2011年02月19日

色画用紙 卒業式関連の話を集めました



「卒業式」の検索ワードで飛んで来て下さる方が結構おられるので、卒業式関連のものを集めました。


 今日は私の小学校も卒業式でした。

 特別支援学級の相棒が、自閉症のお子さんのために用意したもの。

・スケジュール
・遊び道具(先日購入した2種の液体が混ざるやつ)
・一時避難する場所(カームダウンエリア(落ち着ける場所)として。体育館横の控え室に用意した。ここにはレゴも置いておく)
・舞台上の足形(舞台の上で立ち止まるところが何箇所もある。黄色画用紙を足型に切りパウチした。セロテープで止めた)
・演台に「卒業証書を貰う」の絵カードを貼る。

 途中2度避難場所に行きましたが、何とか最後の写真撮影までちゃんと(?)参加することができました。

 ちなみに立ち止まるところを示す足形は私たちの担当のお子さんだけでなく、多くの子どもたちが頼りにしていました。

 相棒さん、予行の時に泣いてしまったので、今日の本番ではうるっと来ただけだったようです。(某知的障害特別支援学校で私が卒業学年だった時を思い出します・・・・練習の時に号泣して、本番ではうるっと来ただけだった・・・)

 来年度は私の担当のお子さんが「在校生」として、そしてさ来年度は「卒業生」としての参加になります。どれだけ「わかって納得して参加できる」ようにできるだろうか・・・
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卒業式やその他の行事活動への参加について

 気になるので書いておきます。

 私は、子ども達が卒業式にうまく参加できた例を書きました。

 教師としては、卒業式にしろその他の行事にしろ(授業もですけど)どうしたらひとりひとりがうまく参加できるか考えるのは当たり前。どうしたらわかりやすいか。どうしたら楽しいか。

 目指すは「居心地いい暮らし(C)ハルヤンネ(たぶん)」

 しかし、本人さんがどうしても嫌なら(例えばその場で拒否できなくて「いい子」にしていても、帰宅してから大荒れになったりすることもあります)参加しない、という選択肢も用意しておいてあげて下さい。

 これは教師は決断できない、というかしちゃいけないかもしれない。保護者や相談を受ける専門家という方の判断というか、覚悟になると思います。

 まあ、たいていの自閉症の方は、わかりにくい練習は嫌いだけど、一発勝負の本番はOKという方も多いから、本当にあれこれ考える必要があると思いますけど。
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卒業式に向けて

 これは知的障害特別支援学校の4年目の話。

 大昔の話です。

 知的障害養護学校4年目。3月末の卒業式への準備。「校長先生の話の視覚支援」はまだだったのかな?記憶があいまいです。(後で出てきた過去ログで、もうちゃんとやっていたことが確認できます)

 私は私の担当のお子さん(卒業する子)のために、いろいろな視覚支援の準備をします。式場で証書授与の時に子どもが立つ位置へのマーク。手順書(式次第全体はわからなかったと思うので、場面場面の手順書でした)子どもに写真を渡し、その先生の所に行き、子どもが写真を渡す練習etc.

 もちろん子どもによって準備物は変わります。

 子どもに写真を渡し、その先生の所へ行く、というのは練習の時の先生もころころ変わりますし、本番は校長先生だし、というわけで、その度に写真を替えてできるようにしました。

 校長先生が校長室におられる時を見はからい、事前に「子どもが写真を持って来たら、受け取って褒めてあげて下さい」とお願いして練習したりもしました。

 校長先生もお忙しくて、なかなか機会が作れなくて2回ほどしかできなかったと思いますが。

 今、ぼんやり思い出すときわめてええかげんなことしかやってなかったような記憶があるのですが、当時の資料を見てみると結構細かくやっていたようです。私が私の担当のお子さん二人について、介助について下さる先生や、その他周囲の先生方にお願いする文が残ってました。下に紹介します。

 たぶん、他の先生はこんな文書は出しておられなかったと思います。
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C君とF君の証書授与のやり方(3月6日版)

準備  授与と預かりの机に立って下さる先生の写真を撮る。

C君
・直前に授与と預かりの机の前に足形を置いて頂く。(  )
・「C」の声の後、介助の先生から手順書を渡して頂く。
・そのまま進まない場合は、介助の先生に軽く肩をトントンして頂き、受け取る机を指さすなどのプロンプトを与えて頂く。(今日は初めてなので、ついて行って頂く必要があるかもしれません。教えてあげるさいはできるだけ音声言語でなく指さしなどで教えてあげて下さい)
・机の前まで来ることができたら、ついている先生が足形の上に立つことを指さしなどで教えてあげて下さい。
・手順書を机の前に立っている先生に渡すと思うので受け取って下さい。
・「気をつけ」の姿勢は机の前に立っている先生が身ぶりで教えてあげて下さい。
・机の前に立っている先生は手順書から自分の写真を取り、そして証書と一緒に手順書をA君に渡して下さい。
・次にC君は証書預かりの先生のところまで行くと思います。そこでついている先生はA君が足形のところに立つか立たないかを確認し、立たない場合は指さしなどで指示して上げて下さい。(少し待ってみて下さい)
・「気をつけ」は机の前に立っている先生が身ぶりで教えてあげて下さい。
・机の前に立っている先生は手順書から自分の写真を取り、手順書のみをC君に渡して下さい。
・自分の席に戻ったら介助の先生が手順書を受け取って下さい。


F君
・「F」の声の後、介助者は証書渡しの机に立つ先生の写真を渡す。
・そのまま座っていたら介助の先生は「立つ」とマカトンでまず知らせる。それでも立たなかったら軽く背を押す。
・教室で担任相手に練習した時は写真だけで机までひとりで移動できましたが、今日はできない可能性があります。動きがわからなかったら手をとって移動して下さい。そして机まで行ったら写真を相手の先生に渡すことを手をとって一緒にやってあげて下さい。この後、本番ではマイクを取らないように手を押さえておいてあげる必要があると思います。
・証書渡しの先生は証書と証書預かりの先生の写真を渡してあげて下さい。これをしてもF君はマイクにこだわると思います。くるりと反対を向かせてあげて下さい。(この時、マイクが無ければいいのかな?)
・写真だけで進めない場合は手を取って進んで下さい。
・証書預かりの先生は写真を受け取り、イスマークのカードを渡してあげて下さい。
・これだけでイスの方に進めない時は手を取って進んで下さい。

※教室での練習では介助なしでできたのですが、体育館ではどうなるかわかりません。
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 結果はたぶんうまくいったし、本番の卒業式もF君が途中でトイレに行きたくなって中座しましたけど(本人がサインを出したのでよくわかった)すぐ戻って来て、うまく行きました。
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卒業式の練習にて

 大昔の話です。

 卒業式の練習をしていました。予行演習ではなかったけれど、本番がかなり近づいた時でした。

 A君が途中で立ち上がり、うろうろし始めました。担当は異動して来たベテランさん。優しく「A君、戻っておいで」と何度も声をかけますが、A君は全然気づきません。かなり長い時間、練習もストップしました。

 基本的に他の担任のことには口を出さない、というのが暗黙のルールでした。いや私は「人の担任している子のことは口を出すな!」と明確に言われたこともあります。(まあ、これを言った方、私がその方の担任しているお子さんを私の授業で受け入れる(つまりその方の負担が減る)と申し出た時は喜んでOKして下さいましたが)

 しかし、私は見かねてついに口を出しました。
「私が代わりに指導してもいいですか?」許可を取りました。

 私はA君の側へ行き、肩をとんとんとしました。そして椅子を指差しました。彼は椅子のところまで来て立っていました。

 私は持っていた職員用の式次第のプリントを彼に示しました。彼は字がわかります。じっと見ました。私は今まで終わったところを横線で消して行きました。

 そして残った所を指さしました。「これだけ残ってる」と音声言語で言ったかな?よく覚えていません。

 その下に下手な絵で、椅子に座っている人の絵を描きました。
 その絵を指さし、この時は「ここまで座っています」と言ったと思います。

 彼は椅子に座り、その後、練習終了までずっと前を向き、気を散らすことなく座っていました。

 異動してきたベテランさんは、渋面をつくりすごく考え込んでおられました。

 ここで本当に視覚支援の大切さを得心されたようです。(TEACCHの、かどうかはわかりません)翌日からA君のために式次第を用意して下さるようになりました。

 このエピソード・・・単にお前(kingstone)の連絡不足じゃないか、と言われればその通りですね(苦笑)事前にA君が、どんなことを理解し、どんなスケジュール(この場合はワークシステム。ハルヤンネさん流に言えば、子スケ・孫スケ)だったらわかるか。それを伝えることができていたら何の問題も無かった。しかも、用意するのは職員用のプリント1枚でOK。何のめんどくささも無い。

 まあ私のプレゼン能力では、まるまる1年かかったわけです。

 このエピソードをパソコン通信に書いた時、ある質問が来ました。

「単にA君との人間関係が、異動して来られたベテランさんよりkingstoneさんとの方が良かっただけでは?」

 「人間関係」というのが何を差すかは難しいですが、たぶん異動して来られたベテランさんの方がよっぽどわたしより人間関係が良かったと思います。

 私は直接の担任では無くなっていたので、関わりは薄くなっていました。また異動して来られたベテランさんが地域校交流か何かでお休みの時はA君はベテランさんを探すような行動が見られました。

 校外学習の時に、帰る時刻になって「あれ?A君いないよ」となった時にベテランさんが探しに行くと、A君がベテランさんを見つけてやってきたりすることもありました。私は、すげえなあ、と思って見ていました。

 「人間関係」というのか「愛着行動」というのか、はるかにベテランさんの方が上だったと思います。
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卒業式の視覚支援係を作る提案を他の先生がした

 今日、卒業学年の打ち合わせがあったのですが・・・

 私、今まで朝会や終業式・始業式に一人で視覚支援をしてきました。
 で、「卒業式でもやらせてね」と希望を出しました。
 「ただし、美しくするのは期待しないでね。私、美しく、って言われたらノイローゼになってしまう。そう言う方は、私に協力して美しくするほうをやってね」と言いました。そしたら

「じゃあ係を作ろう。でkingstoneさんがコンテを出し、係で(貼る台を含めて)美しくすればいいのだから」

 という話になりました。
 もちろん卒業式委員会を通るかどうかはわかりませんが・・・

 ほお「係」・・・そこまで考えてなかった。
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卒業式の校長先生の話の視覚支援担当係ができたという話から

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 >すごーい!!
 >学校全体の取り組みになってきたのですねー。

 ええ、で、どうも卒業式だけでなく、来年度の行事の係の中に担当ができそうです。しかもこれについては私が提案したのではなく、他のところから「あれはいいからやろう」と提案が出てきたとのこと。正式決定はまだこれからですけど。

 ありがたいことです。
 いや、ありがたい、なんてもんじゃなく、正直感動しています。

 >いいなぁ、□くんの行く特別支援学校もこうなってくれる
 >といいなぁ…

 まあ来年度になってから「香川大学附属養護」や「私の特別支援学校」ではこんな取り組みがされてて効果をあげている、ということをお伝えしたらいいかも・・・。

 私もやってみても感じたのですが、別に自閉症のお子さんだけでなく、他の障害の、しかもかなり知的に重いお子さんが注目してくれています。こういうことが必要やったんやなあ、と思うと同時に、それがわかると「何で今までやってこなかったんや」と後悔の念も起きます。
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卒業式の校長先生の話の視覚支援

 卒業式の話が出たので、時系列は前後するかもしれませんが、続けて書きます。

 香川大学附属養護学校の実践を知り、集会活動で校長先生の話を視覚支援するようになった話は書きました。校長先生の話を紙芝居にして見せるというやつです。これは毎月続いていました。

 卒業式の準備をする季節になりました。教師は卒業式には気合いが入ります。(私自身はそうでもなかったですけど)

 卒業式でも、校長先生の話を視覚支援したらどうか、という話になりました。私が提案したわけでもなかったような気もしますが。計画試案には入り、それを審議する職員会前の会議(ややこしい言い方ですね(笑))で、私の意見を聞きたい、ということになりました。

 私が呼ばれる前に、もう、取り入れることはほぼ決定していたようです。校長先生なども押して下さっていたと思います。呼ばれて会議室に入ると「じゃあ、これで係を作って、ということでいいな」と言われました。

 私はここでもう一押しと
「じゃあ、子ども達にわかりやすくするために、PTA会長さんのお話と、教育委員会の来賓の方の挨拶も視覚支援してみたらどうでしょうか。話をされる方も、理由を知ったら、きっと視覚支援して欲しいと思われると思うのですが」と提案してみました。

 そしたら校長先生、まあ当時の卒業式についての会議ですから、他にいろいろストレスもたまっておられたのでしょう。
「ええかげんにしなさい!わしゃ、よう頼まん!」
と怒られちゃいました。

 私は心の中で「クックッ」と笑いながら、会議室を飛び出ました。

 まあ、前にも書きましたが学校(官公署)、係分掌に名前が入ってしまえばこっちのもんです。翌年からは「例年通り」というやつで、自然と続いていきます。

 その年は、私以外の先生が係になり、OHPで絵を出しました。
 私は少し相談にのっただけです。


 後日談を書くと、翌年、PTAからは「是非とも絵で翻訳して欲しい」と申し入れがあり、それからは視覚支援するようになったとのことです。

 教育委員会の来賓の方は知りません。まあ、わからなくてもOKな話っていうことなのかな(^-^)/

 最近はパワーポイントを使っているはず。

校長先生の話の視覚支援

知的障害特別支援学校の式典における視覚支援
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卒業式の絵カード担当

 卒業式のあれこれが決まる季節ですね。
 私のところでは卒業式の係で、

掲示係の中に「(校長先生のお話用)絵カード作り」担当
会場係の中に「絵カードめくり」担当

ができました。なお私はアドバイザーとして入っていますが、直接手は下さない予定になっています。作るぞお、とは思っていましたが、本当にできちゃった・・・
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卒業式の校長先生の話の視覚支援

 まったく同じ題名のエントリーもありますが・・・

 そうそう、校長先生の話をどうしたか、を書くのを忘れていました。

 まず係なんですが、絵を描き用意するのは「掲示」の係が、当日の用意や、現場でめくるのは「会場係」がすることに決まっていました。私はアドバイザーとして入ります。

 今まで移動式のホワイトボードに、半分に切った模造紙をくっつけてみんなに見せていました。しかし、これだと卒業式の時、ホワイトボードってのが(しかもそのほとんどの部分は使わない)なんか間抜け・・・

 飾りをつけるのもたいへん(労力がかかる)し。

 そこでOHPでやってみました。周囲がある程度明るくても見えるし、スクリーンを特別飾らなくても違和感ないし、よしこれでいこう、ということになりました。またOHPシートに描くのは模造紙に描くより簡単です。

 校長先生の原稿が2日前に上がってきました。
 私は「校長先生の絵を描く係」の人をつかまえ、さあやりましょか、と声をかけました。私は絵コンテ用紙(1枚のA4の紙に8つの下書きが描けるようにしている)を用意します。

 二人で原稿を読み、どこを絵にするか相談します。
 1段落に1枚か2枚ということにしました。例えば

「春めいてたいへんいい日よりになりました。梅の花も咲き、みんなの門出を祝っているようです。云々かんぬん」

という3〜4行ある出だしの挨拶は「梅とお日様」の絵1枚だけ。

 結局12〜3枚ですみました。

 マカトンシンボル集やボードメーカーの中のシンボル集(PCS)を参考にしながら二人でアイデアを出し、私が下書きをラフに絵コンテ用紙に描いていきました。

 ここまで20分くらい。
 その後、係の先生が30分くらいかけてOHPシートに清書されました。

 翌日、絵を描く係の先生と、絵を当日めくる係の先生と私とで、校長先生と打ち合わせ。その中で「よしこの絵ははずそう」「よしこの段落は絵に描いているところ以外はしゃべるのをやめよう」と校長先生が判断していかれました。

 この打ち合わせは5分かかっていません。

 本番、まあちゃんとできたんじゃないかな。
 子どもたちも視線をよく向けていました。

 実際、教育委員会の方やPTA会長さんの挨拶は何も頭に残っていませんが、校長先生の話は映像として頭に残っています。(って下書きを描いたからかもしれませんが(笑))

 しかし、事情があって、スクリーンの位置が在校生のみんなに見えない位置だったのは少し残念です。まあ来年は見えるように、全体の席の配置を変更することを提案しておきました。

 さて来年度はどうなるでしょうか。

追記
 前にも書きましたが、翌年から、PTAからの申し入れで、PTA会長の話も視覚支援することになりました。

 今はOHPじゃなくパワーポイントを使っているはず。
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卒業式の練習1

 いよいよ卒業式の練習が始まりました。
 (学年、まるわかりやなあ(笑))

 今日は教室で座席から証書を貰い、それを受け取る人に渡し、席に帰るという練習。

 そのために1週間ほど前からこんな練習をしていました。

 C君
 クリップボードに校長先生の写真と私の写真を上下に貼っておきます。クリップボードには紙もはさんであり、その紙にはチェックボックスと「受け取ったらチェックをして、ねぎらいの言葉をかけてC君に返して下さい」と書いてあります。ペンも一緒につけています。

 で校長室の外でC君にこれを渡し、校長先生にチェックを入れて貰って私にこのクリップボードを返します。初日は他の先生についていってもらってどうやるかをC君にわからせてもらいました。(私が教えるよりいいだろうと思って)

 2日目はクリップボードを渡したところですぐ帰ろうとするし、校長先生の前で「きをつけ」をしない・・・

 そこであらかじめ校長先生の机の前に足形を書いた紙を置いておきました。うーーん、しかし3日目も指さしの指示は必要だったなあ・・・

 F君
 F君にはどうしたらいいだろう、と悩んでいました。
 でもできるだけ介助者に手をとってはもらいたくない・・・

 教室で各担任の写真を渡し、それをその先生に渡すようにできないか、とやってみました。そしたら学年の担任だと、まあ少し誘ったところもあるけど、ちゃんと持って行きました!!

 ごめん、F君、君の力を見誤っていた。

 で、朝、登校時、校長先生が出ておられる時もあるので、校長先生の写真を渡し持って行くようにさせてみました。うーーん、やはり学年の担任よりはなんか茫漠としている・・・

 で、今日の練習です。

 C君。
 クリップボードに証書を渡す役の教師、受け取る役の教師の写真をチェキ(インスタントカメラ)で撮って用意しました。戻って座るイスのマーク(個人シンボル)のカードが最後に来ます。

 それぞれの机の前に足形を用意しました。

 足形の上に足を置くのは指さしが必要でした。
 それぞれの担任の場所に行くのはばっちりでした。
 イスに戻るのはマーク(シンボル)カードを使うのが初めてだから指差し指示が必要でした。でもシンボル自身はいつも使っているから次から大丈夫じゃないかな。

 F君
 まず座っているところから証書渡しの担任の写真を渡します。
 その担任のところへひとりで行きました。
 証書渡しの担任が証書受け取りの担任の写真を渡します。
 受け取りの担任のところへひとりで行きました。
 やはりイスのマーク(シンボル)はちょっとどう動いていいかわからなかったようですが、イスのところまで誘導するとイスについているシンボルマークとカードを合わそうとしました。

 なんかめちゃくちゃ感動しました。

 よーし、もっと校長先生がしっかりわかるようにしよう。

 今日、懇談会がありました。
 そこでC君、F君の保護者に「こんな方法でやってもいいですか」「待ってる時にいろんな物を持っていてもいいですか」と許可も得ておきました。
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卒業式の練習2

 いよいよ体育館での練習です。

 土曜日に自主研修会の終わった後、イスに個人のシンボルマークをつけておきました。
 今日イスを並べたら何人かの子は指示なんか無しでさっと自分のイスに座ります。これだけでもやったかいがあったというもんです。

 それぞれの机の前には足形を置きました。

 詳しく介助の仕方を書いたものを学年の先生がたと机の前に立って下さる先生には配りました。でももちろんくわしく書いてるから「その場」では役に立ちません。そこは口でやんなきゃ仕方ないですが。

 まず今日、証書を渡すところに立つ先生と、預けるところの先生の写真をチェキでパッと撮りました。それを手順書のゼムクリップにすぐにつけます。

 でC君。
 声かけしないで下さい。つきすぎないで下さい。必要な場合のみ、指さしで指示を。とお願いしました。

 呼名で手を挙げてくれた!!
 教室での近い距離の呼名でも時によってはあげないこともあるのに!!

 一呼吸おいて後ろの先生に、手順書を渡してもらいます。証書渡しの先生、預かりの先生、イスのマーク、と3枚の写真をゼムクリップで留めたものです。

 C君さっさと証書渡しの先生のところへ行き、足形の上に立ちます。
 そして手順書を証書渡しの先生に渡しました。
 気をつけ、は証書渡しの先生が気をつけをしてくれるとまねました。
 先生が手順書から自分の写真をはずし、証書と一緒に渡しました。

 次にC君は証書預かりの先生のところまで行き、証書と手順書を渡します。
 先生は自分の写真をはずした手順書だけをC君に渡してくれました。

 C君は自分の席に戻りました。
 やってる最中、にこにこしていたのが嬉しかったです。
 どうしたらいいかがよくわかるからだろうな。

 着席した時になぜかみなさんから拍手が出ました(笑)

 さてF君。
 うーーん、教室で担任とやった時は写真を渡すとさっさとその写真に写っている先生のところへ行ってくれました。しかし、今日の先生方はふだんつきあいの無い先生方です。写真を見てくれようともしませんでした。うーーん・・・・・

 本番の時は校長先生と、昔担任してもらった先生。うーーん、意識してくれるかなあ。でもF君を進む方向に向いてもらうと、それぞれの机に向かっていくところは手をつながなくてもできました。

 まあ練習ですね。

 今日はその後、他の練習もする予定だったのですが、時間が無くて証書渡しの練習の2回目をやりました。

 で、C君、手順書なしでやってみました。
 また足形はやはりそれがあると困るお子さんもいるので、ビニールテープで印をするだけにしてみました。

 教室の練習と今日の1回目で流れは覚えてくれかなあ、と思ったのですね。やってみると「指さし」が必要でしたが、手順書なしでもできました。

 しかし・・・実は手順書があった方が「自立的」にできてるんですよね。見た目はたぶんみなさんに違和感を与えるでしょうが。指さしがなくてもできていたんだもん。うーーん、今後どうするか・・・

 今日は指さしが必要だったけど、一応の流れはわかったと思うので、後は練習を続けてたら指示なしでできるようにならないかな・・・

 うーーん、迷います。
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卒業式の練習3

 体育館での練習2回目

 C君に写真なしでやりました。
 見事にやることがわからず不安そうな表情でした・・・・

 ちゃんと手順書を使おうと思いました。

追記
 このあたりから、私にもやっと、自閉症の人に「見てわかる」「スケジュール(ワークシステム・子スケ・孫スケ)」を用意しないことが、どれだけ残酷か、というのがわかってきました。すぐ忘れちゃうんですけどね。

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卒業式の練習4


 卒業式の練習ですが・・・

 ここに

年間指導計画 号泣

が入ります。

年間指導計画 号泣


 今日は卒業式の全体練習でした。
 明日は予行。
 そして明々後日が卒業式です。
 
 昨日、いろんなことがありました。

 ある「業界の著名な方」がわざわざ学校にいる私のところへ電話をかけて下さいました。友人から話がいったのでしょう。私の実践を出版する本の一部に載せたいとのことでした。

 私はその方が私をkingstoneとしてよく知っている(意味、常識の無いとんでもない奴、たいへん情けない教師である)と思って話をしていました。だから普通なら「社会的な仮面」をつけてしゃべるところを、まるまるkingstoneとして話していたのですね。

 で、その方が「年間計画が」とおっしゃったので、私は私とつきあいのある方だとよくご存知のバカ笑いをしてしまったのですね。で「私、年間計画なんか立ててないんですけど」

 激怒されてしまいました。「笑われるようなことでありません」とおっしゃい、電話をガシャンと切られました。後で「何か変だなあ」と思い、いろいろ調べたら私の勘違いで、先方は私のこと、たぶん何もご存知ない方だったのです。

 相手を怒らせてしまった、ということがすごくショックでした。
 それもこちらの勘違いで相手の方との距離の取り方を間違ってしまった、という完全にこちらのミスですし。

 結局のところ昨日の夜はその後始末(っても私流ですけど)に忙殺されました。

 でまた、夜中に現在水疱瘡の息子が「頭が痛い」と言いだし、嘔吐までし始めた・・・であわてて病院に(片道40分くらい?)に連れて行きました。着いた頃には落ち着いて「問題なし」になっていましたが・・(すわ、髄膜炎か、と思ったのです。今日診断しもらったら単なる流行性腸炎でした)
 
 それやこれやで寝たのが午前3時・・・寝不足もありました。
 それらが伏線でした。

 で、今日は卒業式の流れをざっと流して行きました。

 証書授与、C君には介助について頂かないでやってみました。
 今日は手をあげて返事をしてくれました。
 また証書を頂く机の前で上手には気をつけはできないし、途中小走りになったりするところはあるけれど、一応介助なしでちゃんとできました。それでええやん。

 F君は授与式はまあまあ・・・写真を見て移動する、というのは難しいのですが、まあそれでも流れにのってたかな・・・
 
 ところでF君は式の最中も「トイレ」のサインを出します。
 どうしようか、とも思いましたがさっと立って連れていく、というのが何度かありました。でもほんとに出るんだもんな・・・。それでええやん。(最後の一度は我慢させました)

 授与式が終わってビデオです。
 どの子も机の上での勉強をしているところが出てきます。
 もちろん他の活動も出てきます。
 それを見てウルっと来ました。
 私は「年間計画」もよう立てない情けない教師だけど(で、もちろん作れるなら作った方がいいのだろうなとは思いますけど)とりあえずここまでやった。それでええやん。

 でビデオが終わって歌。「ありがとう、さようなら」

 もう堰が切れました。
 号泣してしまいました。

 実は療育援助セミナーで複数の方から「泣かないでよ」「泣くな!!」と言われてました。まあ別に泣いてもええんやろけど、わざわざボードなどで書くことでは無い・・・ほんまです。

 でも泣いてしまう私がいます。
 でやっぱり書いてしまう(笑)
 で、それでええやん・・・

 しかし・・・ほんま現実生活に支障を来すなあ・・・
 実習生さんにも「熱いハートと冷静な頭」なんて言ったのに、冷静な頭はどっかに行ってしまってます。


※ ここで書いた私以外の他の方への批判などはご遠慮下さい。あくまでも私から見た一方的なものですし、ほんまあれこれいろいろ事情というのはあるのです。トラブルを起こしたり、いろいろあったり、ってのは私の未熟ゆえのことが多いですから。私が書きたいことは「それでええやん」ってことだけです。

追記
 電話が切れた時に、前にいる教頭先生に「まいったなあ、実は・・」と少し事情を話しました。すると教頭先生は「何言ってんの。うちの中学部、素晴らしい年間指導計画を立ててるじゃないの」とおっしゃいました。

 その瞬間「年間指導計画って立てても無駄なんだ」と思いました。
 当時の中学部の実践は・・・・

 年間行事計画はスケジュールですから書けます。

 しかし、一人一人の子どもは目の前でどんどん変化し、また停滞したりします。目の前の「今、ここ」を追求していくのでいいのじゃないかと思います。年間指導計画なんて立てられるのか?

 年間指導計画を立てる時間にビデオ分析をした方がよほど役に立ちます。

 書類作りに追われて肝心の実践ができないのは馬鹿みたいなことです。

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卒業式の練習5

 あはは、号泣したことだけ別に書いて、肝心なこと書かなかった・・

 今日はC君「手順書を持って」ひとりで証書受け取り、渡し、席に帰る、ができました。

 ところで今日、長く待つ間、A君が退屈して立ち(走り)歩くことが頻繁にありました。担任の先生があれこれ言って下さるのですが、続きます。

 そこで担任の先生に「私からちょっと指示していいですか」と許可を得た上でこうしました。

 式次第を見せ、終わったところまで赤ペンで線を引き消す。
 後はこれだけだと示す。
 その紙の裏の白いところにイスにすわっている絵を描き「すわっています」と文字で書く。ここを指さすとA君「すわっています」と言いました。

 で後は座っていました。
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卒業式予行演習

 今朝、クラスで「ありがとう、さようなら」を歌っていて、うっ、と来て(嗚咽しそうで)歌うのをやめておきました。でも、予行演習本番は大丈夫でした(笑)

 今日は、ブレザーを着て、ネクタイをしめてやってみました。

 成果がありました。F君が、手がさみしくなると、私のネクタイを引っ張ります。またF君がマイクに突進しようとした時、とめようとしたらボタンを引きちぎられた。

 これで本番での対策が立てられます。
「手をさみしくしない(手触りが好きな物を用意)」
「マイクからはできるだけ大きく離れる」

 C君、今日は呼名で手を挙げ、手順書を持ち、全然介助なしなのにしっかりと踏みしめて歩いていました。感激。本番もこの調子でね。

 F君、方向を決めてあげるのは大切ですが、決まるとなんとかそちらに進んでくれていました。本番も頼むよ。

 A君の担任さん、式次第は私が用意してあげたのですが、余白にいろいろ絵と字を書いてA君に示して下さっていました。A君はとても落ち着いて参加できていました。
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明日は卒業式

 今日は本当は練習をしない予定でした。
 しかし中学部の座席でちょっと変更があって、それがどう影響するかを見るために練習しました。

 が・・・ありゃりゃ、手順書が無い!!
 おかしいなあ、ま、手近にあった紙とクリップを使って、写真を挟み、すぐに作ってしまいました。

 で、もうすぐ、というところでF君がウンチの失敗・・・着替えている間に証書渡しのところは終わっていました。

 でも後で聞くとC君は、私がいなくても、即製の手順書でしっかりとできたとか。嬉しいです。

 F君は練習できなかった(ナミダ)

 そうそう。A君の担任さん。会場に入ったとたん「紙と鉛筆を忘れた」と取りに行かれました。A君に伝えるためのものです。1年間ずっと視覚支援の必要性をおりにふれお伝えして来ました。ここに来て理解(頭だけでなく体を動かせる理解)して頂けたようです。

 今までいろんな現実場面でA君の行動を説明したり、音声言語のやりとりのさいにも視覚支援が必要な場面があることをお伝えしたりしても、

「いや、そんなときばかりではないよ。視覚支援がなくてもちゃんと話せたりもするよ(つまり視覚支援は必要無い)」

と強くでは無いですが、反論されることも多く、実際にほとんど視覚支援は使って頂けませんでした。

 担任さんの名誉のために言っておきますと、担任さんは誠実だし、暖かいし、勉強もよくされています。(ただし、TEACCHや応用行動分析などはこれまであまり勉強されていません。TEACCHについては私などが知るよりももっと以前にTEACCHを知り、場の構造化をしてみたけれどあまり効果が無かったので勉強しなくなったとおっしゃってました。また応用行動分析については、以前に講演を聞いた応用行動分析家の話の中で納得できないところがあったので、これは勉強しないでおこうと思われたとか)また何かひとつの療法に凝り固まっている、ということもありません。

 それでも実際問題として2学期の後半までは私の言うことに反発(あるいは不信)を持っておられたと言うことです。

 自立課題学習や1対1の課題学習にしても「こんなのでない体を動かす授業をしよう」と常におっしゃっていました。しかし3学期になるとプレイルームを確保していたのも忘れて、一生懸命教材を作り課題学習に取り組んで下さいました。

 今までの特別支援学校の文化の中にいらした方に理解して頂くには時間がかかる。でも、理解はして頂けるのだ、というあたりかな。

 今日、夜帰る時に教室を見たら(私は他の仕事をしていて教室掲示ができなかった)すばらしくわかりやすいスケジュールをホワイトボードに描いて下さってました。

追記
 記録を見てて思うのは・・・学校、卒業式にこだわりすぎやわ。
 他にすることないんかいな・・・
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今日は卒業式

 今日は卒業式でした。

 C君、手順書を持って立派に証書を受け取り、預け、着席することができました。

 F君、比較的介助を少なくして受け取りに行くことができました。

 A君、今までで一番立派に証書を受け取りました。

 他のお子さんもそれぞれに頑張っていました。

 今日は、思いっきり泣いてもいいよ、と自分に許していました。
 歌を歌っている時にいい波が来ました。
 ワッと泣きかけた時、気管に何かが入ってむせました。
 それで、すっと波が引いちゃった。
 うーーん、おしかった。(笑)

 保護者のみなさんからも暖かい言葉をかけて頂きました。
 またもちろん同僚のみなさんの協力があってこその素敵な卒業式でした。

 さて、卒業式は終わりじゃない。
 子どもたちも私もまた新しい旅立ちの始まりですね。
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卒業式にて

 立つ所にマークをしたり、視覚支援をいろいろしたり、手順書をつくったりしたおかげか、式はとどこおりなく終わりました。子どもたちもひとりひとりそれなりに自立的に動けたと思います。

 ある卒業生保護者ご夫婦の会話。

母「見て見て。立つところのマーク。あんなの初めてなのよ」
父「放送局なんかやったら当たり前やないか」
母「見て見て。あのメモ(手順書のこと)あんなの初めてなのよ」
父「大事なことメモ見るって当たり前やろ。今まで何しててん」
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卒業文集に載せた文

 卒業文集に載せた言葉です。
 もちろん「子ども向け」ではありません。「教師向け」「保護者向け」です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 自信をもって進んで行って下さい

 みんないよいよ卒業ですね。私はみんなと3年間も一緒に勉強させてもらえました。

 小学部時代のみんなはすごく頑張っていました。また中学部でも、みんなの力を十分に見せて下さい。

 私からのお願いです。

 自信を持ってしっかりと活動して下さい。そして自尊心を大切にしましょう。

 これが好き、これは嫌とか、元気です、しんどいですとか。きちんと伝えられたらいいですね。我慢しないといけないこともあるかもしれません。でも自分の気持ちを伝えられたらずいぶんいろんなことが変わってくると思います。

 おとなになった時にみんなにとって大事なことが2つあるそうです。

 おうちの中で何か役割があること。
 ひとりでできる遊びがあること。

 こういうこともおうちでだけで身につけるのではなく、学校でも身につけられるといいですね。小学部時代にもあれこれとはやってみましたが、まだまだ不十分だと思います。ごめんなさい。でも、続けて中学部でも勉強していって下さい。

 最後に、みんな、そして保護者のみなさん、ありがとうございました。
 本当にありがとうございました。
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卒業式練習でのA君への対応への質問と回答

「卒業式の練習5」で書いたことについてある方から個人メールで質問を頂きました。
 いろいろ考えるのに好都合なので、回答ついでに私の独自の自問も含めて、発言としてアップさせて頂きます。

 式練習で立ち歩いていたA君。
 担任が「だめ。すわりなさい」と言っても効果はありません。
 そこで私が式次第を終わったところまで線を引いて消し、後どれだけあるかを示し、座っている人の絵を描いて下に「すわります」と書き、そこを指さすと「すわります」と言ってA君はそれからは座っていました。

Q.1 担任とA君の関係があまりできておらず、kingstoneさんとA君の関係が
できていたからでしょうか。

A.1
 違うと思います。

 私は昨年度、一昨年度の担任でした。その頃はA君、比較的私にぴったりついていることが多かったです。今年度の担任さんは彼と関係を作るべく、少し空いている時に一緒に楽しく遊んだりし、すごくA君といい関係を作っています。A君はこの担任さんが大好きなようです。

 先日も遠足に行ったおり、A君はどこかへ遊びに行きました。帰る時刻がせまってきて、私が探しに行ったのですが、どこにもいません。困ったなあと思っているとトイレにD君を連れて行っていた担任さんが帰って来るとA君はどこからともなく現れて担任さんのもとにやって来ました。
 いろんな場面で担任さんを捜してA君が寄って行く様子はよく見られます。(ただ、担任さんが他のお子さんの交流について行って学校にいない日は私を捜してやって来ますが・・・担任さんがいる時は見向きもしません(笑))

 つまり関係は担任さんの方が私よりよほどいい関係ができていると思います。

Q.2 kingstoneさんは関係を重視しませんか。

A.2
 いいえ。私は最近さぼっていますが、カウンセリングの学習と体験を重ねて来ました。そしてその中で唯関係論的な信念を持つようになりました。「関係が全て」つまりたいへん重視しています。

 受容と言い、共感的理解と言います。(わっ、この言葉出しちゃった(笑))しかしこちらがいくら受容したつもり、共感的理解をしたつもりでも、相手にそれが伝わらなければ関係なんてできません。

 相手に伝わる手段で相手に伝えないことには関係もできないのです。
 相手に伝わるためには、例えば音声言語での情報処理がどちらかというと苦手だ、視覚的な情報処理にすぐれている、とかいう本人の特性がわかっている必要があります。

 また関係が全てと言っても「俺の言うことを聞いていれば大丈夫。わけがわからなくてもじっとしていろよ」という関係の利用の仕方はおかしいと思います。

 また関係ができてから、じゃあ次の段階で何をするのか、という時に、伝えられるものが、具体的なものが無ければ、そしてそれが理解できないならば困ると思います。

 この人はいい人だな。信頼できるな。この人の言うことだったらちょっと聞いてみようかな、という関係ができていたとしても・・・

 相手がわかるように伝えてくれなければ、いくら上記のように思っていても動きようがありません。

 例えば全盲の方に墨字(普通に書いた字)のプリントをひらひらさせ、「この通りにやってね」と言って全盲の方が動けるでしょうか。

 聾で口話が取れない方に身ぶりもなしで音声言語だけで「この通りにやってね」と言って聾の方が動けるでしょうか。

 この例えを自閉症の方に適用した時にむつかしいのは、自閉症の方の場合、音声言語がどれだけ理解できるか、は一人一人大きく違うし、また一人の方でも時と場合によって変化するということです。もちろん視覚的なものでも文字・絵・写真・半具体物・具体物などの理解がどうかも一人一人大きく違うわけです。

 ただ一般的傾向として優しく暖かい先生であるほど「この子は音声言語がわかっているのよ」と主張され、視覚支援を使わない傾向が大きいような気がします。一度いろいろと試して頂けたらいいんですけどね。

 私は視覚支援も音声言語も使うし、音声言語を使ってはいけない、と主張しているわけでも、自閉症の方は音声言語が理解できない、と主張しているわけでもないのですが・・・

Q.3 普段からつきあいのある担任さんには甘えが出て、kingstoneさんは外部の人だから言うことを聞いた?

A.3
 これはあるかもしれません。
 ないかもしれません。
 よくわかりません。

 ただ日頃の傾向としても、例えばA君が一人でパソコン室に行きたい、ということがわかった時、教師の目が行き届かないと判断すれば、私は教室に戻させます。(もちろん対応できると判断すれば行かせてあげます)担任さんは行き届かない場合と思われても行かせてあげます。ひょっとしたらそういった積み重ねはあるかもしれません。

Q.4 なぜkingstoneさんは上記のような行動を取ったのですか。

A.4
 A君に見通しが立たず、音声言語で指示されてもわかっていない、と感じたからです。

 あまりA君にとって面白くもなく、よくわかりもしない時間が続くことで立ち歩かなくてはしかたなくなった。だから、目で見て見通しが立つように式次第を示し、終わった所を線で消した。そして座っていて欲しい、というのを伝えるために絵と文字を書き、示したわけです。たぶんそれによって彼は理解し、少しは我慢しようと座っていてくれたのだと思います。

 A君はある程度音声言語の出るお子さんです。
 担任さんだけでなく、周囲の多くの方から「A君は言葉がわかる」というふうに見られます。そしてそれは事実ではあるのです。

 しかし私が見たところ、複雑なやりとりになると音声言語を道具として使うことはむつかしくなります。
 また、やることがなくて退屈してしまったり、刺激が多すぎて混乱したりする場面では、音声言語を理解する能力はより低くなってしまいます。

 また「見通し」をたてる重要性を言われる教師も数は多いです。しかし具体的にどうやって見通しを立ててもらうか、についてはルーチン(習慣・何度もやってわからせる)か音声言語での説明というのがほとんどの方がこれまた多いです。しかし練習は何度目かに入ってある程度ルーチンとなっていましたし、音声言語でも説明したのですが、彼にはわからなかったわけです。

 「見通し」をたてるための具体的な技術は私はTEACCHの事例から学びました。その1つがスケジュールを書き、終わったところから線で消す、というものです。(注・これは1例であり、人により、時により、様々な方法があります)

 で、このような視覚的な対応は、普段から私はA君によく用いており、効果が上がっていると思っています。その体験があるので私は上記の行動を取ったわけです。私はいつも写真カード・コミュニケーションブック筆記具各種・メモ用紙、そして今回の場合は拡大した式次第などをウェストポーチに入れて持ち歩いています。

 なお担任さんにはこの1年、お伝えしてはいましたが、つい先日くらいまでは私の言う「視覚支援の必要性」に反発ないし不信を抱いておられました。

 また必要性をお感じになられないから視覚支援グッズを持ち歩くということもされないままでした。となればもちろん視覚支援を使ってあれこれ試してみる、ということもできません。確かに視覚支援グッズを持ち歩くなどということは、よほどその必要性を感じていないとめんどくさくてやっていられません。

 しかし今回のことはかなりショックであったようです。翌日はご自分でいろいろ用意しておられました。

Q.5 A君は座っていてうれしそうでしたか?

A.5
 おお、すごくいい点の突っ込み。
 そこが重要な点と思います。

 あまりうれしそうでもありませんでした。
 嫌そうでもありませんでしたが。
 特に面白くもない、というあたりの表情かな。

 ただ、それは歩き回っていても同じだと思います。
 別にうれしくもない。
 わけがわからず見通しが持てず、不安なだけだと思います。

 つまり式練習そのものがあんまり面白くもなく、いやなものだ、ということがあると思います。

 卒業式や練習の形そのものを考えないといけないと思っています。

Q.6 担任さんはどう思い感じたのでしょう。

A.6
 これはもちろん担任さんに聞いてみないとわかりません。
 ただ見てわかるのは「眉間にしわを寄せて渋面を作った」ということです。これは

 1.そうか、いつもkingstoneさんに言われているけど、こういうことやったのか。用意してなくて悪かったな。
 2.余計なことしやがって

 とかいろいろ考えることができると思いますが、たぶん1.に近いと思います。翌日はかなりの視覚支援の用意をして下さいましたから。

 本番は少し少ない用意になりA君は少しだけ立ち歩いてしまいました。
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2年前の卒業式練習(私がA君を怖い顔をして叩いていたこと)

 一連の「卒業式シリーズ」なんか、私がカッコイイですね(^-^)

 で、丁度このシリーズの2年前の卒業式練習の時の記録が残っています。登場人物は同じA君です。私は、初めてTEACCHの2日間セミナーに行った後で、自立課題学習も少しは始め、靴を脱ぐ場所には目印をつける、とかはやっていたころ。まだスケジュールは取り入れてなかった頃です。

 卒業式の練習をしています。

 在校生のA君も出席します。

 1回目の練習の時は途中で何度も「うんどうじょう」と言って運動場に遊びに行きたがりました。

 で今日は始めに

 「しきのあいだしっかりすわっています」
 「あとでうんどうじょうであそびます」

 と書いた紙を見せました。そのせいか、単に慣れただけなのか、今日は「うんどうじょう」と言って立ち上がることはありませんでした。

 ところが・・・途中で隣に座っている私の膝の上に足をのっけようとします。退屈で甘えてきたのでしょう。こわい顔をして「ちゃんとすわります」と言っても駄目。

 でついにA君の手のひらを「パチン」とたたきかつこわい顔で「ちゃんとすわります」と言うといい姿勢で座りました。

 ところが・・・だいぶたってからまたこちらの膝に足をのっけようとし、手のひらを私の方に出して「パチン」と言います。「パチンして」という感じ・・・まいりました。

 行儀よく座ってるよりこうやって遊んでる方が楽しいよ、ということかな。

 ううう、どうすりゃいいんだ。
 まあ、何やかややりとりしながら最後までもたせましたけど。

 まあA君にとって式はあんまし面白くないわなあ・・・。
 でも卒業式だもんなあ・・・。

 また何かいい方法があったら教えて下さい。
・・・・・・
 これには長いことレスがつきませんでした。

 私は確かに「困って」いましたが、障害児教育フォーラムに書きこめるくらいですから「本当に混乱し困っていた」という状態では無かったと思います。そういう状態だと公開の場に書けないですから。ちょっとした「ほのぼのエピソード」くらいの気持ちであったかもしれません。

 保護者もこの記事を読んでおられましたが、笑顔で「家でもパチンしちゃうんですよー」なんて言って下さってました。

 しばらくたってからレスがつきました。もう今は高名となられたお医者様です。今は掲示板にレスをつけるなんて時間はとても無いと思いますが、当時はつけて下さったのですね。長い丁寧なものでした。全文引用したいですが、そうもいきません。かいつまんで書きます。

 まずTEACCHの視点から見たとき、という断り書きが入ります。
 その上で

・スケジュールで見通しをたてることの大切さ。
・式の内容がわからないなら、わかって楽しめる物を持ち込む。

を教えて下さいました。そしてその上で「嫌なら嫌と表現できる(そしてもちろん実現できる)」ことの大切さ。表現コミュニケーションができることは権利擁護(アドボカシー)のためにも大切、というようなことを教えて頂きました。

 最後に感慨として「学校では式が多いけど、自閉症の文化には脅威かも」と述べてはりました。

 すごくありがたいレスでした。
 ここからまた私はあれこれ考えるようになります。
 それが2年後の卒業式にもつながっていくわけです。
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その他の卒業式・卒園式関連

 ○○さん、こんにちは。

 □□君、ご卒業、おめでとうございます。


 >教訓だよ、先生方。
 >式場の飾りつけ、置物は、当日変更しないように! (^。^)

 あははは、でもうちも当日変更になります。

 >せっかくのPCSシンボルのスクリーンが、パンジーに負けちゃいます。

 私のところはOHPで出すことになりました。
 で、残念なことにいろいろあって卒業生や来賓にしか見えない位置にスクリーンを置くことになってしまいました。在校生ごめん。
−−−−−−−−−−−−−−−
AAさん、こんにちは。

 わっ、BBくん、座り続けることができたんですね。
 えらい、えらい。
 
 小学校でもいろんな問題は起こると思いますけど、ひとつひとつ対処していけば解決できない問題なんて無いと思います。新たな生活に向かってGOですね。(ニコ)
−−−−−−−−−−−−−−−
 CCさん、こんにちは。

 わあ、熱心な先生方のおられる園に通っておられるんですね。
 なかなか講演会などに行ってくれる方って少ないと思いますから。

 >でも、今年の卒園式(確か、来週)は欠席させるつもりです。
 >先輩たちの門出の舞台で、いつものようにウロクロしたり、お気に入りのビデオの
 >せりふを突然しゃべりだしちゃあまずいでしょうから・・・(^^;)

 これ、ほんま参加する欠席するって考え方次第だと思います。
 もちろん「それでも参加」とあの手この手を考えるのもひとつの道。
 しかしお子さん自身に負担が大きいだろうから欠席、と考えるのもひとつの道。

 >まあ、今年は主役じゃないからいいとして、来年はどうなることやら・・・

 来年に向けての「あの手この手」の練習と考えて参加してみるって手もあるかも(ニコ)

 私の担当したお子さんではC君には式次第を用意して消していく、(これはC君にはあまり効果は無かったみたい・・・アセ)F君には大好きな空気の抜けたボールで遊ぶ、というのを用意しました。
−−−−−−−−−−−−−−−
 DDさん、こんにちは。

 > 確かに、それもそうですね。
 > 迷惑かけまいと欠席する選択もあるわけですね。

 実は・・・「迷惑」だけだったら別に「迷惑かけてもいいじゃん」と私個人は考えています(ニコ)

 やっぱり本人への負担とか、「本人にいいか悪いか」で考えて選択したいですよね。

 > 幼稚園は、あたたかいムードだったけど、小学校はなんか空気が
 >ピリピリするような感じ。思い過ごしならいいんですが。

 まあそうかもしれませんし、そうでもないかもしれません。
 こればかりはその場になってみないとわかりませんね。
 でも構えすぎると余計にそっちに行くってのもあるし・・・

 私の好きなある先生の言葉。
「「大丈夫。きっとうまくいくよ」これを何回かつぶやいてみよう」
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うろうろしないこと(卒業式参加についての番外編)

 担任と子どもとの関係の番外編です。

 私より以前の担任さんは、たいへん指導力のある方でした。

 すごくメリハリのきいた指導をされ、困った行動をする時は叱り、良い行動をした時はほめ、また楽しいこともいっぱいされていました。体を使っていろいろすることが多かったかな。A君だけでなく、この方がおられると他のお子さんでもあまりうろうろ動いたりしないことが多かったです。

 またすごい偏食のお子さんが、この方が側に来ただけでぱっと嫌いな物を口に自分で入れる、という行動もみられました。でこの方がいなくなると吐き出す・・・

 私が担任してから木工の授業をしていました。木材を電動糸鋸で切る、という課題の時にこの先生が来られました。「久しぶりやなあ」と言いながら一緒にA君と材木を切ろうとしました。A君はものすごい抵抗をして電動糸鋸の側に寄りませんでした。

 私が変わってみるとA君は何の力も入れず私に手をまかせ、一緒に材木を切りました。その時私は何も気づいていませんでした。しかしその先生が

「あっ、お前、kingstoneさんとやったら切るねんな。こいつう」
と大笑いしはりました。

 その時「あっ俺みたいな情けない教師でも、この業界で生きていく意義(あるいは必要性)もあるのかもしれないな」と思いました。

 たぶんこの担任さんが側にいればA君は立ち歩いたりしないことと思います。通常校に交流に行き、本人にとってわからない授業であっても動き回ったりすることは無かったと言いますから。(私とだとわからなかったり、退屈したりするとうろうろしようとしましたし、いろいろ要求しようとしました。それを前担任さんは不思議がっておられました)

 すごい関係が作れれば立ち歩いたりしないのかもしれない。

 しかし、そんなすごい関係が作れるよりも、あまり濃い関係がなくても、あの手この手で本人がわかって納得して座ったり、動いたり、あるいは拒否したり、してくれる方がいいな、って思っています。

追記
 威嚇と暴力の上手(?)なリーダーさんのことですね。
 もちろん障害児教育フォーラムに書いていた頃は、そんなことは書けなかったのですが。

 また前にも書いたことですが、当時、またそれ以前、その知的障害特別支援学校において、ほとんどの教師が自分は手を下さないにしても、この先生を頼りにしていた、という事実には重い意味があるなあ、と思います。

 虐待への芽は、誰の中にもあり、容易に発現します。

川を渡る
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「視覚支援やってみたけどあかんかった」と言われた話

※ある特別支援学校の先生が卒業式の時に、周囲の先生が「式次第が欲しい」(今までそういうものを児童・生徒に使ったことが無かったと思われる)と言うので、とりあえず作って渡してあげたけど・・・という話です。

 こんばんは。○○です。

 先日卒業式の視覚支援のひとつ「式次第」をさんぷるで?ほしいひとに渡してつかってもらいました。それで、必要だと思ったら当日もつかってもらう。

「これを渡しても見ない。」「やぶられた・・・。」など・・。悲しい意見聞きました。
 その反対に自分で、改良して使ってたひともあった。

 今日、みんなに言いました。

「今回の卒業式が初めての視覚支援の子どもにぴったり来なかったからと言って、決めつけないでください。土曜日のハルヤンネさんの講演の話にもあったように、□□くんも半年ぐらいかかってます。うちのクラスの子も1学期かかってます。春から取り組んでいれば、多分改良して使えた子どもはいるはずです。初めて視覚支援を使うのがこんなつらい卒業式のような儀式的行事だということの方が・・・。」

 涙でそうでつまりましたがなんとかはなししました。
 怒りと情けなさで・・・。

 ここに泣き言書いて終わりにします。
 明日から又やらなくては・・。ニコニコとね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

> 先日卒業式の視覚支援のひとつ「式次第」をさんぷるで?ほしいひとに
>渡してつかってもらいました。
> それで、必要だと思ったら当日もつかってもらう。

少しずつ広がっていきますね(ニコ)

> 「これを渡しても見ない。」「やぶられた・・・。」など・・。悲しい意見聞きま
> した。

 うふふ。初めからうまくいく「一発カード」なんてなかなか無いですもんね。
 しかも卒業式・・・・

 でもまあ改良して使ってくれた人もいるようだし、ほんま少しずつ・・・

追記
 よくある話かもしれません。日頃のスケジュールの理解があってこそ特別な日に役に立つのですが。
 でもって、周囲が「作る」のをひとりに丸投げ・・・一人一人の子がどんなことならわかるのか、わからないから無理があるし、あなたたちの給料は何のため?って言いたくなりますけどね。まあ最初はしかたない・・・
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卒業式で校長先生の話の視覚支援をすること

 こんばんは。○○です。

 とうとう卒業式が来週になりました。


>  □□は、あの冊子より、トランジッションコーナーに貼ってあった
> 一枚ペラの方が、わかりやすかったみたいです。
>  内容は「同じもの」やのに…。

 この△△さんの言葉で後押ししてもらったような気がします。

 いろんなとこに頭を下げ、やっぱいちばんやりたかった形にします。

 私のにこの仕事のまわってくるきっかけは、私に役がなかったことから来ています。(つまり校内で重要視されていない人)だから、いろいろややこしいのだけど。会議で承認された仕事ではないから・・。

 頭下げるのはただやもん!
 校長先生の話は大きな大きな紙芝居風にします。

 多分子どもたちは喜ぶと思います。
 自閉症じゃなくても・・・。

 一緒に動いてくれた仲間に感謝。

追記
 特別支援学校の卒業式の視覚支援ですね。最初はたいていの人が「頭を下げまくる」ところから出発しています。

 もう、卒業式やその他の行事の時の「お話」の視覚支援は当たり前だと思っていましたが、そうでもない学校もあるようです。
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卒業式での視覚支援 ある特別支援学校で、初めて

※ある特別支援学校の先生が初めて学校全体として卒業式の視覚支援に取り組んだ時のものです。

 こんばんは。○○です。

 今日卒業式でした。
 昨年は視覚的なスケジュールを使ってたのはうちのクラスの子どもだけ。それと同じものをコピーして使いたい人に分けたりしてました。

 今年は、結果的には

・式次第・旅立ちのうた(子どもたちの掛け合いのことば。)
・校歌・国歌・卒業生(29にんの顔写真)
・校長のおはなし

を視覚支援した物をつくり、必要とする子どもの担当教員にに渡し、改良したりして
使ってくれるように頼みました。これが14人。うちの学校はスクリーンもないし、

「これらがないと、視覚支援なんて無理やろ?」というひとに
「できる。やらして」と言いきってしまい始まりましたが。

 ただ練習でやってみると、特に校長のお話は何枚にもわたるし、冊子にしても今ひとつでした。それで大きな大きな上に(模造紙1枚くらい)拡大し、計8枚をめくる形で子どもたちに見て貰いました。

 結果はたぶん、1番長かったはずの校長の話のときが1番静かなシーンになったと思います。こどもたちが見ていたから。

 嬉しかったのは、校長が来賓の人にも同じ冊子を渡したいから作って欲しいと言ってくれたこと。

「光とともに・・」も持っていけばよかった・・・。

 後、クラスの子が「はーと」「わらってる。」「あくしゅ」とか見た絵を分かる言葉で言ってくれてたこと。それから、自分の知ってる子の証書授与のとき「□□ちゃんおめでとう!」と叫んだだこと。

 後半はすこし辛そう(中間地点ゴールのご褒美のシール貼ってもらってた。)でしたが、このときはニコニコでした。

 それから、一緒に作るの手伝ってくれた先生。「楽しかった。」って言ってくれたこと。

 いろいろあったけどやっぱ、やってよかった。

 来年はどんな形になるか。少しずつ。
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ちょっとパワーが落ちてる 相棒は頑張っている

 なんかパワーないっすね・・・・
 「なりふり構わず」ってのが無くなってきてます。
 丁度ええんかもしれませんが・・・・

 小学校特別支援学級の相棒がぽつぽつと昔のことなんか話してくれます。
 
 現在担当しているお子さんが、ある意味、過去にできていた(?)とされる「交流学級での交流」などができなくなってきている点など、私自身も自分で「間違ってるんやろか・・・・」とか常に自問自答したりしてたわけですが、ほんまのところがわからなかった・・・

 相棒は以前は「昔は先生がついていればいけていた」というところまでは話して下さっていました。しかしやっぱりパニックってたりしたのを、抱き留めてその場にいさしたりというようなことが多かったようです。それで「交流ができていた」

 実は相棒は「何かおかしい」と思っていたのだけど、誰に相談しても、慰められたり、「それでいい。だんだん慣れてくる(子どもが?それとも教師が「そんなもんだ」と慣れるのか?)」とか言われるだけだったそうです。

 で、今、はっきりとそれが間違っていたと感じてはるそうです。それが実践報告会で発表する原動力になったとか。

 ほんま、お子さんの特別支援教室への引きこもり状態が結構きつかったので、卒業式をかなり心配していました。しかし、あの手この手を工夫して伝えて下さり、結構練習に参加できてきているようで、希望を持っています。

 卒業証書をもらいに行く時に立ち止まらないといけないところが何か所かあってその場ごとに足形を置き、それが本人の安定にも役だっているようだと話してくれました。

 で、そんないろんなやりとりが「楽しくなってきた」とおっしゃって下さっています。(昔は苦しかったみたい)そう、この「楽しさ」を実感して頂くことが大事なのだな、と思います。

 でも・・・私はパワーが落ちてる・・・・

 先日も「自閉症にこだわるな」と言われた方に反論しなかった。
 まあその人はよく勉強しているからそうなのかもしれない。
 でも、現場はまだまだわかっていないと思えるのだけど。

追記
 毎日毎日顔を突き合わせて仕事をしている相棒が、1年近くたってやっと「本当のこと」を話してくれるようになるわけです。それは「この視点で考えればいいんだ」ということに「本当に気づかない」という面もあるし「言ってはいけないこと」と考えている面もあるでしょう。

 そこって、今話題になっている「大相撲の八百長」なんかとも同じかもしれない。その世界にいればそれが当たり前。
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小学校の卒業式 自閉症児の参加

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 今日は私の小学校も卒業式でした。

 特別支援学級の相棒が、自閉症のお子さんのために用意したもの。

・スケジュール
遊び道具(先日購入した2種の液体が混ざるやつ)
・一時避難する場所(カームダウンエリア(落ち着ける場所)として。体育館横の控え室に用意した。ここにはレゴも置いておく)
・舞台上の足形(舞台の上で立ち止まるところが何箇所もある。黄色画用紙を足型に切りパウチした。セロテープで止めた)
・演台に「卒業証書を貰う」の絵カードを貼る。

 途中2度避難場所に行きましたが、何とか最後の写真撮影までちゃんと(?)参加することができました。

 ちなみに立ち止まるところを示す足形は私たちの担当のお子さんだけでなく、多くの子どもたちが頼りにしていました。

 相棒さん、予行の時に泣いてしまったので、今日の本番ではうるっと来ただけだったようです。(某知的障害特別支援学校で私が卒業学年だった時を思い出します・・・・練習の時に号泣して、本番ではうるっと来ただけだった・・・)

 来年度は私の担当のお子さんが「在校生」として、そしてさ来年度は「卒業生」としての参加になります。どれだけ「わかって納得して参加できる」ようにできるだろうか・・・
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小学校の卒業式への自閉症児の参加

卒業式にて

 ○○さん、こんにちは。
 □□です。

 うちの長男△△も無事卒業しました。

> 「おねえたちは74名でこの位の時間か、BBたちは126名くらいだから
> もっと時間が要るなあ」とか
> 「式次第が子供らが見える所にないなあ」とか
> いらんことばっかり頭の中に浮かんでしまっていました。
 
 私も△△のクラスに自閉症の男の子がいるのでその子の様子ばかり気になって、3年後のAAの卒業式を疑似体験してしまいました。
 
 彼は卒業式の練習をひどく嫌がっていて、自分の席に座ることを拒み、ステージの前に座り込んでいたようなのですが、本番ではほとんど席を離れることもなく、まわりの様子を見て立ったり座ったりもできていました。

 ほとんど絶え間なく声を出していましたが、嫌そうな様子もなく途中一度だけ真ん中に出て行っただけでした。本番は練習とは違い、たくさんの人が所定の位置に座っていたので、自分の座るべき席は自分の席だけしかないと思ったのかな?

 それと彼は母の居る席をじっと見て時々「お母さん、さようなら」と言っていたので、母親に「席から離れたらお母さんは帰るよ」と言われていたのかもしれません。

 先生は彼が大声をあげたり、ズボンが下がりそうになると何か耳もとで言い聞かせていたようでした。視覚的な援助は全くなかったように思います。

 彼が立派に卒業式を務めあげたので、AAの時もたぶん「AA君は言葉で言えばわかります。」って言われるんだろうな。

> おねえに申し訳ない。
> 今日は1年生の頃の写真見て思い出に浸ろうっと。

 うちも大阪の学校で過ごしたのはたった10ヶ月だったので親子共々あんまり感動がなくって。
 でも、卒業式の時の△△の顔はなんか誇らしげでかわいかったです。

 AAは午前中レスパイトしてもらったのですが、午後はできないと断られ、私は謝恩会に出席できなかったのが、すごく残念でした。レスパイトサービスは長野より大阪の方が遅れていると知ってビックリです。←いまだ根に持っている。

 話はそれましたが、△△は4月から中学生、どんな中学生になるのか楽しみです。
 BB君は何年生になるのかな?AAは4年生です。

追記
 私だったらこのお子さんとの卒業式にどう取り組んだだろう。

 全体の式次第が前に貼ってあるのは当然。(これは通常校で一般的なことですよね)あと個人用の式次第を作る。(子スケジュールとかワークシステムとかいう言い方もできますね)

 イスには本人の名前か本人用の(いつも使っている)シンボルをつけるか、いずれにせよ本人に「これは僕のイスだ」とわかるようにする。

 彼は式の中の来賓の音声言語の挨拶とかわかっているんだろうか?1対1でつけるなら絵での翻訳を試みるかもしれない。それができない状況ならあっさりあきらめて「本人の好きな本」とかを持ち込む。

 通常校だと全体向けの絵などでの視覚支援は抵抗があるだろうからな。(でもそれやる手もあるのかなあ。某大学の入学式には「手話通訳」と「字幕スクリーン」があったしな。

 で、練習の時は流れを通し、途中で練習の巻き戻しみたいなのが始まったら(これがまたよくある)即退散するようにするなあ。本番は一筋の流れだからうまくいきやすいから、そこのところの成功体験ができればいいわけだし。練習の時に失敗体験を積む必要は無い。

 あっ、退散と言えば、実際に小学校の卒業式の本番で「しんどくなったら会場を離れ体育館の控え室で休憩できる」というふうに私はしました。本人に表現できるようにしてもらったと思います。で、本人が落ち着いたらまた式場に戻る。これでばっちり落ち着いて参加できました。カームダウンエリア(落ち着ける場所)の利用ですね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
卒業式のこととかレスパイトのこととか

 大昔の話です。
 
 特別支援学級にいた頃。


 ◯◯さん、こんにちは□□。です。

>  うちの長男△△も無事卒業しました。

 うわ〜。おめでとうございます。
 、、、私、今まで△△(ちゃん)だとずーっと勘違いしておりました。すみませーん。HPの赤ちゃんのアルバム見て「女のコ」と思ってたんです。(^^ゞ

>  私も△△のクラスに自閉症の男の子がいるのでその子の様子
> ばかり気になって、3年後のAAの卒業式を疑似体験してしまいました。

 そうでしょう、そうでしょう、、。ウンウン

>  は午前中レスパイトしてもらったのですが、午後はできないと断られ、
>は謝恩会に出席できなかったのが、すごく残念でした。レスパイトサービスは
>長野より大阪の方が遅れていると知ってビックリです。←いまだ根に持っている。

 そうなんですか!BBも8時から2時までお世話になっていました。

 BBのためにスケジュールや、カード、サポートブックを持っていくので
「BB君がきてくれて勉強になります」と言ってくれます。うれし。
「光とともに」も売れたし(^-^)

 コーディネーターの方は

「サービスはたくさん利用してほしいです。そして、利用者が多いことを行政にアピールしていかないと、サービスは良くならないです」
とおっしゃっていました。

posted by kingstone at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 障害支援・社会参加 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

療育手帳

 療育手帳は売ってる物ではありませんが、関連するエントリを集めてみました。昔は療育手帳を取ることがお子さんに障害があることを認めることになるのではないか、と取得するのを迷う方が多くいらっしゃいましたが、今は違ってきてるようにも思いますが。

 しかし「療育」は「治療教育」だし、治療できない障害だってあるし、大人になっても「療育」ってには絶対変だし、何か別の名前があればいいのにって思います。身体障害手帳ってのがあるけど、「障害手帳」一本でいいかもしれない。あるいは「支援手帳」(?)

 まずは「療育手帳」の取得に関する児童相談所関係から。

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発達障害者支援センター一覧 と 児童相談所一覧

アスペルガーライフblogというブログを書いてはる狸穴猫さんが「発達障害者支援センター一覧」と「児童相談所一覧」を作られました。

 んなもんもうあるやろ、と思ったら、Googleの地図に連動しているところが新しいとか。私にはよくわかりませんが、APIがどうしたこうした、とかいろいろプログラムをされたそうです。

 また、ひとまとめになった情報に行き当たるのもむつかしいかもしれない。そういう時に便利ですね。

発達障害者支援センター一覧

児童相談所一覧(東日本)

児童相談所一覧(西日本)

 いわゆる自閉症(カナータイプ)の人だけでなくアスペルガー症候群の人にも療育手帳が出る可能性が高くなったそうですし、現在の日本の支援は療育手帳があることを前提にしているものも多いので、いろいろお世話になることの多い機関だと思います。(大人の人にも「手帳」は出るはずですが、何ていう名前なのだろう。「療育」じゃ絶対おかしいわなあ・・・これがあると「障害者就労」の枠に入ることもできるので企業にもメリットがあるみたいです。まあメリットと考えてくれない企業もあるみたいですが)

 それから上のいろいろな機関ですが、私の考え方を書くと「治してくれる」ところではありませんから。一緒にどんな支援をしたらいいか考えて下さる機関ですから。
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過去の記事235(地域のレスパイトの一部)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 2月27日

 地域にあるレスパイト(ちょっとした休憩というような意味)事業の一部(?)について調べてきました。

「昼間一時保護」という事業をやっています。

 これは「○時から△時まで」という形でお子さんを預かる、という事業です。今までの緊急一時保護というのはよほど緊急で重大なことが無いと預けにくい、というようなこともあり、もう少し気軽に、いろいろな用事のある時、また「ちょっと休憩したい時」などに利用できるように、ということでできてきた事業です。(おおもとは厚生省の「障害児(者)地域療育等支援事業」)

 以下は「地域のセンター」の「昼間一時保護」についてです。

 平 日  午前9時から午後7時まで
 土・日  午前9時から午後5時まで
 木曜日  お休み

 職員は二人が対応(だから一時には2〜3人まで。しかしあからじめ早めに予約が入っておれば職員の体制も組むこともできる)

 まず最初はセンターに出向いて登録をする。
 申込み時に必要な物
   ・印鑑
   ・療育手帳か身障手帳
   ・保険証(写しでも可)
 また申込み時の書類の中には「利用同意書」として

  1.貴センターの決まりを守り、他の利用者と仲良く協力します。
  2.他の利用者に迷惑をかけるなどの行為がもとで、利用を中止されても異議は申し立てません。

 とか書いてある書類に署名捺印する、ってのもあるのですが、保護資料の欄に「自傷行為、他害行為、多動、自閉、異食、発作の状況など、保護する上で参考となる事柄」を書く欄もあるので、

「例えば自傷や他害があるからといって、預からないってことはないですよね」と念を押すと、担当の方はにっこり笑って「もちろんです。ただ正直には書いておいて頂きたいですけど」とおっしゃってました。

 また登録後の申込みは電話でOKだそうです。

 でもとりあえずその時に書く書類はあり、そこに「保護の理由」を書く欄があるので「例えば映画を見に行きたいから、なんてのでもOKですよね」とうかがうと「ええ」と答えて下さいました。

 料金は無料。ただしセンターの給食を利用する場合は500円以下ですが実費が必要。
 土・日の場合は給食が無いのでお弁当を持参することが必要です。

追記
 現在はどうなっているのか調べようとしたらHPが工事中でした。
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支援ネットの託児ボランティア

 支援ネットで横浜やまびこの里の中山清司さん、香川大学附属養護学校の坂井聡さん、保護者のハルヤンネさんの話をうちの学校の保護者の方に聞いて頂きたくて、今日は自閉症児託児活動「れもん」の活動ということで託児ボランティアをしてきました。

 加古川のウエルネスパークは雨ふりにも関わらず、支援ネットに参加する方がたくさん来られてました。

 A君とC君と遊びます。
 二人とも自閉症。
 今回は私がA君、新人BさんがC君。
 まず午前中はプール。

 ウエルネスパークのプール、最高っす。

 泳ぐ部分はちょっと狭い。

 でも周囲が温泉モードで、ジャグジー、打たせ湯、リラックスコーナーサウナと、おいおいここはプールかい、という感じ。A君もC君も楽しめたようです。また私がメガネをかけたまま入っていても文句言われなかった。これもありがたかったです。

 料金は成人700円。療育手帳のある大人が350円。介助者はやはり半額で350円。(ただし受付で最初に対応して下さった方は700円です、とおっしゃい、横で聞いてた別の方が、あっ350円です、と訂正して下さったので、スタッフでも知らない人がいるみたい。もし700円と言われたら「確認して下さい」と要求した方がいいっすね)

 たっぷり2時間過ごして、ホールの前へ。
 ここで私は大失敗をしてしまいます。

 ホールの入り口付近でいっぱい知り合いがいて、やあやあとか話をしていました。A君を常に目のはしで捉えているつもりでしたが、ふと気づくと「いない!!」

 ホールには入らないだろうし(と考えたのがまず大失敗ね)廊下の奥にあった展示の方を見てもいない!!そこらへんのスタッフの方に「A君がおらへんねん」と言うとsyunさんが、トランシーバで他のスタッフに連絡してくれたりしてはりました。

 中央入り口付近で図書館方向から来るA君とお母さんを発見。

 A君はホールに入ってきてお母さんが見つけて側に行くと「図書館」と言ったそうな・・・

 はあ〜〜〜でも良かった・・・・
 ううう、ボランティアの基本、絶対目を離すな・・離れる時は他の人にお願いしろ・・・

 お恥ずかしいっす。

 お昼ごはんは私は加古川名物カツめし弁当を頂きました。

 A君もカツめし。で、食べ終わると即図書館に行きたくって仕方が無い。C君が食べ終わるまで待ってよ、と言い紙に

1.きゅうけい
2.としょかん

と書いて、読んでもらい、ちょっと座っても即行こうとする・・・うーーむ・・・これってもっと最初から1.昼ごはん、2.きゅうけい3.としょかん、と伝えていなかったからかな。

 とにかくA君の頭は「図書館」でいっぱい。まあボランティアが1対1でついてるんだから、即動いても良かったんだけど、とりあえずC君が食べ終わるまで待たせました。でも行きたくて、行きたくて止めても4つ這いでも行こうとするし・・・

 で、それを止めて、C君が食べ終わったら紙に書いていた「きゅうけい」を消して一緒に図書館に向かいましたが、もうそうなったらちゃんと落ち着いていました。

 図書館では、大好きな旗について書いてある本を何冊か選んで見ました。でしばらくすると外へ。窓から外を見たりして静かに過ごしていました。(時々、大きな声で独り言は言ってましたが、特にそれでどうこうというとこは無かったし)

 だいぶたってからホールの方へ行きます。で展示してあるおもちゃやパソコンを少しさわってから講演会場へ。1回目は止めました。彼は寝ころんだりして抵抗しました。その時に、うーむ、これって私のやり方も問題だし、年齢相応の対応とは言えないなあ、と思いました。

 でとりあえずホールの外のベンチに連れて行ったのですが、彼は涙を流しています。

 紙に「おかあさんにあいたいですか?」と書きました。
 これに対してA君は紙に書かれたものをそのまま読みました。
 でまた立って行こうとします。本当は「あいたいです」を確認したかったのですが、ま、いいかと今度は講演会場に入りました。

 お母さんたちの席の隣が空いていたのでA君を座らせました。やはりA君はほっとしたようす。お母さんに頭をもたれかけたりしながら座っています。時々声を出してお母さんに「静かに」とか言われてましたが・・・でも言われた時はよく聞いていました。

 おかげで私もハルヤンネさんのお宅や学校で使われている視覚支援のあれこれのスライドを見ることができてラッキーでした。

 今日の場合、私自身が「どういう場所で」「どういうスケジュールで」動くかがわかっていなくて、出たとこ勝負で決めていった、という点もあり、お子さんたちにうまく伝えられなかった点まずかったかな、とも思います。

 あと天気が悪くて外で遊べなかったのも痛かった。

 もっともっと自立的に動けるように設定したり、また講演会場などでも、静かに自分のしたいことをしていればokみたいなことも考えられたらいいよなあ、その方が年齢相応であるし、というようなことを思いました。

(ま、一番最低は目を離して行方不明事件ですけど・・・)

 関わりの中で、いっぱいいろんなことを教えてもらえ、ありがたいことだと思います。
 親御さんからは講演で聞いたあれこれを「学校の他の保護者や先生にも知ってもらいたいね」という感想を頂きました。

追記
 「きゅうけい」は、その時にするもの、すること、がはっきりしていないとわかりにくいですよね。でもって、1対1でついてるんだから、もう片方が食べ終わるまで待つなんて全然必要無かったな、と思います。
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写真を用意してなくて、その場で適当に描いたら理解してくれた話

 で、また、児童相談所の係の人が自閉症というものを理解してなかった話でもあります。

 ある自閉症のお子さんへ。

 >昨日、児相へ行ってきました。
 >療育手帳の判定だけしか行ったことがないので
 >写真を用意していませんでした。
 >今回は、白い紙にボールペンで建物の絵を書いて示す
 >ことにしました。といっても、○○くんは、絵は全く分からな
 >いので、何が描かれているかさっぱりだったと思います。
 >(…誰が見ても、何の絵か分からなかったでしょう…
 >それぐらい適当に描いた物です。)
 >それでも『車』『?(建物の絵)』『マクドナルド』と示すと
 >ちゃんと納得して出かけてくれました。「知らない所」へ
 >行くと理解してくれたのかもしれません。
 >
 >事前に写真を用意しなければいけないというのは、
 >私の勝手な思いこみだったようです。
 >私のほうが○○くんより、こだわり強いかも…

 いやほんま。よく「枠にはめるのか」という批判を浴びますけど、実は私たちが枠にはまってしまうのかもしれません。いろいろやっていくうちに本人さんはどんどん変化していくのに・・・

 そこんとこ、忘れないようにしないといけないですね。

 >しかし、児相の判定員さん、「さっきのお部屋はどこだった
 >かな?」「そうそう2階だったね」「じゃあ、どのお部屋分か
 >るかな?」と、せっせと○○くんに声掛けしてくれるものだか
 >ら、○○くんがそのたびに、自分のしていることが間違ってる
 >のかと混乱してしまって…ついに、「混乱しますから、声掛
 >けないでください。」と言ってしまいました…

 あははは。
 でも笑い事じゃない・・・
 私もやってしまっているかもしれない。
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スケジュールなどを用意したら判定が軽くなってしまった話

※療育手帳を取る時、自閉症でたくさんの困難を抱えている人、判定を受ける時にスケジュール・リマインダー(心おぼえ)などを用意してスムーズにでき、おかげで本来の困り度より判定が軽くなってしまった、という話から。

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 たくさんの書き込みありがとうございます。
 嬉しいです。(ニコ)

 >厚生省に働きかける必要を感じているのは私だけかな?!

 そんなことは無いんじゃないですか。
 支援が必要な方なのに療育手帳すら貰えない、って例もあるのですから。
 しかし、どこでどうしたらいいんだろう??

追記
 今はアスペルガー症候群の方も何らかの手帳(?)が出るようですね。手帳じゃなく就職の時の障害者枠に入れる、ということなのかな?
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部屋が取れた

 kingstoneです。

 明日の自閉症児託児「れもん」ですが、部屋をもうひとつ○号室を取ることができました。

 一室3000円なんですが、療育手帳があれば半額ですむ、というのでお願いしちゃいました。

 明日、○○さんにA君と来られた時に受け付けで手帳を見せて頂くようにお願いしました。

 ただ、先々の分もお願いしたのですが、既に満室で取れない時もありました。また恐ろしかったのは、2月に介護講座があって3階がいっぱいの時、「研究会」の部屋を□で取っているのに「れもん」を取ってくれていない月があったこと・・・

 幸い△.●が空いていたので、確保しました。この部屋はどっちも狭いので、壁ぶちぬきで使うことになると思います。(?壁、あったままの方がいいかな・・・なんせ狭いからなあ・・・)

 なーーんか、いろいろありますねえ。
 油断なく受け付けともコミュニケーションを取っておかないといけませんねえ・・・
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療育手帳の判定に行った保護者の方へ(また療育センターの方に返答したこと)

 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 ちょい疲れてますので手短に。

> B1の時より利点があるので、ラッキーと思いました。(本人なりには、成長してい
> る ので余り判定は、気になりませんでした。)

 うふふ、こういう捉え方、とっても素敵ですね。

※判定のテストの時、検査者が音声言語でばかり指示していたという話で

> うまく表現できませんが、皆さんは、この判定時の課題の出し方や、判定の基準に
> 対して、どう思われますか?ご意見いろいろ伺いたいです。

 つまり自閉症の方にはやりにくい問題をだし、それを「できない」という判定をしているわけです。
 でもそこからはなかなか療育に結びつける手がかりが得られないのもほんまですね。療育手帳の判定としてはいいのかもしれないけど。

 そこでTEACCHでは独自に開発したPEP-Rという発達テストをするわけですが、これはまさに「言語の使用を極力少なくした」テストなわけです。でこどもたちが「できること」「できないこと」「できかけていること」を探し、そこから療育を組み立てていくわけですね。


>最後に、療育センターで、言語の療育を受ける話になり、インリアルのことを少
>し話しました。すると、「インリアルは、子供中心で、考えているけど、TEACCHは違
>うからいろいろなことをすると子供が、混乱するといけないし」、(問診時に、
>TEACCHを少していることを話していたので、)とおっしゃるんです。
> 思わず、「いいえ、いっしょですよ。TEACCHも子供中心ですよ。カードも
>最初は、どんな風に使うかを教えるたに、こちらのしようとしていることとか
>を、伝えるためにカードを使いますけど、最終的には、子供が、それで
>自分の気持ちを伝えたりできるように、するためです。」と、いってしまい
>ました。(間違えていませんよね。)

パチパチパチ(拍手)

 で「もっと勉強して欲しい」という○○さんのご意見、その通りだと思います。

 「最近、保護者が勉強して、現場の者が困っている」(複数の講演会の複数の講師の意見)というような専門家の実態は、現状ではそんなもんです。どんどん教えてあげたらええのやと思います。言われればちょっとは勉強しないといけないな、と思うだろうから。
posted by kingstone at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 障害支援・社会参加 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月31日

箱庭 これも「思い」を「見えるもの」にしようという試みだよね



 たけーーっ!!
 41790円!!
 でもって、世界標準サイズでは無い、と。まあ小さい机の上でできるようにやな。

 私、マイ箱庭自作しましたけど。これはほぼタダ。
 砂は海岸で拾って来ました。
 人形もずっと集めていました。
 まあ、全部入れれば、相当の価格やなあ。

 考えてみると、箱庭も「思い」を「見えるもの」にしようという試みやわなあ。

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過去の記事226(疲れ2)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。

 2月17日

 ○○さん、こんにちは。

 > その疲れたkingstoneさんをコピーに走らせたのは、かくゆう私
 >です。ごめんなさい(^^;)

 ちゃうって(笑)別に誰が、ということじゃないのですよ。
 それに私、あの会の時はとりあえず元気です。なーーんにも配慮(こんなこと言ったら誤解されるぞ、とか)しなくていいんですもん。

 疲れること・・・

 いろいろありますが、例えば今、学年でほんといろんなことに取り組んでいます。(自閉症の人に対するTEACCH的取り組みのこと)やはり試行錯誤です。研究会や私が研修に行った先でいろんな方に声をかけてアドバイス頂いたりしてますけど、その機会も少ない。ほんとうに迷いながらやってます。

 もちろん全然満足できていません。何か勘違いしてるのじゃないか、もっとやらなければいけないことがあるんじゃないか、とかも思うこと多いです。

 そんな中、批判を受けることもあります。でね、それってこちらもよーくわかっていることであり、また何とかしたいと解決を模索していることであったりするわけです。

 もちろん批判はありがたく頂戴しますけど、結構ずーんと来ます。

 私も「遊戯療法」や「カウンセリング」「箱庭」の世界から入って来た、ってつもりはあり、「意味ある偶然」やそれこそ「構造化されない場面の大切さ」なんてえのが大好きだったりします。

 で、もちろん自閉症のお子さんとの間にもそれは大事なんだけど、でも、それは十分に構造化された環境の中で、それでも起こる「偶然」や「構造化されない場面」のことだよなあ・・と今は思っています。

 まあ、後、考え方の違う指導を目の当たりにするのも疲れるなあ。(具体的には威嚇や暴力)

 今日は研修があったのですが、あまりしゃべらないでおこうと思ったのにだいぶしゃべってしまった(笑)でも、後で今の学年の子を担当していた先生にそれを言ったら

「いいの、いいの。kingstoneさんはしゃべったらいいの。子供たちが本当に変わっているもの。信じられないけどビデオで見せられたら信じなきゃしかたないもんね」

と言って頂けました。

 そう言って頂けると少しは楽になります。

 > 私はぎりぎりまでがんばってしまう性分ですが、ダメなときは
 >あっさり全部さぼってしまうという特技で生き延びております。

 実は・・・私もそうです。と言うより体が動かなくなってしまうのです。
 そうなったらもう開き直るしか無い。でけへんかったで、どっか悪いい、って(笑)
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私の信仰告白?

 流れをぶち切って(?)先に書きたいことを書いておきます。
 これができるのがブログのいいところですね。

 私は「TEACCH教」だと言われたり「TEACCHにこだわっている」と言われることも多かったです。でもなにかピンとこない・・・

 でも「カウンセリング教」と言われたらうなずきます。

 カール・ロジャーズはどこかで
「人間は条件が整えば成長する」
と言うか書くかしてて、私はそれを信じています。

 ロジャーズ自身はそれを科学的に証明しようとしたけど、うまくいかなかったと思います。

 科学的に証明できないものを信じることを信仰と呼ぶなら私の信仰はこれになります。

(と書くと、カウンセリングや臨床心理学をやってはるかたから怒られるかもしれませんが)

 で、「今、ここ」を大事にしていたら肢体不自由の人のAACに行きつき、自閉症の人のTEACCHに行きついたと思っています。

 健常だけれども不全感を持っている人だったら「積極的傾聴」や「共感的理解」で「耳を傾け」「音声言語や雰囲気で伝える」ことでうまくいく部分が多いでしょう。箱庭や夢を語ることもいいでしょう。

 しかし、私の目の前にいた肢体不自由児に何かを表現してもらおうと思ったらAACがまず必要になりました。音声言語もないし、箱庭を置いてもらおうったって腕が動きません。

 そして自閉症の人に何かを表現してもらおう、こちらの意図を知ってもらおう、とした時にTEACCHが必要になりました。

 過去に(今は知りません)カウンセリングをバックボーンとしてもっていた人と、TEACCH的に取り組もうとした人が対立した、というのがよくわかりません。

 まあ2000年代になっても高名なカウンセラーが「自閉症は(クライエント・センタード・アプローチの?)カウンセリングで治る」みたいなことを著書で書いてたりしたから、しかたのないことなのかもしれません。

 私自身について言えば、障害のある人(だけじゃなくすべての対人関係でですけど)に向き合う時、カウンセリングの学習で身につけた知識や態度がすごく役に立ったのですけれど。
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私が大昔に関わった地域のお医者様(自閉症関連)

 大昔の話です。

 私が自閉症関連で大昔に関わった地域のお医者様に関する話です。

 知的障害特別支援学校時代。


  自閉症で睡眠障害のお子さんについて、お医者様を紹介して欲しいという相談を受けた時に、誰を紹介したか、について書きます。

 相談を受けた時に、私の尊敬する○さんという特別支援学級教師と一緒に話をうかがいました。でいろいろお医者さんの名前も上がったのですが・・・


A医師

 大学でも教えておられた。地域では無茶有名。教育学部の卒業生に話を聞くとたいへん人気のあった方だそう。

 診断は的確??

 ところが、このお医者様。私のいた知的障害特別支援学校で、教師全員が参加する相談会に来て下さった時。

 自閉症の生徒がいたずらをして困るのだが、という相談を受けて「教師が周囲を取り囲んで「お前が悪い」と徹底的にわかるまで叱りなさい」という対応を指示されました。まあ教師の出した情報が悪かったのかもしれませんが・・・・

 確かに教師は「困った場面」の情報しか言わなかった。しかしこのお医者様もその生徒が「何がわかって」「何がわからないのか」「他の場面でどういう行動を取るのか」などは聞かず、間髪を入れずに答えられたのだけど・・・

自主研修会の生徒です。

 私はそれまでもこのお医者様の「障害のある子への対応の指示」に疑問があったので、反対。しかし○先生はすすめてはりました。

 特別支援学校の教師も「周囲を取り囲んで叱る」という対応はしませんでした。



B医師

 なぜかはわかりませんが○先生は反対。

 私はこのお医者様はよく存じ上げません。ただし地域では有名。

 しかし私の担当してる生徒、脳波を取るべく何度も呼ばれ失敗。うーんコストパフォーマンスを考えると何故だろう、と疑問に思ったことも・・・でも私はよくわかんないので、「わからない」



C医師

 ○先生が強く反対。

 理由は「親の気持ちを考えない」「すぐに学校の悪口を言う」まあでも後者の方は、学校の現状を考えると、私なんかはしかたない面もあるのではないかなあ、と思ってしまうけど・・・

 あっ、「親の気持ちを考えない」という点では私の昔担当していた児童、初めて診断を受けた時、「重度の自閉症です」と言われ保護者はショックを受けたのですが、確かにそれに対して療育面などでのフォローは無かったな、という印象はあります。

 まあしかし「療育」の相談ではなく、「睡眠障害」の相談ですからそういう点ではみなさん信頼できるだろう、と思い、A医師やB医師に診て頂いたら、と連絡しておきました。
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 当時、ある程度信頼できたのはここか。

診断が大事という話2

 事例発表でアスペルガー症候群の生徒に対し、保護者や学校に「見てわかるようにつたえること」を指示し、その他様々な環境調整をして成功していました。(もちろんいろいろな手だてをとっておられましたが、その他の細かい点は記録に残っていません)

 ただし、当時の知的障害特別支援学校に通っていた重度知的障害を合わせ持った自閉症の生徒が、月1回通っていましたが、プレイセラピーを受けていました。またこの生徒については「見てわかるようにつたえること」という指示は出ていなかったようです。私が保護者に「してみたい」と提案したら反対されましたので。

 あっ、私はプレイセラピーを否定しません。私自身が「落ち着きがない」「指示が通りにくい」といいう主訴のお子さんに「プレイセラピー+箱庭」で劇的に改善した例を持っています。その子については当時の私は健常と思っていました。ひょっとしたら現在なら少し違う見方をするかもしれませんが。まあ、ようするにどの範囲にどのように適応なのか、という問題です。

 現在はそこは地域で様々な支援機関をサポートしています。その中にはTEACCH的な取り組みをしているところもあります。ただしいかんせん資源的に苦しいようですが。
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 特別支援学級に異動した時。

通常校でまずやめさせたこと

という状態でした。私は「見せてつたえる」こと、特にカードなどを使ったりスケジュールをしたりすることには慎重でなければ反発を買うことは自覚していました。しかしやはり「わかって移動してくれる」し、その他コミュニケーションも取れそうだし、つい使ってしまいました。

 学期が始まって2週間後、2人の自閉症のお子さんのお母さんが2人揃って来られ「カードを見せる」はやめてほしい、音声言語で取り組んでほしい、と申し入れして来られました。

 1人の子については「せっかく1語文が出かけているのに」とのことでした。お母さんは自閉症についての主治医であるD医師に相談をしたそうです。D医師は「TEACCH的取り組みである」とは気づかれたようです。D医師には私も面識がありました。お忙しいのに自閉症関連の講演会にも積極的に参加されているお医者様でした。ただしTEACCHについての講演会には行かれてなかったようです。D医師はこう答えられたそうです。「それはアメリカでよくやられている方法です。私にはわかりません」

 D医師は単に正直に「私にはわかりません」と答えられただけだと思いますがお母さんは「それはだめなんだ」と解釈されたようです。

 私は「では出かけている言葉についてはカードは使いませんので、その他についてはどうか使わせて下さい」とお願いしました。懇願した、という感じかな。

 まあ、そんなこんなで実践していきました。

 その後、私とD医師とつながりができ、D医師もTEACCHについて勉強して下さいました。

 で、次のそのお子さんの定期相談の時に私も参加させてもらいました。

 D医師はお母さんに

「もう先生におまかせしたら。TEACCHは面白いよ。写真を見せたら何でもできる」

と言って下さいました・・・。

 TEACCHだと「おまかせ」にはならないし、後半部分も危険な誤解なのですが・・・
 環境を整えたり、実践することはしやすくなりました。

 時代は少しずつ変わっていったようです。
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戦い余話

 kingstoneです。

 個人メールでも、いろいろはげましを頂いております。

 ほんとうは若い方や特に学生さんの前で「戦っている」ってことは出さない方がいいと思っているんですが、書かずにはいられない、というあたりでご勘弁下さい。(って大人扱いしていないってことになるのかな?でも、ほんと見せなくていい部分は見せなくていいと思い、発表者にもA教授との過去のあれこれなんて言ってなかったんだけど・・・)

 私の知ってるある先生。(近辺の方ではありません)

 ものすごく勉強してはる先生です。反TEACCHではありません。でもいわゆるTEACCHの使い手というわけでもありません。

 で、保護者の方がTEACCHを勉強して「こうやってね」と構造化の写真とかいっぱい持ってきはったそうな。使っているカードも。で、実際にやってみはったそうです。しかしよく見るとわかっている部分とわかっていない部分がある。

 で「まずこうやってみましょう」と提案され、違うやり方でやり始められました。でうまくいって、今は保護者との信頼関係もできてはります。

 これなんですよね。

 でもこの方の取り組んだことがTEACCHで無い、と言えるかどうかはまた別問題なんですけど。具体的にはコミュニケーションレベルをアセスメントして、カードコミュニケーションからレベルを下げて指さしなど(さらに具体物なども使ったのじゃないかな、これは想像)を使って、本人からの表現を引き出して行った、というものなんですけど。でも見方によったら「これはTEACCHです」ということになります。(ただ指さしと言っても、これまたカードコミュニケーションよりレベルが下かというと・・・これも何と言うのか「形」を見るとそうでもないこともあり得ると思います)


 アセスメントに基づいて、本人にあったレベルの自発的コミュニケーションを引き出していった、そして問題行動を無くしていった、というあたりなんですもん。

 先日、私が「カードにこだわらず」と書いたあたりですよね。

 ほんま、「保護者にひきずり回される」などと言わずにちゃんと勉強して「でもね」と言えるようにして欲しいっす。

(勉強せずに、そして子どもの様子を見ずに「でもね」と言う方は多いけど)


 私は周囲からTEACCH信奉者と思われていると思います。確かに行動もそう見られても仕方がないから、特に否定はしませんが。

 でももともとカウンセリングの勉強をしていて面接・箱庭・描画などについては半端じゃない勉強と体験をしてますし(自分で言うな、って(笑))動作法はトレーナー資格も持ってます。(これはわかっている人が聞くと恥ずかしかったりする(笑)トレーナー資格ってほとんど「意味なーいじゃん」の資格なのです。まあ1週間キャンプに3回は出席した、というだけのことなのね)

 肢体不自由児の意思表出のためのAACの学習や実践。

 それから「○○法」の達人さんには、現在でももう頻繁に相談をかけています。


 例えばある地域の幼稚園でもTEACCH的な取り組みを大幅に取り入れてはおられるけど、ポーテージもやりいの、様々な勉強をされていい指導ができるよう努力してはりますもんね。


 まあほんま自分でええと思うことを勉強し、実践していくしかないよな、と思います。

 ある先生「私もTEACCH始めようかな」
 私「(渋面を作りながら)でもね、私の周囲でも形だけまねする
   人が多くてね。こだわらんでええから勉強してほしい」
 あ「(我が意を得たりというように)そうそう、ひとつの方法に
   こだわらなくていいと思う」
 私(心の中で)「で、ひとつの方法にこだわらなくて「威嚇」を
  使ってはってんねえ・・・」


 あっ、私が「叱る」ことを否定しているとはとらないで下さい。

 私の周囲で某先生「大声で叱る」というのもしはります。

 私は若い人に「某先生の叱り方、見とけよ。お前は大好きだよ、というのがちゃんと伝わる叱り方やろ。あんなふうに叱れたらいいよね」なんて言ってました。

 ただし他の先生が叱っている時は決してそんなことは言いませんでしたけど。

追記
 上のエピソードの「ものすごく勉強してはる先生」は太田のステージを深く勉強されていました。その実践は私から見ればTEACCHに見える。ある応用行動分析家はTEACCHのうまくいってる実践を見て「これこそ応用行動分析だ」とおっしゃいました。そんなもんだと思います。
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「私は私が好きです」 自己啓発セミナーに参加していた友人からの誘いのこと

 大昔の大昔の話です。

くらやみの速さはどれくらい エリザベス・ムーン著 

の中で主人公のルウ(高機能自閉症?)が「治療を受けるか受けないか」の話をしている時に

「私は私が好きです」

と言います。(図書館に返しちゃったので細かくは違うかも)それで思い出しました。


 自己啓発セミナーというのが話題になってきた頃。私は中味は知りませんでした。「自己啓発」だし「元気になる」っていうしエンカウンターグループみたいなもんかなあ、と思っていました。

 当時は私はカウンセリングの勉強をしていたし、自分たちで2泊3日のファンタジーセラピー(夢や箱庭や描画やなんやかんや)のワークショップを開いたりしていました。代表ではないけど重要なスタッフくらいの立場でしょうか。宿泊・食事こみで3万円くらい。使う資材のこととか考えたらまあ超お安いと言ってもいいと思います。で、「他の自己啓発セミナー行くくらいやったらうちの方が安いでえ」なんて紹介したりしていました。

 ある日、友人から電話がかかって来ました。

「自分はかくかくしかじかの生い立ちで、つらいことも多く、不全感を抱いていた。しかし某自己啓発セミナーに行って、そういうのが無くなった。kingstoneさんも是非某自己啓発セミナーに参加されたい」

とまあつづめて言えばそんな感じ。ゆっくり話を聞いてからこう答えました。

「まあ俺は主催者側やしなあ。ところでなあ、お前、自分が好きか?」

 彼は一瞬沈黙し「痛いとこつくなあ・・・」とつぶやきました。

「お前がそういうことをやって元気になったのはいいことやと思う。でな、そうゆうのがうまいこといってたらきっと自分で自分が好きになると思うわ。今、俺は俺が好きや」

 後、こもごも話したかもしれませんが、それ以後彼が私に参加を勧めることはなくなりました。

 その後、彼が自己啓発セミナーとどう関係したかは知りません。

 まあでもその道にのめり込むとかじゃなくなったと思います。時折私に相談をしに来てくれるようなこともありました。今は年賀状くらいです。

 今、自己啓発セミナーに友人から誘われたら、どう言うだろうか?随分「乱暴」で「高い」しいろいろ「まずい」ことも知るようになったから、少し対応が変わるかな・・・変わらないかな?
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箱庭とホメオパシーとの比較

 Togetterで

箱庭とホメオパシーの比較

をまとめました。

 ある看護教科書で代替療法のところで箱庭療法とホメオパシーが併置されている、という話から。

 昔、箱庭が大好きだった者(今も好きですけど)として書いてみました。

 読み返してみると、ホメオパシーの部分はめちゃめちゃ弱いというか息切れしてますねえ。
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共感及び共感的対応について

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 Oさん、どうもです。
 kingstoneです。

>  以前に話題になった「共感」あるいは「共感的対応」ですが...
>  実際のところこれはどう定義される「行動」なんでしょうか...

 ハルヤンネさんの「□□一人のための活動をしたい」にあたるものは私にとって何かな、とかいう話をしましたが、私にとってそれはひょっとしたら「夢分析」や「箱庭療法」などのイメージセラピーやカウンセリングの勉強や実践をしたい、ということになるのかな、と思っています。

 以前からかなり勉強はしていたのですが、肢体不自由特別支援学校で機器利用やAACの勉強を始めてから、ある意味で封印した思いであり、肢体不自由特別支援学校を出たら再開できると思っていたのに、知的障害特別支援学校に来てTEACCHの勉強を始めたためにこれまた時間が無くて封印せざるを得ないのですが。

 「共感」と「共感的対応」はひょっとしたら別物かもしれませんね。

 私の師匠なんか無茶苦茶で、「別に共感できてなくたって、クライエントが「共感してもらえた」と思えたらそれでいい」とまで言ってはりました(笑)

 つまり「共感的対応」というのは何らかの行動をとり、クライエントなり周囲の人が「ああ、共感してもらえた」と感じとれる行動ですね。

 でもって、それは千差万別かな。

 私の場合、ひとしきり「自分の思い」を述べた後、カウンセラーが「頑張ってるんですね」と静かに一言言ったとたん、涙があふれ出したことがあります。

 共感はどういう「行動」なのだろう。ロジャースは内蔵感覚ということをよく言ってはりますが、胸が熱く感じる、とかそれと同時に涙があふれてくる、とか・・・先日の寺尾孝士さんの講演の後、まさに私はそういう「行動」になったわけですが。

 まあ上記の例は、特殊な例かもしれませんが。
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吉野邦夫先生の講演(自閉症の人に読んでもらう言葉 I am proud of myself など

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 kingstone by iPAQ です。

 今日の吉野先生の話、むちゃくちゃ良かったです。

 すんげえ重いのかな、と思っていましたが、そんなことはなく、明解かつ、すっきり整理できる、って感じでした。

 くわしくは、・・・っていうか、思ったことは、また親指シフトキーボードを
使って書きますが、ほんま行って良かったです。

 滋賀のお母さんたちにも会えたしね(ニコ)

 懇親会にも呼んで頂け(もちろんお金はらったよ)「萩の杜」の松上さんと知りあえ、夏に研修に行かせてもらう約束もできました。(うれしい)

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 kingstoneです。

 吉野邦夫先生の話、素敵でした。

 国立秩父学園、ここは国立の入所施設なのかな。
 お医者様で鳥取大学の講師をされたりしてはって現在は秩父学園の園長をしてはります。

 まず吉野さんが模索された様々な療法(受容法・行動療法・言語訓練・感覚訓練(これはモンテッソーリ法など)・言語認知学習(太田のステージっすね)・感覚運動学習(感覚統合やムーブメント))についての話があり、実はそれぞれいいところがあるんだ、という話がありました。

 だから大喧嘩をしてもあまり実りが無い。自分たちとしては周りを育てようというお話でした。

 ついでに書くと「母親は3人育てなければならないと言われます。子ども・父親そして教師です」という話も・・・ただ3人ですまないですね。教師は下手すると毎年変わるもの。

 ノースカロライナに行かれた時の「なるほど、良かった」というエピソード。

 日本から行った人たちがジェンカを踊ると、あちらの多くの自閉症の人たちものって一緒に踊りだした。しかし踊らずサラダを食べている人たちも少数いた。誘ったが「No」の一言。でショプラーさんも他のみんなも「別にそれでいいじゃない」

 これ、うちの学校でのエピソードを思い出します。体育館でみんなで電車ごっこをしていました。そこに入れようとするが動かない自閉症のお子さんがいました。担任はとても優しい人なのですが、何度も何度も誘います。それがいいことだと思っているから。言葉だけでなく引っ張ったりします。ついに自閉症のお子さんは苛立って、側にいた子を蹴飛ばしました。するとその優しい担任は突き飛ばすようにして彼を押し倒し、「何すんねん!」と叱りつけました。担任はものすごく興奮していましたが、まあそれ以上のこと(さらにたたくとか)はありませんでしたが・・・

自閉症の生徒を押さえ込んだ話

 ノースカロライナに行かれた時の写真の中に面白いものがありました。説明もあったのですが、そこには

 Brave and Calm

 I can do it

 I am proud of myself

と書かれています。一番上のはどう使うのか聞いて来られなかったそうです。二番目のはすぐに「できない」とか言ってしまう方に「○○します。私はできます」ということを書いて読んでもらうようにするとできるのだ、ということです。でできたら「私は○○できた。私は誇りに思う」と読んでもらうとか。なるほどお。

 うーん、一番上も知りたいぞ。

 教師に対しては厳しい言葉が続きました。

「教師は見事なデストロイヤーをしてくれる。就学前3年積み 上げてきたものをものの2か月でつぶしてくれる」

「教師は自分の流した汗を自分で誉めている。しかし本当はどうしたら援助を少なくしてできるようになるかを考えるべきなのに」

 よくわかります。私も実体験があるから・・・半年かけて積み上げたものが2週間で崩れました。

 逆に言うと教師が勉強したら、ほんとすごくいいことができるはずなんですよね。

 保護者や指導員や教師に対しては「reframe」というか、枠組みを変えるというか、今までの常識を変える、みたいなことを望むとか。

 で、これは教師や職員に対してでしょうが、「ブレーキを作る」「一匹狼はいらない」ということを強調してはりました。ふむ・・・私、自分なりにものすごくブレーキをかけつつ行動しているつもりはあるのですが。

 前任校の方は「kingstoneを押さえていた」と言って下さってますが。これでもものすごく自分を押さえてやって来ていたつもりもあります。しかし結果的には一匹狼(実はネットワーク上では一匹ではないのですが、職場では表では一匹狼風ではありました。影の支援者は多かったようですが・・・でも表に出て来てくれないと見えない・・・)

 ふーむ、むつかしい。

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 kingstoneです。

> まず吉野さんが模索された様々な療法(受容法・行動療法・言語訓練・
>感覚訓練(これはモンテッソーリ法など)・言語認知学習(太田のステージ
>っすね)・感覚運動学習(感覚統合やムーブメント))についての話が
>あり、実はそれぞれいいところがあるんだ、という話がありました。
>
> だから大喧嘩をしてもあまり実りが無い。自分たちとしては
>周りを育てようというお話でした。
 
あっ、でね、いったいどういう場面でどう有効なのか、とか逆に言うとどういう場合には無効なのか、というような点についてわかってないといけないのか、というあたりが大事になると思います。

 で、私自身は今までに(対象が自閉症の方というわけではなく)ロジャース的なカウンセリング・ユング的な(箱庭や夢を使う)カウンセリング・動作法・インリアル・感覚統合・抱っこ法などを自ら体験したり実践したりする形で勉強して来たことをたいへんありがたいと思っています。少なくとも私にとってすごく役に立っています。

 で、その後に自閉症の方に出会い、TEACCHに出会ったことをこれまたありがたいことと思っています。

 順番が逆だったら、TEACCHだけでも奥が深く、やらなきゃいけないことはいっぱいあるし、勉強しなけりゃならないこともいっぱいあるし、上記のような様々な体験的学習ができなかったろうと思いますから。

 受容的交流療法については私は勉強したとは言えないです。やってる方から学んだこともあるのですが、しかし本も2冊しか読んでないし、何よりその方たちから私に頂いた言葉を思い出すと「もういいや」という気持ちになってしまうのですね。

 で、ここでも吉野先生の「大喧嘩をしてもあまり実りが無い」というのを思い出します。

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他の方の記録からもおすそわけ

「シングル・フォーカスの人に対しては、何を教えようとしているのか、ターゲットを明確にして接しなくてはいけない。」

また、TEACCHの一番すぐれている点は「コミュニケーションの育成」にある。
「自閉症ほど人との関係が重要な障害はない。」

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追記
 「萩の杜」は日程が合わず、残念ながら研修に行けませんでした。
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100回のカウンセリングより1回の診断を(「変光星」の森口奈緒美さんの言葉)

※これは相当説明が必要ですね。追記に書きます。


 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 kingstoneです。

 実践障害児教育(学研の出してる雑誌)8月号は特集が「アスペルガー症候群と高機能自閉症の支援」です。

 すごくいいです。

 ニキリンコさんの「自分を語る」という生い立ちの手記をはじめ、どの記事も勉強になります。でもって静岡県総合教育センター教育相談部の臨床心理士さん海野千畝子さんの

「障害をもつ子,そして親への援助体制」という記事の中で森口奈緒美さんの変光星の中の文を引用しつつ

「森口奈緒美さんの著書「変光星」の中での「100回のカウンセリングより1回の診断を」ということばどおり、「診断を受ける」ということは本人の人生において「自己をどう社会と重ね合わせていくか」という視点にかかわる、自己概念の認識形成のために重要なことで
 ある。教育相談所においては、本人、保護者の障害の受け止めの抵抗や混乱は承知で、診断にまつわる複雑な感情をも支えて抱えていく機能が求められている」

と書かれています。こういう心理士さんが増えてくると嬉しいですね。

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追記
 これは例えば2000年頃発行された、超有名カウンセラーの本に「自閉症はカウンセリングで治る」と書かれていたりしました。まあ流派から行って面接して対話する、ひょっとして箱庭を使ったりするかなあ、描画を使ったりするかなあ、というタイプの方と思われます。

 そういう時代があったのですね。想像になりますが、そういうものが「効果」があったとは思えません。もちろん面接時間はリラックスできるようにされたでしょう。そしてそれは日常生活のつらさを緩和する助けになったと思います。しかし、面接室から出た時、配慮の無い環境(見てわかる環境が作られていない、わからないまま我慢して居ることを強要される)配慮の無い人間関係(表現がわかってもらえない、相手の伝えたいことが正確に伝わってこない等)等々がそのままであれば、またその人は苦しみ続けます。もともとの障害は治るわけじゃないのですから。

 ひょっとしたら超有名カウンセラーさんはカウンセリングという名前でソーシャル・スキル・トレーニングをやっていた可能性はありますが、そのような記述は無かったですね。

ずっと「普通」になりたかった

の中でグニラ・ガーランドさん(高機能自閉症(アスペルガー症候群?))上記のような昔ながらのセラピーを受けていた時と、きちんと診断してもらってからの気持ちのことを書いてはります。

 もちろん「診断」があったて、じゃあどう支援するのか、っていうのが無ければ無意味だ、と私は考えます。ですから1回の「診断」ったって診断名をつけて放り出される感じになってはいけないよなあ、と思います。その点高機能自閉症(アスペルガー症候群)の方の一部は診断名がわかれば自力で情報収集して対応を考えることができる可能性もありますが・・・それもたいへん。

 そこらへんがあって「100回のカウンセリングより1回の診断を」という言葉になっているわけです。

 最近はカウンセラー(心理士など)も発達障害について勉強され、環境を整えていこうとされてる方もおられるようです。スクールカウンセラーを利用するときは、そのあたりも判断して利用されたらと思います。

もうひとつ追記
 あるアスペルガー症候群のお子さん。箱庭も利用したカウンセリングですごっくいっぱいお話でき、とても良かったそうです。そういうこともあるんですね。いろんな2次障害の改善のきっかけには成り得る、ということだと思います。
 で、もちろん日常の暮らしにいろいろ手だては必要、ということだと思います。
posted by kingstone at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 障害支援・社会参加 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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