われて苦笑する幸子さん。

 ポテチのお礼を持って場所を探す幸子さん。フィリピーナの部屋だった。

幸子(雅人さんへ)「最初から言葉に頼ってないせいか光とけっこううまくやってるのよ」

[これはありそう。日本人でも外国へ行けば同じことができるかも。]

 台風で休校。

[う〜ん。まだスケジュールしてないですね。幸子さんは光君がパニクってないからまっいっかあ、にしてますが。予定の変更の時には強い味方になるのですが。

 丁度、今日、警報が出て休校になった方の「見せて伝える工夫」がありました。

 先日紹介したカンカン の ひとりごと♪さんから。おめめどうの「おにぎりメモ帳(本当の商品名は「どうしてメモ」だけど「おにぎりメモ」の方がよくわかるなあ)」を使ってはります。
onigiri.jpg
]

 自治会の人が来た隙に外に出る光君。幸子さんは破水。

 最後のページは北海道自閉症児者親の会・札幌自閉症児者親の会の警察配布用ポスターです。

自閉症の人が困っていたら助けて下さい

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小学校低学年編 第6話

 光君は一人で泳いで行ってしまい、幸子さんには陣痛が来る。

 それを見ていたフィリピーナが、ポテチで光君を連れて来てくれる。

 幸子さんは「おひさまハウス」に電話をする。

[「入会」という言葉があるから入会金もいるんだろうなあ。]

 森さんがすぐに駆けつけてくれる。サポートブックを頼りに宿泊へ。花音ちゃんが産まれる。

 オモチャの取り合い→ケンカ→しかる→泣く

[この連鎖はほんとうによくありそう]

 光君、ジュースが欲しくて絵カードを持って来る。

[?これできてたっけ?と思ったら、後ろのところの説明に「ただたとえ自分がほしい物を絵カードで選んでも、それを持ってウロウロしてるだけなんです」というのが出てきます。こういう時期はありますねえ。

過去の記事98(クラスルーム・コミュニケーション 「もの」を使ったコミュニケーション)

 こういう時期を短くするのにPECSは役に立ちます。第7巻で出て来ます。絵カード療育なんて呼び方をする方もおられます。

PECSについて]

大沢「ポンポンって相手の体にさわって注意を自分に向けて『○○ください』とか言えるようになるといいんだけどね」

[注意喚起の話ですね。肩とんとんについては私と戸部さんもやりとりをしたことがあります。しかし、石田君の話が出て来るので、この小学校低学年編 第6話の時よりも後になるだろうと思います。

「光とともに」の戸部けいこさんに宛てたメール8
「光とともに」の戸部けいこさんに宛てたメール9]

 光君がいきつ戻りつするかたわらで花音ちゃんはどんどん育って行く。

 花音ちゃんを叩こうとしてふっと力を抜く光君。

[いや、こういうことあります。私がガイドヘルプ活動をしていた時「小さい子がいたら攻撃する」という少年。私もサポートブックで情報は頭に入れていたのだけど、マクドナルドで並んでいる時に目の前に小さな子と両親(かなりワイルドな感じの方たち)が並んでいて・・・少年はぶんと腕をふって小さい子の頭を・・・ところが直前で力をゆるめてそっとなでる感じになりました。もちろん私は謝り倒しましたが。]

 ホワイトボードに数字と文字だけのスケジュール。

[やっとスケジュールが出て来た!しかし文字だけ??いきなり・・・もちろんカナータイプの方でも文字だけのスケジュールでOKな方はたくさんおられます。しかし文字が読めても、最初からこれではつらいかも。

 まあ、群像劇だから。

 もちろん「光とともに」は、身近な使えるヒントもいっぱいあります。でも教科書じゃないですからね。「ブラックジャック」や「ブラックジャックによろしく」や「JIN−仁−」を読んで医者の技術を身につけよう、という人はいないでしょうから。(これらを読んで「医者になろう」と志をたてる人はいるかもしれないし、それはいいことですよね)]

 回想
大沢「きっといつか心からかわいいって思える時がくるから」

幸子・雅人「それでも光と花音・・・それぞれの幸福を私たちは願わずにはいられない」

 後書きは丸岡玲子さん。この中のお父さんの言葉。これは全ての自閉症に関わる人たちに読んで欲しいです。
光とともに第2巻、あとがきより・・・
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ある「れもん」参加の保護者とサポートブックについてのやりとり

 KING STONEです。

 > Aの母○○です。息子にどういう視覚支援をしていったら
 >いいのかなあと悩んでいます。

 サポートブックの場合は、「ボランティアさんに自分の子どもを知ってもらう」ためのものですね。コミュニケーションブックとはちょいと違います。

 で、これがちゃんとできると安心してボランティアさんに任せられるようになりますよね。

 あっ、でもA君のサポートブックの中にはスケジュールなんかも入ってますね。

 なお、今日持って行くのを忘れていた、と思っていたら持って行ってました。で、□□さんのところは今日明日宿泊でお子さんがおられないし、荷物はいっぱいだし、ということで、○年生の保護者のところにまず回しますね。

 今日はZさんちです。
 明日は○○さんちですが、その次についてはまた声を上げて下さい。

 で、私の感想なんですが・・・やっぱりここまで形にするってすごいことだな、と思います。私も例えば担当のBさんについて、どなたかにお預けするためにサポートブックを作ろうとしたら、はたと困ってしまうところはあります。

 でも、やっぱり言葉にして伝えないといけないわけで。

 ということで「サポートブックを作る」ということはどれだけお子さんを理解し、どれだけ言葉にできるか、ということだからやっぱりすごく大切ですね。

 でもって、ほんま、学校でもこれいるよなあ・・・・

 で、学校の場合は「ここまではわかってる。で、どの方向に進むべきでじゃあどんな授業をしていこうか」をIEP(個別支援計画)として作らないといけないわけですね。
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サポートブックの作り方

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 >『1,父親に2時間預けるとして、
 > 2,親せきのおばちゃんに2時間預けるとして、
 > 3.よく知ってるお姉ちゃんに2時間預けるとして
 > 4,知らないお姉ちゃんに2時間預けるとして
 >
 > どのようなことを文章にして伝えたらいいでしょうか?』

 さすが!!

 具体的によくわかります。
 
 よく教師でも「先入観を持たせずに、まず人間としてぶつかって」と言う言われ方がされる時があります。そう言いたい気持ちもわかるのですが、それを「言葉にできない言い訳」に使ってはいかんですね。

 > 時間の方も、2時間から→午後いっぱい→1日→お泊まりという風に少しず
 >つのばしていく。

 そうですね。
 これができればガイドヘルプなんかも随分楽になる。

 > たとえば、あるお母さんが、「ひまになると、ズボンに手を入れます。」と
 >考えられたとします。
 > でも、フォーマットにのっとると「ズボンに手を入れると、ひまになった証
 >拠です→さりげなく出して、なにかおもちゃを持たして下さい」という表現に
 >できます。

 あああ・・・聞かせたい人がたくさんいる・・・
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サポートペーパー

 kingstoneです。

 ○○君用のサポートブックを見られた保護者の中で、作ろうと試みておられる方がいるとのことです。嬉しいなあ(ニコ)

 さて、現在私の手元に戻って来ました。
 今度は□□さんのところに送りますね。
 明日、忘れないように学校から持って帰って来なければ。

 ところで、私も担任しているBさん用の「サポートペーパー」を作ってみることにしました。A4用紙1枚にまとめます。明日までに持って行きます、と保護者さんにお伝えしたのですが・・・とりあえず作りましたが、保護者さんにも見て頂き、同僚にも見てもらい、改訂していきたいと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−
サポートペーパー2(「自閉症」から始めるか)

 kingstoneです。

 Bさん用の1枚物のサポートペーパーを作ってみました。

 保護者の方にもとりあえずはOKが頂けました。

 同僚にも見せました。
 で1点につき意見交換がありました。

 いきなり「Bさんは自閉症です」から始まります。
 でこれが「不必要なのではないか」ということなんですね。

 たぶんここの方だと「ええやん」と言って下さるかな。しかし他の方だと「不必要」「書くべきでない」
ということになるかもしれません。

PS. 学会からこっち、ふーー疲れが出てます・・はよ寝よ。

追記
 もちろん「Bさんは自閉症です」から始めました。
 そして読んだ人はよく理解してくれました。
−−−−−−−−−−−−−−−
サポートペーパー3(「自閉症」から始めるか)

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

※まず「Bさんは自閉症です」というところから書き始めるか、という話題で。

 > サポートペーパーが、サポートブックと同じ趣旨のものなのかどうか
 >わかりませんが…。

 同じですね。

 で、うちの学校、他の中学校から交流生がよく来るのですが、その子たちに見てもらったらいいかな、というもんです。で、中学生を相手にした時にどうか・・・というあたりなんですね。
−−−−−−−−−−−−−−−
サポートペーパー4(「自閉症」から始めるか)

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > 昨日は、カチンとして、書いちゃいましたが、Kingさん寝ようとして
 >いたのね。あとで、Ps読んで、ごめ〜んと思ってしまいました。

 あはは、こちらこそカチンとさせてごめんなさい。
 っていうのはカチンとくるかもしれないなあ、とわかりつつ書いてますんで・・・

 私はある集団やある人の前で、こう言うことを言えば相手はカチンとくるかもしれない。でも言ったり書いたりしてしまおう、というところがあります。もちろん、自分の実感を書いているだけで、単に相手を挑発しよう、というのではありません。

 で、そうやることで自分の中の考えを明確にしていきたい、というつもりがあります。でも周囲の方にとってはいい迷惑かもしれない・・

 でこの「自閉症」と書くか書かないか、というのはまだまだ自分の中で迷いの対象です。

 > 高校生のボランティアさんならどうなの?大学生ならいいの?

 そうなんですよね。そんな線がいるのかな、どうかな。
 でも中学生相手、かつその後のフォローができない相手には?

 自閉症児託児活動「れもん」のボランティアに2回前から中学生さんが来て下さっています。この人たちの前では「自閉症」という言葉も使いまくってると思う。

 今回の場合は、迷いはありつつも、私は「書こう」と思って書いたわけです。
 しかし保護者にとってはどうだったか。
 また同僚にとっては・・・

 今回の場合は保護者の方にも「気にならない」「問題なし」と言って頂けたのでほっとしています。

 でも、今の保護者の方とは4年目のおつきあいです。そして私の活動や言っていることにも理解を示して下さっている方たちです。これが他の学校や、初めてお話するような方たちだったらかなり慎重にならないといけないかな、と思います。


 > 「自閉症」って、性教育の「SEX」みたいなもの?
 >そんなに刺激が強い言葉なの?だから徐々に教えて行くべき?

 刺激は強いと思います。「強い」と感じる人にとっては。
 ただ「徐々」に教えていくべきかは・・・もう最初からどーーんと行った方がいいと思い出しています。

 でもね・・・これはボランティアさんに対してではなく、保護者の方への連絡帳に関してなんですが、1999年の夏のセミナーでJack Wall(髭のジャック)氏とこんなやりとりをしました。これは講義中なので通訳が入っています。

J「連絡帳には1日には必ず1度は自閉症という言葉を使うように。
 これこれのできごとがありました。これは自閉症のかくかくの特徴から来ていて、そこで私がこうしたらこうなりました、というふうに」
K「どへええ、毎日!!保護者に対してきつくないですか」
J「なぜだ?これは保護者への我々からの贈り物なのだ」

 すごい、とうなりました。で、素敵だ、と思いました。
 しかし、そこまで到達できない自分がいます。

 >今日は地区の体育祭で、スプーンレースだ!ガンバリマス!

 夜半の雨があがって良かったですね(ニコ)

 私は今日は「れもん」のコーディネートとビデオテープの編集の予定。

自閉症という言葉を本人の前で他人への説明として使うか
−−−−−−−−−−−−−−−
サポートペーパー5(「自閉症」から始めるか)

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > Kingさんの書き込みの中で、「保護者にとって」「同僚にとって」
 >「中学生にとって」…いろいろ出てきましたが、一番大切なはずの、
 >「自閉症の子どもにとって」という発言が無かったのがとても残念で
 >す。

 あっ・・・
 ほんまですね。

 もちろん「(自閉症である)本人のため」というのは考えていますが、やりとりの中で「本人に伝える」という視点はすっくり抜けていたな、と反省しました。難しいけど。

 うーーん・・・でもほんま本人にとっては「自閉症」なんて言葉、ほんまどうでもいいことで、しかし周囲の人が「自閉症」について知り、本人のことを理解することが大切なんですよね。

 あり、本人も本人が自閉症であることを知ることが大事な場合もあるなあ・・・

 うーーん。

 > 読んでいる方も、しんどかったと思いますが、だからこそ今、先生
 >も、私も、もちろん□□もとても楽に生活しています。

 ほんま「楽」を目指したいです。
−−−−−−−−−−−−−−−
サポートペーパー6(「自閉症」から始めるか)あくまでも保護者からのものであること

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 > KINGさんはいろんなことをご存じなのに、どうしてそこで迷ってしま
 >うのか、私には理解できません。

 うふふ、まあそういうとこで生きてんです。

 ところでサポートペーパーやサポートブックについては大事なお願いをしておかないといけないなあ、特にうちの学校の保護者の方には、と思っています。それは

「あくまでも保護者が作り、保護者からの要望であること」ですね。

 サポートペーパーをBさんの分をとりあえず未完成版を作りましたが、試行版というか完成版というか(でも常に変わっていくもんだろうから完成版というのは無いな)それは保護者の方から出して頂きたいと思っています。

 教師である私が出せば、もしそれを知れば、特に自閉症と書くあたりで猛然とした反発が起こるでしょう。(いや、下書きを書いただけでも大問題かもしれない・・・まあ「れもん」をやることに比べれば小さな反則か・・)「こんなもん、中学生とかには見せられない」という意見も出るでしょう。

 というあたりで「保護者から」というのが必要だと思います。

 というわけで、テキストとワードのファイルを送ります。
 >Bさんの保護者さん(ってなんか変な言い方だな・・・)

 で、やっぱりA4で1枚もんのペーパーって苦しいなあ、ブックにする必要があるかなあ、と思っています。

ps.
 もちろん「自閉症」について書くのは自閉症のお子さんの場合ですから、そうでないお子さんについては必要無いと思っています。でも、ほんま自閉症かどうかはようわからん、ってお子さんもおられますね。


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サポートペーパーに書いた自閉症の説明

 サポートブックやサポートペーパーでの「自閉症」の説明について話題にしたいと思います。またご意見頂けたらと思います。

Bさんのサポートペーパーで使った文は以下のようになっています。
 この場合はA4で1枚にまとめる、ってのがあってかなりはしょってます。

--------------------------------------------
 Bさんは自閉症です。

 自閉症は心を閉ざす病気ではありません。脳の情報処理の障害です。

 自閉症の方は一般的に目で見ることには強いのですが、音声で伝えられた内容を理解するのは苦手なことが多いです。にこにこして褒めればその雰囲気は伝わりますが、複雑な内容の指示を理解することはむつかしいです。Bさんの場合も何かを伝えようとする時は目で見てわかるものを用意した方がいいです。



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荒れてる中学生の思い出

「ちょっと残念だったこと」の出来事のあった当時のlogが見つかり
ました。下に引用します。

 やはり覚えてるのと違うところがありますね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 私の学校、福祉体験交流というのをしてます。

 実はある中学校、めちゃめちゃ荒れて、保護者が毎日学校に来る状態。少しは落ち着いたのだけど・・・でも、というあたりで私の勤務する特別支援学校に福祉体験(??)に来ることで何かいい影響があるのでは、というわけですね。

 で、私のクラスにたくさんの子が来ました。保護者も各クラスに一人ついて来てる。(何故かわかりますよね?)その中で、私が担任する生徒についたのは茶髪長爪の女の子。

 何か、最初、まともに話もできない感じでした。で、担任が見回りに来たら「学校に帰ったら暴れたるからなあ」と毒づいてます。

 私はその時作っていたサポートペーパー(A4で1枚にまとめたものね)をその生徒に渡して「読んどいてな」と言いました。何かまともに読んでる感じもしない・・・・

 ところが移動の時、生徒に手をつないでくれます。そして階段のところで私が「じゃ、代わろうか」と言うと「○○の理由やんな」と言います。「おっ、ちゃんと読んでるやんか」と言うとニコッとして「○○の時は△△して・・・」と言います。

 そして給食の時なども、こちらちのいざないもありましたが、積極的に関わろうとしてくれました。

 また、「この子、どないしたら喜ぶん?」(言葉使いは悪いですけど・・・)と聞いて、他の場面でもいい関係を作ろうとしてくれました。

 後で、生徒たちが帰るバスを見送っている時、ついて来た保護者が「普段、クラスで席についていることのできない子が(たぶん生徒についてくれた子)すごく優しさを見せてくれて感動しました」と言われたので「なかなか、その優しさを出せる環境が無いのでしょうね」と私は答えました。

 なんてことがありました。
−−−−−−−−−−−−−−−
ADHDの方へのサポートブック

 kingstoneです。

 ○○さんから「ADHDのお子さんにサポートブックは有効か」という質問が出ていましたが・・・

 今日の「人間ゆうゆう」にエジソンクラブの代表(高山さんだっけ??)が出てはりました。ご本人がADHDだそうです。で、最後にこの方が紹介したのが

「高山のうまい利用の仕方」とかいう1枚物の紙。
 要するにサポートブックならぬサポートペーパーですね。

で「締め切りは3日くらい余裕を持って(サバを読んで)伝えること」「反応が無かったら少し前に確認すること」

とか

「あなたの話を聞いていないようであったり、仏頂面を していたりしても、あなたのことを嫌いなわけではありません」

みたいなことを書いてあるそうで、アナウンサーさんが読み上げてました。

 あんまりタイムリーなのでびっくりしました。
−−−−−−−−−−−−−−−
児童・生徒の実態表

 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

※サポートブックの話で

 > そうでないと....学校にある「実態表」なる...つくるには時間がかかるが
 >あまり役に立たないもの....^^;になりますから...。
 > 
 > あっと、その場で「ばっと」役に立たないと言うことですけれど^^;

 別に言い訳せんでもええやん(ニコ)
 ほんまに役に立たへんねんもん。

 なんでやろなあ・・・
 なんかもっともらしいこといろいろ書いてんねんけどな。

追記
 結局「どういう場面で」「どう役に立つか」を考えずに、ただ「こうだった」「ああだった」と書いてあるからでしょうね。
−−−−−−−−−−−−−−−
保護者がお子さんをチェンジして関わってみた

 □□さん、△△さん、どうもです。
 kingstoneです。

>○○親の会で、今日初めて、母がチェンジして活動してみました。
>□□さんと私なのですが、ゆっくりペースのAAさんと超多動少年BBです。
>顧問からこの話しがあってから、ドキドキの1週間でした。
>活動の1つ1つでの援助方法を、見開きにしてサポートブックを作り
>□□さんと交換しました。
>BBが使ってるカードと同じもので伝わるかもしれないーと、ポシェット
>に詰め込みました。^^;
>
>たった2時間足らずの活動なのに、とても長〜く感じ、緊張しました。
>反省会で□□さんと意見が一致したのは、
>
>「普段の○○親の会では、ここまで細かく、先生に伝えられてなかった・・・。」
>
>という事でした。
>親なら分かる“あうんの呼吸”を、なんとかサインを読み取ろうと神経
>を研ぎ澄ます事の疲れる事! でもすごい充実感です。^^
>それにしても・・・先生って、こんな事毎日しておられるのかと・・・
>今更ながら、文句ばっか言ってる事に反省でした。

 ほんま、チェンジ、ええよね。

 で、いろんな人とチェンジしてできるようになるともっとええもんね。
−−−−−−−−−−−−−−−
お姉さんが弟のサポートブックを作り始めた

 皆さんこんばんは。○○です。

 ちょっとうれしいことがあったので。

 実は、家の長女、「光とともに」を読むようになって弟□□との、コミュニケーションの取り方の理解を深めたようです。

 で、以前より私の作っているカードに興味を示し、絵カードを作ろうとしていました。数点採用したものもあります。

 出かける特に、私が、コミュニケーションブックをもっていくのを忘れたときなどは、私に、ペンと手帳を求め、ササッと絵を描いてくれたりしていました。

 それが今度は、サポートブックです。

「光とともに・2巻」を読んで、「ノブの部屋」をダウンロードし、サポートブックの作り方を印刷して、私に示しました。私は、作らなければ・・・・と思いながら、なかなか時間を作ることが出来ず、先延ばしになっていたのに。彼女は、少しずつ進めてくれています。

 負けていられません。彼女も、こまかいことは、私に聞かなければ先に進みません。とりあえず、私が、下書きし、彼女に、清書を任せるつもりです。案外、私が作るよりいいものができるかも?(私より数倍頭やわらかいと思うので)完成予定は・・・・?

追記
 お姉さんが弟と絵を使ってのコミュニケーションを始め、サポートブックも作り始めてしまった、という話です。

 もちろん兄弟にこういうことを「要求」する必要は無いと思います。しかし兄弟本人が必要と思って自分でやり始めた。それはいいことだな、と思います。
posted by kingstone at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 自閉症・発達障害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする